かくして、最悪の幕が上がる
かくして。
『エンジェル』を率いる王・アルスの思惑通りにことは進んでいた。世界各地に散らばっている『悪人祓い』は突如発生した異常事態、それも氷の大地を重点的に溶かす強力な『呪い』の現象に、彼らは全戦力を持ってこの大問題に立ち向かわねばならない。
その中の一人。
とある『悪人祓い』の少年も、北の銀世界へ向けて足を運んでいた。といっても、場所はいきなり『北極です』なんて、都合のいい展開にはならない故に、現在地点は北アメリカ州のカナダである。鉱物資源に恵まれている国とも強く知られているが、何より特徴なのはロシアに次いで世界で2番目に広大な国土を持つ国であり、北アメリカ大陸の約41%を占めていることだろう。
カナダとは国土面積が大きい割に、人が住める場所は少ない。理由としては、カナダの領土の54%は森林で占められていること。もう一つは、その世界第二位の巨大面積を誇る国土の多くは、北極圏内にあるからだ。故に、人の住める地域は面積に比して少ないことが現実である。
そんな、真冬同然のこの季節、もともと寒さが強烈な国であるカナダの北端。雪が降り積もり、もはや神秘の世界と断言できるほどに白く、さらには広大な自然がいっぱいの幻想的な雪一面の大地の上を走る影があった。
二人の東洋人が、一台のカッコイイ黒光りするアメリカンバイクに乗って白い大地を走行していたのだ。ちなみに、運転手の方が女で、その少女の腰にガクガクと震えながら捕まっているのが安物臭全開のヘルメットを被る男だが。
明らかに情けない男だが、実は震えるのも仕方ないことで、
「し、死ぬ!! 死ぬからっ! 死んじゃうからさっさと迅速にブレーキをかけて優しい優しい女の子らしい運転してよ世ノ華ァァァああああああっっ!?」
容赦なく、雪の世界を颯爽と走行する世ノ華雪花は時速百キロオーバーでアクセルを回していたのだ。これは怖い。スポーツバイクに乗るレーサーも、景色が吹っ飛んでいく現在のような恐怖を常に味わっているのかと鉈内は心で思う。
しかし。
世ノ華は女の子らしくない全体的な黒一色の中に金色のラインが入っているイカついヘルメットの中から、面倒くさそうに声を出す。
「あぁん!? 全然聞こえねェよ、ハキハキ喋れぶち殺すぞゴラァ!!」
「何で前触れもなくキレてんの!? っていうか早いから! 速すぎて軽くパンツ濡れちゃうから! つかきっともう代えの下着が必須だから!!」
「うるさいわね。っていうかあんた、さりげなく私の胸揉みしだく気でしょ。それ以上抱きついてきたらアクロバティックな動きで走って振り落とすからね」
「いやいやいや!! っつーか揉むほど胸ないじゃ―――」
「かっ飛ばすから振り落とされろ」
「ぎゃあああああああああああああああああああああっっ!?!?」
再び爆音を鳴り響かせて車輪の回転数を上げる黒塗りアメリカンバイク。葉巻を加えた暴走族が乗っていそうな、ハンドルの位置が高いそれの速度は一行に緩むことはなかった。
しかし人間の慣れとは恐ろしい。
いつしか鉈内も、すっかり時速百キロを超える世界に慣れてしまったようで、
「て、っていうかさ、何で君バイク乗れるの? ぶっちゃけ足の確保が出来て嬉しいんだけどさ、さすがにあれじゃね? 君ってばミステリアスすぎじゃない?」
「昔ヤンチャしてた頃にバイク乗り回してたのよ。だから免許は持ってるし、バイク自体好きだから大型も恐らくはイケる自信があるわ。あ、ちなみにスポーツバイクみたいな背中丸めて直線距離をビューンと走り抜けるバイクは好きじゃないから。私、アメリカン派だから楽な姿勢で長い時間風になっていたいタイプなの」
「にゃ、にゃるほどねー。いや、まぁカッコイイ女子もアリだし良いんじゃないかな」
鉈内はそう言って、ふと周りの景色を見渡してみる。
雪が被った銀世界は綺麗だった。雪の下は草原だったのか、あるのは木々や遠くにそびえ立つ真っ白な山のみ。あまりにも非現実的な絶景故に、思わず胸の内が熱くなってくる鉈内だった。
(すっげー。何か異世界に来たみたいですごいわ。僕も寺に住んでるから田舎寄りで暮らしてるけど、ここは田舎っつーかファンタジーだなぁ。さすが北極に近いカナダ。雪景色はロシアとかノルウェーといい勝負なのかな)
鉈内はそんなことを思うが口には出さなかった。
代わりに、言うべき疑問を飛ばす。
「ねぇ世ノ華。というか今更になってだけど、凄く初歩的な質問していい?」
「なによ。速度なら落とさないわよ」
「いやいやそうじゃなくてさ、ここってちょー寒いじゃん? だから言いたいんだけど」
鉈内は一拍置いてから、告げる。
「何で君はフカフカの可愛い冬服来てるのに、僕はパーカー一枚なわけ……?」
鉈内はアホだった。
ここに到着するまでの間、彼はあろうことか秋物のパーカーを上から羽織っているいつものスタイルで雪の世界へ訪れていたのだ。故に彼、先ほどから声が震えている。鼻水なんて凍っているかもしれないほど冷気にやられている鉈内とは正反対で、世ノ華はしっかりと黄色や暖色系の色を基調とした冬服に身を包んでいる。
彼女は震えすぎて言語として成り立っていない背後の鉈内に、無慈悲にも言い返す。
「だから言ったじゃない。ここ来るまでに冬服調達しろって。日本とこっちじゃ気温の差が激しいの知っているでしょ? そりゃ確かに、北緯45度以上がほとんどのEUの国々なんかは冬でもそんな寒くないけど、あれは偏西風とかのおかげでしょーが。ここはカナダよ? パーカー星人のあんたとはいえ、その格好じゃ自殺しに来ただけじゃない」
「え、えーゆー? あ、あれか!? あの携帯電話の会社か!? あれは冬を感じない奴らの集まりだったのか!?」
(……そうだった。こいつ学校通えない人生だったから、勉強方面はからっきしだったわね。さすがに義務教育範囲ぐらいは自分で学習しろよと言いたいところだけど)
世ノ華は溜め息をヘルメットの中でこぼしてから、
「ようは薄着で来たあんたの自己責任よ。潔よく凍死しなさい」
「残酷すぎるっ!! どんだけ冷たい人間なんだよ、途中で服屋さんとかないわけ!? ねぇねぇ世ノ華お願いマジで助けて僕死んじゃうー!!」
「ああもう! うるせェんだよテメェ!! だから何度も『着替えたら?』って言ってやったのにテメェが『問題ナッシーング』とか親指立てるのが悪いんだろうが!」
「ご、ごめんなさいマジでごめんなさい! カナダ舐めてましたすんません!! カナダ舐めてて遥かカナダに昇天しちゃいそうです……なんつって」
「絶対凍死させてやるから」
「ふざけてすいませんでしたああああああ!!」
このバカは親父ギャグを吠えるだけの余裕があるのか、はたまた既に肌が冷気にやられて寒さを感じない領域にまで足を突っ込んでいるのか……いずれにせよ、世ノ華はどこかで服を調達してやらねばなと心で頷いておいた。
と、丁度いいタイミングで。
水平線のように広がっていた雪原の先に、結構大きな街の姿が映った。どうやら神様は慈愛に満ちているらしい。己から凍死の道を選び、あまつさえ最後は服が欲しいと騒ぐチャラ男を救ってくれるようだった。
世ノ華は街の入口付近でバイクを止める。そうして人が意外にも賑わっている商店街に鉈内を向かわせようとしたのだが、
「ねぇ世ノ華」
「ん? なによ。奇跡的に服買えるし、よかったじゃない。早く行って帰ってきなさいよ」
バイクに股がったままググッと伸びをしている世ノ華に振り返って、街の入口にポツンと立つ鉈内は一言。
「……日本語でも気持ちは届くよね、きっと服買ってこれるよね」
「テメェマジで勉強しろ。ちっと街で本場の英語に飲まれてこい」
英語なんて一切分からない鉈内を蹴り飛ばし、容赦なく英語しか話さないカナダ人の街に送り飛ばす世ノ華。結局、鉈内は冷たい雪の上に土下座をして英語を話せる世ノ華に服を買ってきてもらったのだった。




