異臭であって刺激臭の代物
バイクはエンジン音も含めて、明らかに尾行には向いていない。故に世ノ華と鉈内は、こっそりと足音は立てずに歩きながら森の中を歩いていた。連中は大型ワゴンに乗っていたため、些細な足音を鳴らしてしまう程度では気づかれる心配はないはずだが、念には念をである。
小枝一つ折らぬよう、ゆっくりと散歩でもするように奥深くへ進んでいく。
「ねぇ世ノ華。君ってばワゴン車一つで大げさすぎじゃない? 向こうさんもお仕事とかバードウォッチングとか趣味で来ただけかもしれないじゃん。放っておいてあげようよ」
「ダメよ。それでなくても、今、私達は北極で起こってる呪いの現象を暴きに来てるんだから、任務中に妙なものを見たら徹底的に分析するのが正しいはず」
「いやいや、考え過ぎだって。確かにフランさんの言うところじゃ、呪いを使って『誰か』が北極をいじってるか、もしくは自然的に起こった現象だって結論づけてるけど、さすがにワゴン車に乗るような奴が今回の事件の黒幕ってのは小さすぎじゃない? 考えすぎじゃない?」
「自覚はあるわ。でもね、やっぱり世界規模で妙なことが起こるかもしれないんだから、不審者見つけたら即断罪よ」
「罪なき相手だったら君こそが即断罪されるよ……」
神経質なのか、疑り深いのか、仕事熱心なのか、世ノ華は後ろを歩く鉈内に振り返ることもせずに前進する。その女の子特有の小柄だが勇ましい背中にため息を吐いた鉈内は、空から舞い落ちてくる粉雪を見上げた。
(ま、確かに今回の場合はそこら中を掘って掘って掘りまくるほうが良いのかもしれないけど……さすがにねぇ。雪原の中を走るワゴン車、ってだけでここまで動くことはないんじゃないかなぁ)
そんな風に事態の重要性を思考していた鉈内。
ぼんやりと綺麗な雪を見上げていたが、ふと、そこで何か嫌な匂いを鼻先が嗅ぎ取った。
「……?」
嫌悪感が沸く臭いであるが、かといって吐き気を催すほどではない。薄いアンモニア水をさらに薄めたような、弱い刺激臭そのものだった。
思わず、世ノ華の背中に目を向けなおして、
「ねぇ世ノ華。さっきから何か臭わない?」
「……」
「何かすごい鼻が折れそうっていうか、もう結構キツめな感じの臭いな―――」
「黙れ。しゃがめ」
ピシャリと言い放った世ノ華は、鉈内のジャケットの襟を引っつかんで、自分ごと無理やり腰を落とす。引っ張られた鉈内は思わず転倒しそうになったのだが、世ノ華の視線の先を視界に捉えて、臭いの原因に気づいた。
茂みに隠れた二人は、木々に囲まれた森の中にいる複数人の男女を見つける。白を基調とした特殊部隊のようなゴツイ装備をした彼らの傍には、先ほどのワゴン車もあるため、間違いなく車内にいた奴らだろう。
そして。
「……あれ、なに?」
「……いや、僕も知らないって」
まるで獲物を待つ肉食動物のように息を潜めながら、鉈内と世ノ華は見た。
不可思議な装備を身に纏っている、おかしな奴らが持つおかしな機械。円筒状の、花火を打ち上げる代物にも似た黒光りする筒型の何か。見るからに異臭だということを教えてくれるような、白い煙をジワジワと溢れさせているそれを見た。




