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善悪の正体を解明する騒乱の始まり

 鉈内翔縁の脳がオーバヒートしかけていた。彼は『夜明けの月光』の本部である大型ビルの一室、正確には『夜明けの月光』を率いるフラン・シャルエルの洋風デザイン満載である仕事部屋にいた。何度か入った場所とはいえ、相変わらず緊張の糸はピンと張り詰める。

 だが、今の彼はあんぐりと口を開けそうになるほどの驚愕に飲み込まれていた。

「え、ちょ、え? は!? 今なんて言ったの?」

「だーかーらー」

 面倒くさそうな声を上げたのはフラン・シャルエルだった。他にも世ノ華雪花や黒崎燐もこの空間にはいるのだが、鉈内と同じように現実が受け止められないと言わんばかりの顔をしている。

 しかしフランは構わない。

 机の上にある大型PCの画面を鉈内達に見えるよう、クルリと回して口を開く。その画面に映し出されているのは、気象情報を表すかのような天気予報でよく見る台風の進路状況などを説明するための世界地図。実際に、等高線みたいなものや温度を表すかのような多種多様な色が世界のいたるところに分散していた。つまり鉈内には微塵も理解できない代物なのだが……。

 これだけは聞き取れた。

 フラン・シャルエルの爆弾発言本日二回目。



「そのうち世界終わるみたいだわ。っつーわけでどうするよ?」



 ポカーンとする鉈内だったが、そもそもこうなった原因を思い出す。確か七色に言われた通り病院へ向かったら、到着した瞬間に病院の玄関前で『夜明けの月光』の黒服たちについてくるよう言い渡された。それを偶然にも発見した世ノ華が、病院から離れて強引についてきた。

 恐らくは、世ノ華は鉈内についていったほうがいろいろと得だと察したのだろう。

 病院で少女を探すだけでは、何も得られないと分かっていたのだ。

「で、どうする? ああ鉈内、テメェどうせなら童貞捨ててやるーつって発狂して襲うなよ? マジでそうなったら、貧相なその股にぶらさがってるふくろ破き捨てるぞ」

「破く!? 斬新で怖っ! ってそうじゃなくて、何が何で僕がここに呼び出されたわけ? っていうか人類の歴史が途絶える的なアレやめてマジでやめて! 冗談にしてもぶっ飛びすぎだから!!」

「悪いが冗談じゃないんだなーこれが。ま、とりあえず見ろよアホ」

 フランはカタカタとPCをいじり始めた。すると画面が世界地図のものから企画書類のような、文字がギッシリと詰まったものへ変わる。

 その一文一文を読んでも理解はできない。

 しかし、フランがその文字大群の中から一つの言葉を指で示した。

 鉈内達もPCに近寄って、それを視界の中心に捉える。

「……『調査ポイントH』……なんですか、これ」

「ウチは組織だ。『悪人祓い』の派遣会社とでもいうべきだな。つーわけで、いろいと呪いちゃんとか怪物ちゃんを祓いに行ってるわけだが、そういう世界中を飛び回る仕事してるとこういうのも仕事になっちまう。『調査ポイント』ってのは『呪いの力で何かしらの反応』が出た場所だ。過去に怪物に飲み込まれて大暴れしたような奴の爪痕とか、そういうモンが残されてるポイントを『調査するポイント』ってことで『調査ポイント』なわけ。んで、その調査ポイントの一つ、『調査ポイントH』がここな」

 再びキーボードをカタカタとタイピングしたフラン。すると直後に、画面が先ほどの世界地図へあっさりと戻った。

 その地図の中で。

 北の北の北を指し示し、

「『北極』が『調査ポイントH』だ。ここはいろいろと怪物とか呪いとかで作ったろう破壊の跡とか、痕跡とか、いろいろと『集まってる』場所だ。ようは世界で一番怪物の問題で怪しいオカルトの聖地的な場所ってわけ」

「ですがボス。確かに北方面にはキリスト教信者が多いヨーロッパとか、過去の呪い発症例も多い、『呪いが多く続出』する場所ですけど……それだけじゃ世界が終わるとかよく分からないです」

「うるせえよチチナシ! いいから黙って聞けバカ、ちゃんと説明してやるから!!」

「ち、チチナシっ……っがは!?」

 思わず血反吐を吐きかけた黒崎。

 今は大事な話の真っ最中。故に、いつものようにメンタルを粉々にされて鬱になっては皆に迷惑をかけるという思いから、黒崎は割と本気の涙目になって唇を噛み締めていた。

 そんな彼女を哀れに思いながら、鉈内はフランに直球を投げる。

「で、結局なんなの? 『調査ポイントH』っつーか、氷と雪と可愛い北極熊しかない場所で何が起こってるわけ?」

「あー、言葉を今ここで作るとすれば……『凝縮地球温暖化現象』だな」

「ぎょ……? え、ちょそれってなに?」

「『凝縮地球温暖化現象』。北極の氷が溶けて熊さん困ってまーす的なことを、大して気にしてねえのに騒ぐアホとかいるだろ? その地球温暖化現象の別バージョンだ。『ある一点の氷』が溶けてる。北極の一部だけが、ジワジワとアイスクリームが溶けるみたいになくなってんだよ」

「……なるほど。だから『凝縮』されたような地球温暖化現象だから、『凝縮地球温暖化現象』ってわけか」

 鉈内は感心の声を漏らして、ふと、今更なことを尋ねる。

「え、でも、それで何で地球滅亡説が浮上するの?」

 その通りだ。北にある白銀の世界で一部の氷が重点的に溶けようと、別に惑星規模の被害を生むようなことはないはず。大体、一部が溶けるというのならば、それはドーナツの穴のように周りを氷で覆われているはず。氷版ドーナツ化現象のようなものだ。

 だから、思っているよりは問題はないはず。

「いいや」

 と、思っていた鉈内達の考えが外れだった。

 フランはパソコンを再び弄り、画面を世界地図のものへと変えて、北極の部分を指で示す。そこは赤い色で塗りつぶされていた。夏の天気予報でやるような、各地に色わけをすることで視聴者に大まかな『ここはこのくらい暑いですよー』と教えるような画面である。

 赤い色で染まっている北極をトントンと叩いて、

「この色は『呪い発動地点』を表すもんだ。上から順に、赤、青、黄、緑、オレンジ。呪いの力ってなぁ空間を規則的な形で揺らしたり、無意識に悪魔や天使だったら魔力、妖怪だったら妖力の力を『落とす』こともある。つまり、赤い場所は『一番呪いの力が発動したところ』ってわけ。オレンジは下級悪魔とか下級妖怪とかの雑魚レベルの微弱な力を察知してる。だが、赤ってのはそうそうねえよ。赤が出るレベルは悪魔の中でも上級悪魔クラス。天使で言えば七大天使クラスのちょーヤベェ奴クラスだ。実際、北極以外に赤い場所ないじゃん。だから話は簡単」

 フランは鉈内に意地の悪い笑顔を向けて、



「北極で怪物を使った『何か』が行われてる。または『何か』が起こってるってわけ」



 だから世界のピンチかもって話だよ、とフランは付け加えた。なるほど。ということは、惑星規模の災害を生む可能性もあるというだけであって、別に今ここで世界滅亡が決定したわけではないらしい。

 思わずほっとする鉈内。

 そんな彼に、フランは己の事務椅子に深く腰掛けながら、

「で、だ。こりゃ完全に『悪人祓い』の仕事の範疇になる事態。だからお前を呼んだんだよ、スーパールーキーの鉈内くん」

「……それは、僕をこの会社で雇ってくれる的な感じっすか?」

「そうだな。お前の実力が確かだってんなら、別にウチで雇ってやらんでもない。言っちまえば、こりゃ試験テストだ。この北極で起きてる呪いの現象を解決してきたら、ウチで正式に使ってやる。七色の元職場でもあるんだし、安心だろ?」

「……」

 確かに北極で起きている不可思議な現象は、下手をすれば世界を絶望に陥れる事態を招くかもしれない。言わば重要任務だ。これは『悪人祓い』として、地球で生きる人間として、その問題を解決できる力と信頼をもらえた鉈内だけが立ち向かえる壁。

 彼は言った。

「行くよ。北極だろうと南極だろうと行く。そうして世界を救ってきてあげるよ」

 鉈内がここで言い切ったのは、実は善心溢れる動機というだけではない。今まで自分の前に現れた、謎の組織がいたはずだ。あいつらは『呪いと怪物』を使って、何かしらの野望を叶えるために動いていたはず。

 今回の出来事は。北極の『凝縮地球温暖化現象』は。 

 何か、いままでに関わってきた事件と繋がるレールのような気がしてならない。

 だからこそ。

「私も行くわ」

 世ノ華の声が鉈内の鼓膜を震わせた。

 驚いた顔をする鉈内をフンと鼻であしらって、

「勘違いしないで。雪白の一件に絡んでそうだから、ただ北極熊を見に行くだけよ」

「いやいやいや! 君だってマジで言ってんの!? 僕と二人だぜ? 絶対に僕が君に無理やり押し倒されて逆レイ―――」

「何で私が襲う側なんだよゴラァ!!」

 思いっきり鉈内のスネを蹴り上げた世ノ華は、ジタバタと転げ回る鉈内を一瞥する。しばしの間ダウンしていた彼は、ようやく起き上がって決断を固めた。

「よし。じゃあ適当に準備して出勤しますかぁー。さすがに今日は疲れたし寝るわ」

 ぐっと伸びをして、部屋を立ち去っていく鉈内。その後ろ姿が、やけに印象に残った世ノ華は眉を潜めていた。

 そんな視線には気づくことなく、鉈内は屋上へ向かっていった。階段を登る規則的な足音をリズミカルに鳴らして、一気に街全体を見渡せる屋上へ到達する。

 扉を開けて、輝く夜空を見渡しながら、フェンスに近寄って夜の街明かりに声を漏らす。

「うわー、すっげえ芸術的じゃん。何だか面倒くさい仕事回ってきたけど、これもお仕事だしドンマイだよねぇー。はは、何だか『悪人祓い』ってブラックじゃね?」

 そんなことを呟いて。

 思わず緩めるように笑みを漏らし、ふと夜空を見上げる。

「……『世の中には悪しかない』」

 鉈内は続けて、その視線を広大な夜の街並みへ向けた。輝いているその光の世界に、思わず目を奪われる。屋上ということもあってか、金だって取れるくらいの絶景だった。

「『この世に善は存在しない。朝の六時にやるヒーロー番組も、所詮は悪役を暴力でなぶり殺しにしているヒーローは傷害罪を背負っているに過ぎない。悪役と同じように暴力を振るっているのに、ヒーローは同じことをしているだけなのに善人として扱われる。それはおかしい。悪役を殴った時点で悪だろう。悪役と同じ暴力という悪行を振るった時点でヒーローは悪だろう。だから俺はヒーロー番組ほど残酷で狂ったものはないと思う』……とか、あのクソ野郎は朝食の時に言ってたなぁ」

 もしかしたら、と鉈内は思いながら夜景を見つめて、

「この街も、国も、世界も、結局は上手く悪が循環して回ってるに過ぎないのかなぁ」

 自分では思いつくこともない価値観。

 善悪の違い。

 それを理解しようと、呟いていた。

「まぁ」

 しかし結局のところ、鉈内のような人間には、

「悪なんてさっぱりだわ。意味不明すぎてウケルって感じ」

 視界に収めているものを、夜景から夜空へ変える。綺麗な星空だった。あの全ての光が燃えているだなんて事実は、考えもしないくらいの美しい星の海。

 それを見ながら、鉈内は言った。

「じゃ、いっちょ北極で北極熊と雪合戦してきますかぁー。あの綺麗な星座をまた見たいもんだし、こりゃ絶対に生きて帰ってこなきゃね」

 善人はそれだけ呟いて。

 夜景と夜空を背に、立ち去っていく。

(……僕は僕として動く。お前とは真逆の道を歩く。そうして、意地でも、善ってモンがあることを証明させてやる)

 そうだ。

 それを実現できたのならば、きっと、

(君も、少しは光ってものを信じられるだろうから。兄貴分として、弟分の人格形成の矯正には力を貸してあげるよ)

 善の道を歩く。そうして、いつか善という存在を確実に証明することで、あの少年を少しでも救ってやろう。情ではない。決して同情みたいな理由じゃない。ただただ、形は違えど同じ家で同じ母に育てられた家族の義理として、この世は悪いものばかりじゃないということをヒネクレ者の弟分に教えてやる。

 目指すは氷と雪で構成された白銀の地。

 凍てつく白い世界を舞台に、正反対の道を走ってきた二人の影が重なり合う。








 善の道を歩いてきた善人。

 悪の道を歩いてきた悪人。

 絶対に重なり合うことが出来ないはずの光と闇が、白銀の世界を等しく目指して交差する。 

 悪か、善か。

 黒か、白か。

 闇か、光か。

 陰か、陽か。

 そんな区別を踏み越えて、二人の少年は各々の敵を見捉える。

 ただし。

 ここで大きく違うのは。



 たった一つの命を守る為だけに、全てを殺戮する残酷の悪。

 全ての命を救い上げると同時に、敵さえも照らす慈愛の善。



 これは果たして、どちらが正しいことなのだろう? 悪の場合は守るべきものを一点に絞っている。故に全ての力をフルで唯一の守りたいものへ向けることが可能だ。しかし善は違う。彼は愚かにも、自分の周りにいる大切なものを全て抱え込んでいるのだ。それでは一つ一つの守りたいものに向ける力が落ち、結果的に守りきれないリスクが高い。しかし悪もまた、褒められるような方法でないことも確かである。

 さぁ。

 一体どちらが『本当』の善で悪なのだろう?

 この騒乱は、その本当の善と本当の悪を完全完璧に見極めるためにもある、善悪の正体を明らかにするための悲劇でもあるのだ。   




 

 

後書き 一体どちらが善で悪か。今回は善も取り入れた場合の疑問ですね。ヤクザは雪白ちゃんだけを重点的に絶対に完璧に守ります。


 大して、チャラ男は無謀にも全ての命を守ろうとします。そうなれば必然的に、そのたくさんの守りたいもの一つ一つに向ける力は落ちるので、総合的に守りきれる可能性は低くなる。

 つまり、たくさんの守りたいものの幾つかを守りきれないかもしれない。対するヤクザは、雪白ちゃんだけを守るので、雪白ちゃん以外に力を向ける存在がいないから絶対に雪白ちゃんを救える確率は高いです。だがしかし、それは裏を返せば他の大切な存在は見殺しにするということ。



 一つのものを悪として守る夜来初三が―――本当は正しいのか?

 全てのものを無謀だが善として守る鉈内翔園が―――本当は間違っているのか?


 はたまたやっぱり、単純に夜来が悪で鉈内が善なのか? それとも、やっぱりどちらも悪でしかないため夜来の言うとおりなのか? 


 疑問だけが残る善悪の問題ですね(笑)

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