危険な香り
とにもかくにも、今はひたすらに北へ向かって進むしかないということだ。あまりにも計画性のない『悪人祓い』の鉈内故に、ヘタをすれば世ノ華もまとめて迷子になりそうな勢いである。しかも、ここは世界第二位の国土面積を持つカナダの北端。万が一、本当に帰る手立てや行き先が狂った場合には、それは一種の死を意味する。
背筋が凍る旅路になりそうだ。
情けないチャラ男の小さな背中に、思わずため息を吐いた世ノ華。
と、その時だった。
「……?」
一面雪原しかない純白の大地を走り抜ける、一つの黒い影があった。大型ワゴン車である。この雪と自然しか存在しない土地を颯爽と進むその姿は、実に不可思議極まりないものだった。しかし、それだけならば運送業者だとかの理由で説明はつく。
故に、気にすることはないはずだ。
だがしかし。
(……森の中に入っていく?)
思わず、世ノ華は小首を傾げて疑問を抱く。雪をかぶった森林に消えていくワゴン車の後ろ姿を視線で追いながら、あらゆる可能性を考慮する。
(森林伐採とかかしら? いや、だとしたらワゴン車一台っておかしいわよね。この大自然を伐採しても意味ないし、ここら一帯はさっき寄り道した街くらいしかない。人が来るようなところじゃないのに……)
疑問がさらなる疑問を生む。
これでは脳の処理が追いつかなくなりそうだった。
「あれ? どうしたのー世ノ華」
鉈内の声には一切反応しない世ノ華。ただただ気になる事態から目が離せないのか、彼女はしばし森の入口付近に目を細めてから、
「鉈内」
「? なにさ?」
世ノ華雪花とは危険な香りには敏感な少女である。過去に暴力の世界へ身を沈めていたこともあり、人間が纏う敵意・憎悪・悪意・憤怒には特に鼻が利く。その悪い感情を何度も押し付けられそうになって、血なまぐさい世界で生きていたから、尚更分かるのだ。
あれは、匂いが濃い。
故に、少々目つきを鋭くしてから、
「今度は私の寄り道に付き合いなさい。あんたには服を買ってやった貸しがある」




