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先代的悪人

「これが私の過去。これが『プリンセススター号襲撃テロ事件』の真相。これが私が死神と出会ったときのお話。……どう? 大体のことは分かった?」

「……母親以外はいつ殺されたんだ?」

「ああ、とっくに死んでたよ。多分、別の場所でバーンとやられてたんじゃないかな」

 もはや悲しみの表情一つすら浮かべずに、淡々と説明を終えた唯神天奈ゆいかみあまな。彼女にとってはもう、二度と『家族』は戻ってこないという事実によって『悲しい』と思うことすらも億劫なのかもしれない。

 悲しんだって『家族』はもう戻ってこない。

 だから悲しむ必要はない。

 悲しむことに何のメリットも存在しない。

 だからこそ。

「私はもう、あの頃の惨劇は特に思い返すこともないんだよ。思い出しても何も生産されないから」

 空になったミルクティーのカップを揺らしながら、彼女はそう呟いた。

 夜来初三やらいはつみ鉈内翔縁なたうちしょうえんも、特に何をいうわけでもなかった。同情の言葉や励ますような発言は、一切口にしなかった。

 しかし、鉈内はどこか心を痛めているような顔をしている。

 おそらく、下手な言葉は返って唯神の傷口を広げるようなものだと考えているのだろう。

 だが。

 夜来初三だけはまったく表情を変えていなかった。本気で、本当に、心の底から興味がなければそのような反応にはなれないくらい、無表情だった。

 唯神はさすがに彼の態度が気になったようで、口を開く。

「君、面白い反応をするね。私に同情する気とかは一切ない、面白い目をしてる」

「俺ァテメェの過去に同情する気も悲しむ気も、もはや『思考』する気すらぶっちゃけねぇよ。俺が今テメェと話してる理由はただ一つだ。『約束』してるあの白髪しらが女と、『感謝』してるクソガキを生き返らすための情報収集だけが理由なんだよ。俺が今気にすんのはその二人だけだ。他はどォでもいい。他は勝手に苦しむも悲しむも俺にゃ関係ねぇ。他ァ構うほど俺は『優しく』ねぇんだよ」

 あまりにもハッキリとした言い分に、唯神天奈は沈黙する。

 そして吹き出すように苦笑して、

「ふふっ。本当に君は面白い人だね。そこまでぶっちゃけられると私も少し悲しいよ」

「知るか。俺ァテメェを救う気なんざねぇって言ったろ。俺が今構うのはクソガキと白髪しらが女の面倒かけさせやがるアホ二人だけだ。テメェも他も知ったこっちゃねぇ」

 吐き捨てるように言い放った夜来初三。

 またしても彼の態度に笑った唯神天奈は、次に鉈内と視線を合わせた。

「それで、君はどうしてその二人を助けるの? もしかして彼と似たような考えなのかな?」

「んー? 僕はここの前髪バカとは違って『家族』を助けようとしてるだけだって。もちろん雪白ちゃんもね」

「あー、うっせぇマジうっせぇわ。死んどけよゴキブリクソ野郎。ああ、そうかそうか。ゴキブリと大差ねぇから生命力がハンパねぇってわけかよ。後でゴキブリホイホイ仕掛けといてやるから感謝しろよ格下が」

「あっれー? マジで? 僕ってばそんなに長生きできんの? いやー嬉しいちょー嬉しいわー。そんだけ長生きできるとか僕ってばちょー健康体じゃん! 褒めてくれてあざーっす、ミジンコバカが」

 夜来は鉈内に大きな舌打ちを吐いた後、再び唯神天奈に視線を戻し、

「ンで、結局テメェと秋羽っつーガキはどこで知り合って、どこで死神の呪いが移ったってんだ? それと純粋にテメェはこの夜中に何でほっつき歩いてた」

「私と秋羽伊那は直接は出会ったことがない。多分、秋羽伊那のほうは私のことなんて知らないんじゃないかな」

 ピクリと眉を動かした夜来は唇を動かし、

「なんでテメェだけ一方的に秋羽の事知ってんだよ」

「―――これ、だよ」

 唯神天奈がそう言って指差したのは自分の両目だ。美しい紫の瞳が輝いていて素晴らしいとしか感想が言えないような両目であったが、所詮それだけだ。夜来も鉈内もなぜ彼女が目を見せつけてくるのか理由がまったく分からず、怪訝そうな顔をしている。

 唯神はそんな彼らに少しだけ笑い、

「私の目には『魂を覗く』死神の力がある。いや―――残っているんだよ。おそらく、死神の一部がまだ体に残っているから、この程度の力が必然的に取り残されたんだと思うよ」

「……つまり何か? その『魂を覗く』力ァ使って秋羽の事を知ったってわけかよ?」

「うーん、正解で正解じゃない。私の『魂を覗く』力はそのままの意味で―――単純に相手の魂を見ることができるだけなんだよ。だからそれで相手の名前や年や情報が頭に流れ込むわけじゃない」

 唯神はだから、と付け足し、

「私は秋羽伊那を初めて見たときに、彼女の体に二個・・の魂が宿っているのを見た。それがきっかけで私は秋羽のことを調べ始めた。丁度彼女を見つけた時から『急死事件』なんて物騒な事態が起きてたから、なにより秋羽のことを調べる必要があったしね。その結果、彼女が私と同じでプリンセススター号には当時乗ってなかったけど、家族が殺されたっていうのが分かった」

二個・・っていうのは……まさか」

「そうだよ。一つは秋羽伊那本来の魂。そしてもう一つは―――彼女に憑依している死神の魂」

 なるほど。

 だから彼女は秋羽伊那に怪物が宿っていることを一方的に知れて、それがきっかけで秋羽伊那という少女のことを調べ始めたということか。

 しかしここで一つ気になる問が浮上した夜来。

 彼は口を開いた。

「あ? ってことは、俺と雪白もー――」

「うん。はっきり見えてたよ? 君たちの中に怪物の魂があることも、ね。世ノ華さんには微弱な魂があったけど、もしかして怪物が弱体化でもしたのかな?」

「……じゃあ僕の中も丸見えなわけ?」

「うん。君は普通の人間だね。魂は一つしかないから」

 鉈内の胸あたりを凝視した唯神天奈は小さく頷いてそう言った。

 夜来はそんな彼女をギロりと睨みつけて、

「テメェが秋羽のクソを一方的に知ってることは理解できた。だがテメェがこの夜中に物騒な街の中心をほっつき歩いてた理由にゃならねぇ。さっさと答えろ」

 彼女は小首をかしげて、

「もしかして心配してくれてるの?」

「してねぇ」

「嘘。心配してるんでしょ?」

「してねぇ」

「じゃあどうして私がナンパされて困ってるところを助けてくれたの? 無視して素通りすれば良かったんじゃないかな?」

「……」

 何も言い返さない夜来は、せめてもの抗いをするようにそっぽを向いてしまう。

 舌打ちもセットでだ。

 そこで夜来の代わりをするように鉈内が笑いながら首を突っ込んできた。

「あっははは。いいのいいの、この前髪スーパーバカはツンツンデレなしのツンデレなだけだからほっといてあげてー。んでんで、話を戻すけどなんで君はこんな夜中に出歩いてたのかな?」

「秋羽伊那を探し出して『急死事件』を解決するため」

 即答した唯神はさらに続けて、

「だからさっきも情報収集するために街を歩いてた。そしたらナンパされた。そしてツンデレが助けてくれた」

「おいコラだから助けてねぇっつってんだろ。殺すぞ」

 睨みつけてきた夜来に唯神は小さく笑って、

「じゃあなんで私をナンパから救ったの?」

「単純に知り合いの女がいたから声かけたらいきなり腕に抱きついてきて周りの不良が消えてっただけだ。偶然オンパレードなんだよクソったれ」

「……無理な言い訳ほど見苦しいものはない」

「ぶっ殺すぞクソ野郎」

 よほど夜来の反応が楽しいらしく、唯神はクスクスと笑って表情を緩ませていた。

 一方の夜来初三は手のひらで踊らされている感じがして不機嫌顔が悪化している。もう今にもブチギレそうな勢いだった。

「それじゃ、最後の質問なんだけどさぁ。どうして君から死神は離れてったの? 自然治癒したんならやっぱり―――『悪』が変わったってことかな?」

「……最初は、ね。最初は、テロリスト達を『魂食い』で殺したときは、凄く気持ちよかった。ああ、この世から『死ぬべき人間』に『死』を与えられたって……。でもさ、やっぱり私は―――後悔しちゃったんだよ」

「後悔だと?」

 目をうっすらと細めた夜来に対して肯定の意味を表す首肯を行った唯神天奈は。

 その瞳には。

 明らかに、言葉通りの、紛れもない、後悔の色が混じっていた。

 

「結局、『死ぬべき人間』と『生かすべき人間』を分けてテロリスト達『死ぬべき人間』を私は殺した……。でもそれは、所詮それは―――『死んだ皆が戻ってこない』ことには変わりないのにな、って……」


 その通りだ。

 最終的には『死んだ』生き物が生き返ることはありえない。これは確固たる事実で絶対の法則でもある。だから結局、唯神が己の『生死を分ける』悪に従って『生死』を分けたとしても、既に死んだ家族や友人は元に戻ってくることがないのだ。

 分けるだけであって。

 復元するわけではないから。

 つまり。

 唯神天奈が行ったテロリストの殺害は無意味に終わったのである。

 ただ、彼女は復讐で憎き敵を殺した。

 ただそれだけ。

 それ以外の事実は存在しない。皆無なのだ。

「……それで、後悔して『生死を分ける』気持ちが薄れちまった結果、テメェから死神は離れていったわけか。そんで今度はどういうわけか秋羽伊那に憑依したってわけだ」

「正解」

 そう言って、指で小さな輪っかを作った彼女。

 夜来は溜め息を吐いた後、

「そんで秋羽伊那のしてる『悪党殺し』を見てると昔の自分を見てるようでほっとけねぇから、一人で黙々と夜の街で捜査してるってとこか? あぁ?」

「……正解」

 図星を突かれたことで、少々頬を膨らませた唯神天奈。

 彼女は観念するように息を吐いて、

「それで、話は終わったけど。君たちは一体どうするの? 秋羽伊那に雪白さん達がやられちゃったんでしょ? 秋羽伊那と敵対するの?」

「―――殺すンだよ」

 即答で殺害宣言をした夜来初三。 

 その躊躇いのなさに、さすがに動揺した唯神だったが、

「……まぁ、そりゃ場合によってだ。あの悪党殺してヒーローごっこしてるガキが、マジで手に負えねぇアホガキだったら殺す。殺してでも俺ァ雪白とあの浴衣ロリを元に戻す」

「なら……」

 唯神は一度言葉を区切って、

「私もついて行っていいかな?」

「……俺と協力したほうが『急死事件』の解決に手っ取り早ェからかよ」

「正解」

 次に、ストローを使ってオレンジジュースを飲み干している鉈内翔縁へ、確認を取るように顔を向けた唯神天奈。

 一方の彼はストローから口を離して、

「いいよいいよ全然オッケーだよー。僕も夕那さんと雪白ちゃん助けられれば大大大満足だし。ここの前髪スーパーアルティメットボケナスバカ野郎と一緒じゃ息も詰まるし―――っあっちゃあああああああああああああっ!?」

「耳障りで鬱陶しィんだよクソ野郎」

 残っていた熱々コーヒーの全てをチャラ男の顔面へぶっかけてやった夜来は、面倒くさそうに立ち上がって唯神に振り向いた。

「何してやがる。行くぞ」

「へぇ、君が私の同行を許可するの? 私のイメージだと君はふざけんなとか言って立ち去っちゃうものだとばかり思ってた」

「言っただろうが」

 夜来は吐き捨てて、

「俺は雪白と七色の手間ァかかるアホ共を救う為なら、他はどうでもいいってよ」

 少々驚いた顔になった唯神天奈。

 それを一瞥した夜来は背を向けて歩き出す。

「来ねぇなら来ねぇで勝手にしろよ。俺は『他』のことにゃ構わねぇからな」

「ちなみに秋羽伊那の居場所はわかるの?」

「―――アテはあんぞ。後はテメェ次第だクソッたれ」

「……」

 しばし沈黙した彼女は、コーヒーが染み込んだ顔を激痛のあまりに押さえて、怒りがこもった小さな笑い声を発している茶髪の少年へこう言った。

「あの子、本当にデレがないんだね」

「ははッははははは……!! うん本当マジでいっぺんデレとかじゃなくてぶっ飛ばしてやりたいわあああああああ……!!」

 そう激怒している鉈内の顔はコーヒーの匂いプンプンだった。



   

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