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怯える悪魔と悲しむ天使

 敵兵を一匹残らず殲滅したことを確認した夜来初三は、腕の中にいる少女をお姫様抱っこの要領で抱きかかえ直して眉根を寄せる。

 奴らは一体、なにがしたい?

 ここまでたどり着くまでに、連中からの襲撃は二度あった。一つは先ほどの戦い、二つはノルウェー行きの大型旅客機をハイジャックした際の奇襲。どれもこれも、夜来初三に対抗できる力を持つものは一人もいなかった。

 その時点で、ただの無駄死にのはずだ。

 ただただ戦力を削られているはずだ。

 だが、その無駄と見える行為の中に、何か『エンジェル』にとって得られるものでもあるのだろうか?

 理解できない。

 結局、あいつらは自分とサタンを鍛え上げると言っておきながら、今現在そのへんで転がっている雑魚共しか寄越してこない。これでは夜来初三を鍛え上げるだなんて高い目標も達成する確率は皆無に近い。もはや非常識も甚だしいとでも言えるレベルだ。

 くだらない。

 こんな三下共ならば、千人だろうと夜来の前では蹂躙される。

(……チッ)

 胸の内で舌打ちをする。

 実に面倒くさそうな顔で、夜来は周囲の雪だけが広がる銀世界に転がっている『エンジェル』の肉塊共を一人一人一瞥して、

(どうする……? ついカッとなって手加減云々なしで薙ぎ払っちまったから、どうせ拷問する価値がある野郎も心臓動いてねぇだろ)

 これでは今後の行動方針が決まらない。

 今、彼がいる『エンジェル』の基地跡地は既にもぬけの殻だ。無駄足を踏んだも当然なのだが、今は過去を振り返る余裕なんてない。

 前進するためにも。

『鍵』を見つけるためにも。

(どこへ行きゃあ良いってんだ……? もう、マジで世界もろともぶっ壊しちまおうか)

 今ここでサタンの魔力を最大限まで振るい、本当の意味で地球を破壊するという手も考えた。だが、それは現実的に考慮すれば取ってはいけない禁断の方法。雪白のために世界を壊すことは躊躇わないが、それで生きていけなくなったら本末転倒というやつだろう。

 とにかく、これから何をすればいいか頭を絞る夜来。

 そのときだった。

「……?」

 ふと背後を振り返ってみると、『エンジェル』の城のような巨大基地跡地から白い衣服に身を包んだ誰かが歩いてきた。

 深く考える必要はない。

 生き残りだ。奴らの残党であることは確証をもって頷ける。

 そいつは右手に大きな肉切り包丁を持っていた。中華料理店で使われているようなものより大きい、肉や骨なんて一刀両断できる直径四十センチメートルほどの鉈と見分けがつかない包丁。どう考えても戦闘を行うために扱う凶器としては似合わないものであったが、それ以上に、何よりも目を引くのはそいつの付けてる仮面だった。

 マネキンの顔の部分だけを切り取ったような、白く顔の形状を思わせるおうとつがあるだけの仮面。

 格好は白一色の長袖に長ズボンだ。まるで囚人服のように統一された白だけの衣服は、この白い世界に溶け込むように真っ白だった。それは明らかに、この冷気と常に戦うような世界では身が持つわけがない格好だったのだが、その人間離れした環境適応能力というものからして……。

(『悪人』か、『悪人祓い』か、『祓魔師』か)

 ジロリと睨んで、大まかな予想を立てた夜来。

 だが、なぜか彼は即座に飛び出して襲いかかる真似が出来なかった。

 理由は単純。

 思い出すからだ。

 雪原を歩いてくる『そいつ』の、仮面からはみ出ている綺麗な白髪。妖精のような白い肌を持つ、その色素のない手などの皮膚。身長は自分よりも小さく、少しばかり歳が下だろう雰囲気。

 嫌な予感がした。

 いや、ありえないと脳が絶叫して現実を否定してくる。

「テメェは何だ」

 何だ、と尋ねた夜来初三。それは『そいつ』の存在を人間と思うことを拒絶していたからだ。人間であるのならば、ますます最悪の予想が的中する確率が上がる。

 だが。

 この世とは実に無情だった。



「久しぶり、兄ちゃん」



 呼吸が止まった。

 その女のように高い声は自分が守りたかったもので、その快活そうなトーンは自分が守りきれなかったものだったからだ。

 ヒューヒューと、夜来は声を鳴らせなくなる。寒冷の影響で煙のようになる吐息だけを、ただひたすらに漏らす。

 ゆっくりと、『そいつ』は仮面を取った。

 顔を見せた。

 夜来初三が抱いている白い少女と、どこか似通った顔の少年。だがそれ以上に、夜来初三と同じような目元や鼻を持つ容姿の少年。

 色素が生まれつきない、特徴的な白髪と赤い瞳の少年。

 彼は仮面を投げ捨てて、ニコリと笑ってこう言った。

「どうしたの? 感動の再会だっていうのに。もうちょっと笑いなってぇー。あ、でも兄ちゃんって昔っから素直じゃなかったし、けど優しかったから内心笑顔ってところかな? はは、大丈夫大丈夫。僕も会えて嬉しいからさ、兄ちゃん」

 だが、そこで終わらなかった。

「嬉しいに決まってるよ」

 夜来初三のことを兄と呼んだ白髪の少年は。

 直後に、

「だって、だってさぁ」

 その可愛いらしい笑顔を悲しげに歪める。

 色が消失したかのような、血のような赤い瞳をうっすらと侮蔑するように細めた。

「だって―――僕を『見捨てた』兄ちゃんに……ようやく会えたんだよ?」

「……っ」

 視界が歪んだ。

 グラリと、夜来初三の脳が確実にひっくり返った。

 ヨタヨタと震える両足で後ろに下がっていく夜来初三の姿に、少年は一切顔色を変えることなく、

「嬉しいに決まってるよ、これでようやく僕を『見捨てた』兄ちゃんに、いろいろとやりたいことが出来るんだから。ねぇ兄ちゃん、なんでこうなったのかなぁ。何で僕は―――『あの日』から母さんや父さんに顔を壁に叩きつけられて、包丁で脅されて、死ねって言われて全裸にされて真冬の深夜十二時に外に放り投げられそうになって、無視されて……でも気分のいい時は可愛がられて温かい家族ごっこをするようになったのかなぁ。何で僕はこんな気持ち悪い思いをしなくちゃ、いけなかったのかなぁ」

 その語られた虐待の全てが全て、夜来初三が過去に『受け止めてきた』苦痛の数々だった。

 その矛先が、変わっていたのか。

『あの日』、七色夕那に拾われて弟を守りきれなくなった『あの日』から、夜来の予想通りに『虐待の矛先は弟に向いた』というのか。

 怯えるように一歩一歩後ろへ下がる夜来初三。

 対して。

 弟は兄にこう言った。『自分を見捨てて幸せになっていた兄』に……七色夕那のもとで生活し、様々な出会いを果たして仲間と何だかんだ楽しく幸せになっていた兄に……自分のことなんて忘れて新しい『家族』と温かく過ごしていた兄に……こう言った。

「兄ちゃん」

 泣きそうな目になって、さらに続けた。

 夜来初三の精神を完全に揺さぶる絶対的な一言いちげきを叩きつけた。

「どうして、僕を助けてくれなかったの?」







 

 

  

 


 

 

 

 


 

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