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存在価値の確立

 真っ白な雪の世界で。

 全てが全て純白の雪原の中には、一つの黒が震えていた。辺り一面白いからこそ、尚更黒い格好をしている彼は目立つものだった。

 ガタガタと震えていた。

 まるでライオンに睨まれた草食動物のように、あの最強の呪いにかかっている悪人は恐怖していた。

「ねぇ、何て呼ぼうか?」

 相手は弟じゃないのに。

 殺すことを躊躇う必要がない、見知らぬ少女だというのに。

 それでも、

「お兄ちゃん? 兄さん? それとも可愛らしく小首でも傾げながら『初三お兄ちゃん』って呼ぼうか? 世間じゃそういう呼び方に興奮する人種もいるんでしょ? ねぇ初三お兄ちゃん、一体、私は『何』なのかな?」

 そんなもの、尋ねるな。

 その顔で、その声で、その容姿で、自分のことを『兄』と呼ぶな。それだけで、夜来初三の心はえぐられる。本物の弟かどうかなんて関係がない。弟に『世界で一番似ている』からこそ、見た目という部分一つだけでも、夜来初三にとっては核爆弾よりも恐ろしい兵器なのだ。

 その顔で。

 その声で。

 その姿で。



「―――『お兄ちゃん』」



 お兄ちゃん、と呼ばないでくれ。

 重なってしまう。夜来終三にこの世で何よりも『近い存在』だからこそ、夜来初三の目には弟の笑顔が浮かび上がってしまう。

「ふふっ、やぁーっぱり効果は抜群みたいだね」

 特に邪気が篭っているようには見えない、純粋に形だけは見える笑顔を咲かせた少女。

 彼女は夜来初三に一歩一歩近づいていって、

「人間って、七割だか八割だかの情報を『視覚』から取り入れている。つまり人間にとって外部の情報を握るのに一番特化した優秀な場所は目だ。そして、その目に映る相手が『弟』なんだから、もうそれって手も足も出せないんじゃない?」

「……っ」

「『声』も一緒だしね。これで目と耳、人間にとって大事な大事な外部の情報を入手する代表的な器官の二つは役に立たない。目を瞑る? 耳を塞ぐ? そうやって戦うのもいいけど、それってさすがに無理があるんじゃないかな?」

 打つ手はないのか。

 何か、この絶望的な状況を塗り替える手段はないのか。

 そう思案する夜来初三に、少女は言った。

「ないよ」

 無慈悲にも、無情にも、完結した答えを告げた。

「あなたは私を殺すしかない。いいよ、殺して。もともと、私の役目はあなたの精神状態を崩壊寸前まで追い込むため。あなたを殺せるスペックはないし、あなたを殺せること事態、誰もが難しいでしょう。大悪魔サタン、そんな反則的な怪物に気に入られているあなたを殺せるのは、世界でも数えるほどしかいないでしょう」

「……ち、かよるな」

「そう。じゃあ殺せば? 殺してその辺に吹っ飛ばせば?」

 それが出来ないから、声をだして頼んだのだ。

 近づくな。

 歩いてくるな。距離を縮めてくるな。 

 その威圧感が、夜来初三にだけかかる圧迫が、何よりも膨大すぎる。

「殺しに来ないなら」

 少女はニタリと笑った。

 イタズラをする子供のように、意地の悪い顔を見せた。

 そして、

「こっちが殺しにいくよ、お兄ちゃん」

 ゴバッッ!! と、夜来初三の体に見えない衝撃が炸裂した。まるで潰されるよう。内蔵や筋肉自体を何かが押してきたような、どこか体験したことのある一撃だった。

 すぐに夜来初三は思い出す。

 あの『視覚情報が働かない』攻撃は、まさしく二度ほど経験したことのあるもの。

(空気、か!?)

 スポーツカーから振り落とされたように吹っ飛び、雪の上を転がっていく夜来初三。その無様な姿は実に彼に似合わず、しかし状況的には何よりも当てはまる光景だった。

「空気を操作できる。あなたに対抗するために、体を改造されてた子がいたでしょ? 私はあれの『進化版』だね」

 吐血を雪の上に飛ばして、それでも立ち上がった夜来初三。

 彼に構わず、少女は右手を開いて握って開いて握ってを繰り返し、

「桜神雅」

「……っ」

「あなたを特に追い詰めた一人だね。彼ってさ、ウチの中じゃその能力を活かして役にたってたんだよ。兵器開発、人体改造の方面で、その『創造』する力を使って功績をあげてた。そして私は、その『怪物の力』と純粋な『科学の力』を融合させて作られた『化物』なんだよ。空気を操る力は、桜神雅が同職の本道堅一のものをオリジナルとして『創造』してくれた。おかげで私は、空気、大気の流れを自由自在に操れる。さらに見た目も『これ』だから、『悪人』でもないし『悪人祓い』でもないし『祓魔師』でもない。けど、世界で一番あなたに対抗できる化物」

 肉体的には空気を操って堂々と夜来初三を攻撃できる。

 精神的には『容姿』を使用して夜来初三を押し潰せる。

 詰んでいた。

 もう、既にチェックメイトだった。

「だからさ、あなたはさっさと選ぶしかないんだよ」

 笑うことなく。

 ただただ収録されていたセリフを吐くように、名前のない少女は自分で自分の顔に指を向けて、

「あなたは私を殺せばいいの。それだけで、私の『存在価値』は確かなものになるんだから」

 

 


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