魔王の蹂躙
まず最初に、仲間の一人から血飛沫が舞い上がった。『エンジェル』が派遣した戦闘隊員の一人である男は、その不可思議な光景を視界の端で捉えることしか出来なかった。自分も含めた五人の男女が、ターゲットである『破壊道具』を取り囲むようにしてポジションを作っていた。
高度は四千メートル。
いくら悪魔へと染まる悪人と言えど、これは脅威だと思っていた。
しかし、現実は残酷だったのだ。
ブチリ、と歯応えの良いソーセージを食いちぎったような音が伝わる。見てみれば、仲間の一人の女の片腕が無造作に引きちぎられていた。
「……え?」
とうの本人さえ、理解が追いつかなかったようだ。気づけば魔王の黒い姿が眼前にあって、気づけば右腕が肩から消えていて、気づけばなくなった腕を魔王が片手で握りしめている。
徐々に現実が見えてきた彼女。
同時に、どうしようもない激痛と絶望が心を喰らう。
「ぁ、ァァああああああああああああああああああああああっっ!?!?」
腕がもがれた、という異常な暴虐に飲まれたことを自覚した瞬間、思わず情けない悲鳴を炸裂させる。ガクガクと膝を揺らして、雲海に囲まれた上空四千メートルの飛行機の上に腰を抜かしてしまった。下着が濡れる。思わず、恥も捨てて失禁する。場所も落ちれば死を意味する天空故に、怪我や魔王の存在だけでない様々な角度から恐怖が身を蝕んだのだ。
だがそこで。
涙を流し始めた女の右頬に、恐ろしいほどに冷たい感触が広がっていく。
魔王が片手を添えてきたのだ。
「ッ……ぁ……」
声にならない声で、血に飢えた魔王の黒瞳に怯える女。
対して、魔王はブチリと口を引き裂いて極悪に笑い―――女の長い金髪をブチブチブチと引き抜いてやる。鮮血が舞った。まるで除草でもするような調子で、ヨーロッパ系の女特有の綺麗なブロンドヘアを乱暴に引き抜いたのだ。
「がァァァァああああああああああああああああああッッッ!?」
絶叫を上げてひっくり返る女。しかし魔王は彼女の上にのしかかって、さらに残っている髪を掴んだ。無慈悲にもまた引き抜く。庭の雑草を抜くような気軽さで、掴んで抜いては掴んで抜いての繰り返しをするのだ。ズタズタに裂かれたピンク色の頭皮も、必然的に抜いた髪の先に付着している。必死に頭を守ろうとする女だが、既に片腕を奪われているため抵抗は出来ない。
「や、やめ―――ぼがぁぁぁああああああああッッ!? し、死、んがおはッッツばばばばぁぁぁぁぁあああああああがっぱごぼゥゥううがァあああああああああああッッ!?!!? がっ、つばァァ!? がッ、ごぼぇあうあううあうあああああああああああッッ!?!?」
悲鳴にならない絶叫が響く。しかしそれでも、魔王は女の側頭部の髪束を強引に抜く。ブチィッッ!! という快音が雲海にまで届き渡る。必死になって涙を流しながら命乞いをする女は、目を見開きながらビクンビクンと陸に上げられた魚のように跳ねる豚に変わっている。それでも手足を動かして、必死に逃げようとするものの、魔王が彼女の少なくなった後頭部の髪の毛を引っ掴み、思い切り引き抜くと同時に頭を蹴り飛ばしてやり、髪もプライドもズタズタにする。転がった女の頭は、頭皮がほとんど剥がれていて、ピンク色の繊維のようなものもハッキリと見える。
「なに寝てんだ。ハゲてショックか? あぁ?」
魔王は吐き捨てる。
そして、ズゴッッ!! と、転がっている女の脇腹に靴先を叩き込んでやった。
ゴポリと血を吐き出す女を見下して、魔王は楽しそうに言う。
「ショックか? そうだそうだよな髪は女の命っつー御大層な言葉もあるんだしな。頭ァグチャグチャになったし植毛にもすがれねぇだろ? ハハ、ショックだよなー? ショックでショックで生きる希望無くしちまったよなー?」
じゃあ、と付け足して。
「もう死ねよ。面倒くせぇから」
そんな軽い言葉を鳴らした途端、彼は血まみれの醜い女を高度四千メートルの飛行機から蹴り落としてやった。サッカーボールのように吹っ飛ばされた女の体が、不自然な方向に曲がって雲海へ落ちる。四千メートルの天空に広がる白い海に姿を消した彼女の生死など、わざわざ確認するまでもない。
魔王は残りに目を向けた。
生き残っていた『エンジェル』達は、皆が皆、唖然として口を半開きにしていた。あそこまで異常なやり方で女性を追い詰め、髪も頭皮ごと全て引き抜き、あまつさえ蹴り潰して四千メートル下にある地上へ突き落とした怪物の姿に、もはや本能的な恐怖心に体が従っていた。
直後に。
再び血飛沫が上がる。魔王が呆然としていた男の首をいつの間にか切り落としていた。再び血飛沫が上がる。魔王がその隣にいた女の上半身を両手で真っ二つに裂いてしまっていた。再び血飛沫が上がる。魔王が離れた場所にいた男を睨みつけた途端、なぜか男の足が吹き飛んで地上へ落下していく。
残ったのは女一人。
彼女の下半身に着用しているズボンが、徐々に濡れ始めていく。びちゃびちゃと尿で水たまりを足元に作っていき、その上へ膝を落として崩れ落ちる。
戦意喪失。
恐怖で心を失った末路。
それでも魔王は、抵抗なんてしないことは一目瞭然の女へゆっくりと歩み寄り、
「……ドクソが。糞垂れ流す場所くらい選べ」
再び天空から地上へ肉が投げ落とされた。戦闘ではなく蹂躙。全てにおいて魔王が絶対。戦いという域にさえ達しない、ただの無慈悲な虐殺劇だった。
そして。
魔王は雲海を背にし、再びあの少女のもとへ戻っていきながら行動方針を固めた。
「『アテ』はある。さっさと済まして幕を下ろす」




