下克上
凄まじい速度で雪の塊が突っ込んできた。せめてゆっくりと落ちてくると思っていたのに、その些細な期待は打ち砕かれる。ハンマーで叩かれる釘に目がついているのならば、まさしく鉈内達のような立場となって見ているのだろう。
降り注がれる雪玉を、ただ何も出来ずに見上げているのだろう。
全てが、直後に叩き潰される。
だが。
だがそこで。
「下がってて!!」
勢いよく世ノ華雪花が防御結界から飛び出て、一人立ち向かうように雪の塊を見上げた。すると彼女は、構えていた金棒をさらに力強く握りしめて、弓が矢を引くように力を蓄えていき、
(あいつは雪を使ってる。けど、さっき見たとおり『雪を生み出した』わけじゃない。街中の雪を『集めた』だけに過ぎないんだから、だったら応用で対処できる!!)
「が、ォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
叫んだ。
喉から血が出るほど絶叫して、世ノ華は雪玉が目の前に迫ってきた手遅れだと思われる瞬間に、金棒をただ振った。普通なら遅いはずだった。既に街を飲み込みかけている距離まで雪の破壊玉は突っ込んできたのだから、もはや打つ手はないはずだった。
しかし。
ドバッッッ!! と、直径二キロメートルの球体となって迫ってきた雪の塊が砕け散った。まるで花火のように四方八方へ吹き飛んでいく。街中にシャワーでもかかる調子で、膨大な雪が撒き散らされた。
だが、それだけだ。
怪我人なんて、誰も生み出すことはなかった。
「機転がいいな」
あのアルスが、珍しく人を褒める口ぶりだった。それもそのはず。世ノ華雪花はアルスが作り上げた雪玉が『所詮は雪でしかない』ことを理解して、その『鬼の筋力』で金棒を振るい烈風を生み出した。結果、猛烈な風圧に『雪の塊でしかない』巨大な白い球体はバラバラに砕け散ったのだ。
あくまで、アルスは雪を操ったに過ぎない。
ならば必然的に、あの巨大な雪の塊は『雪』でしか構成されていないのだ。
壊せる代物ではあった。
しかし、もちろんだが『そんなこと』さえも分からせない驚異の『サイズ』なのだから、反応できないことが当然なのだ。
「聡明な女だな。面白い対応力だ」
それを理解して機転をきかせた世ノ華は、やはり王が褒め称えるほどのことがあったのだろう。
パチパチと拍手を送っていたアルスは、肩で息をしている世ノ華に微笑み、
「しかし邪魔だな。頭のいい女ほど恐ろしいものはない」
瞬間。
アルスの『銀色』の左目が、塗り替えられるように『赤色』へ変色した。また発生した不可思議な現象。しかし世ノ華は先ほどの一撃を振り払っただけで足腰が動かないため、既に運命は決定したと分かった。
「弱者が調子に乗るなよ」
そんな王だからこそ放つ台詞の直後、いきなり爆発が起きる。炎が渦を描いて地中から飛び出てきたのだ。まるでトルネードのように形を作っている、その豪炎はまさしく災害としか認識できない非現実的な現象。
それは世ノ華を巻き込んで、全てを滅茶苦茶になぎ払う―――はずだった。
「ほう」
興味深いものを眺める調子で、アルスは自分で起こした炎の竜巻の中を凝視する。
瞬間、豪炎のトルネードの中から灼熱の壁を突き破って『刀』が飛んできた。
まるで矢だった。投げやりのように直線的に凄まじい速度で突き抜ける刀の切っ先は、アルスの顔面へ吸い込まれるように飛ぶ。だが、彼はそれを首を傾けるだけで回避した。よって刀は街にあった民家の外壁へぶち当たり、静かに地へ落下する。
その刀は、黒かった。
夜を表すかのように黒く、しかし刀身は血を吸い込んだことのないような綺麗な輝きを持つ。
その持ち主が、ようやく見えた。
「なかなかのスタントマンだな」
アルスの視線の先には、世ノ華雪花を抱きしめて地へ転がっている茶髪の男がいた。その顔は火傷の跡がしっかりと残っている。服の一部分も焼け落ちたのか、ジャケットの様々な部分が黒くコゲを残していた。
だが守った。
今度ばかりは、きちんと少女を守ってみせた。
「……もともと狙いは僕だったろうが」
「ようやく動けたヘタレの弱者が、なにを今更吠えている」
「そこに反論はしないけど、とにかく僕は今すごく腹たってるよ。いきなり殺しにきて、いきなりヘタレ呼ばわりはカチンとくるだろうが」
「弱者は己を弱者だと自覚できないことが多い。自分よりも上は腐るほどいるという事実に気づかず、己の見ている世界で最強になれば自分は強いと思い込む。勘違いだ。まさしく貴様のように、王に歯向かうその自惚れが実に見苦しいぞ」
「自分は強者だとでも言いたいわけ?」
「いいや」
そこは否定したアルスは、ゆらりと両手を広げて事実を再確認させてやった。
「―――俺様は『王』だ」
その宣言は、あまりにも重圧が激しかった。
納得せざるを得ない、強者としての声だった。
叶わないことは重々承知していても尚、鉈内は火傷で痛む体を気にせずに世ノ華を寝かす。そうしてゆらりと立ち上がり、今度は自分の出番だと自分自身に言い聞かせて闘志を燃やす。
睨みつけて。
拳を握って。
告げた。
「僕とやろう。下克上ってのを見せてやる」




