君臨
鉈内達が連れてこられたのは、四角いコンクリート製の建物だった。場所は大きな広場のような印象が強い。テーブルが幾つも規則的に並んでいて、その上には赤マジックでいたるところに印を付けられた世界地図が転がっている。他にも重要そうな分厚い書類などが散乱していて、言葉で表すならば広大な仕事部屋といったところだ。
さらに言えば。
ここはカナダの街中にあった。故に外からは楽しそうに商売でも賑わっているのか、人の声や車の音なども響いてくる。あれだけバイクを走らせて北へ北へ向かっていたというのに、結局のところはかなり逆方向へ帰ってきてしまったのだ。
おかげで世ノ華雪花はイライラしているし、鉈内はそのイライラの矛先を向けられないように小動物のごとく萎縮している。
二人はソファに座らされていた。
そして、対面にはリーゼ・フロリアが部下から紅茶を受け取ってそれをテーブルに置く。
ようやく、会話が始まった合図だった。
「さて。では聞きたいことはなにかしら。何でも言ってちょうだい、知っていることは話して上げる」
「はいはいはァーい」
脅すように低い声でふざけた態度を取り、片手をヒラヒラと振る世ノ華は相手の反応を待たず、
「じゃあ聞きますけどー、なんで北に向かってた私達をこうしてスタート地点的な場所まで戻してんですかー? ぶっ殺していいんですかー? つーか私の愛車どこやったんですかー? マジで喧嘩売ってんですかー?」
「ちょ、ちょっと世ノ華マジでやめて!! ほら、マジで周りにいる黒服さん達が腰にかけてるピストルに手を添えてるよ!? マジであれブチギレてるって百パーセント!!」
部屋を囲むように立つリーゼの直属の部下と見える男達が、世ノ華の態度がカンに触ったようだった。その目は明らかに怒りに満ち溢れていて、このままでは世ノ華のおかげで鉈内が蜂の巣にされてしまう。
しかし、ピリピリとした空気になったことを察知したリーゼが右手を軽く掲げた。
すると男達は渋々といった風に拳銃から手を離す。
「争う必要はないわ」
彼女は世ノ華の目をしっかりと見捉えて、ご丁寧にも全ての問に答え始めた。
「北へ向かって北極へ向かっても意味はないからよ。そしてあなたの使ってた中型二輪は捨ててきたわ」
「それ喧嘩売ってるじゃねーか!! あれ気に入ってたんだぞ!! テメェまじでどう落とし前つけ―――」
「さて。では早速本題へ入りましょうか」
サクサクと話を重要な方向へ持っていくリーゼは、両手を膝の上で組んで口火を切った。
「あなた達が目撃し、最終的には襲われて撃退した連中。奴らは『エンジェル』よ。今、この世界をいじくり回している犯人はそいつらで間違いないわ」
「……そ、それで、なぜにそいつらは北極なんてものをいじってんすか?」
「あれはあくまで計画の第一段階にすぎないのでしょうね。詳しいことが分からないから、こうして私達も右往左往しながら戦ってるの。でも、そうね……。おそらくは、アルスが本格的に動き出したんでしょう」
聞いたことのない人名に首をひねった鉈内を見て、リーゼは補足説明を始めた。
「『エンジェル』を率いる最重要危険人物よ。アルス、という名前すらも真実かどうかは定かではないミステリアスな敵の親玉よ」
「そのアルスっていうのは、具体的にどんなことをしてるんですか?」
「世界革命」
「せ、せかいかくめい?」
あまりにもぶっ飛んだ内容に、鉈内も思わず呂律が回らなくなる。
だが、世ノ華雪花は対して反応を見せずに質問だけを投げることにした。
「で、そいつらは世界をどういう世界に変える気なわけ?」
「さぁ。聞くところじゃ、『平和』にするらしいわよ。その手段さえも曖昧だから、私達は奴らをずっと追っている。そしてようやく掴んだ情報だけど、どうやら私達の知らない世界がこの世にはあるそうだわ」
「はぁ? なによアバウトなそれ」
「『エンジェル』には、既に対抗する対を成す組織……『暗部』や『闇』といったところの『非公式工作組織』がいたのよ」
リーゼは椅子に腰をかけ直して、ふぅとため息を吐いてから続ける。
「『デーモン』という組織があるそうよ。組織名からして、『エンジェル』と対抗するものだとは分かるわよね」
「……」
「つまり、世界ではこの二つの組織が裏で争いを繰り広げていた。どちらが正義でどちらが悪かは分からない。でもね、そういった『知らないなにか』がこの世には充満しているのよ。その未知の存在こそが、奴ら『エンジェル』」
「で、それを私達が倒せばハッピーエンドってわけ?」
「その可能性は高いわ。奴らが北極を溶かしている張本人なのだから、奴らを倒せばそれはもう必然的に異常現象の解決に繋がる」
ようやく答えが出たことに、鉈内も世ノ華も心のどこかで安堵の息を漏らす。北極へ向かっても、結局のところ何をすればいいか分からないのでは、全ての行為が無駄になってしまうところだったからだ。
「だから、あなた達は私と一緒に共闘することが適切だと思うけれど。どうするの」
「ええ、そりゃ一緒に仕事してくれるほうが嬉しいですけど」
コクリと頷いた鉈内は、さらに深い部分を尋ねることにした。
「具体的に、どうやって行動するんですか? そいつらが、今はどこにいるかも分からないし……正直不安でいっぱいなんですが」
「それも含めて、今から説明するわ」
立ち上がったリーゼ。
彼女は離れた場所にあるテーブルに近づき、書類の一部を抜き取って、
「とりあえず、これを見て行動して欲しいところね」
その瞬間。
言い終えてソファへ戻ろうとした、その瞬間。
『まったくもって笑えるな。底が浅い女だとは思っていたが、まさか今更お話し合いか?』
部屋で謎の声が反響した。
鉈内にも世ノ華にも聞き覚えのない声。しかしリーゼ・フロリアは知っているのか、青ざめた顔でソファから立ち上がった。
「伏せて!!」
即座に鉈内と世ノ華に飛びつく。二人を両腕で抱きしめながら、勢いよくソファをひっくり返して転倒した。テーブルの上にあった紅茶や茶菓子が薙ぎ払われて、床が汚れるが構わない。
ゴバッッッッ!! と、鉈内の脳みそが本当に揺れた気がした。頭の中でボウリングの玉がゴロゴロと転がった気がする。めまいが発生し、視界が一瞬だけ白くぼやけた。
それほどの衝撃波が、鉈内達のいた部屋をぶち壊してしまったのだ。壁は吹き飛び、天井は七割ほどが崩壊する。おかげで外の光が差し込んできて、さらには街人達の悲鳴や混乱の叫び声が炸裂した。
一瞬の大破壊。
その現象に、鉈内も世ノ華も呆然とした顔で口を半開きにしていた。
「あ、なたっ……!! ここは一般人も住む街中なのに、堂々と……!!」
リーゼは鉈内達を抱きしめて倒れた状態のまま、振り返っていた。
崩壊した壁の向こう。
一般人が生活する広大な雪一色の街風景を背にして立つ、白いVネックの無地長袖の服に黒一色のスボンを着用したシンプルな格好の男。そのショートヘアーの髪はヨーロッパ人でさえそこまで輝かないだろう神々しさを放つ。金色の瞳と銀色の瞳を持つ、オッドアイの人間離れしたその容姿。
すなわち。
「おいリーゼ。レッドカーペットはどこだ? 王である俺が直々に足を運んできたんだ、それ相応の待遇はいったいどこにある?」
静かに。
だが、確実に全ての生物を恐怖に陥れて。
―――『王』が神々しく君臨する。
アルスと視線を交差させるリーゼ。
二人から放たれる緊張感に、鉈内も世ノ華も開いた口は塞げなかった。




