光は消え、灯りは死に行き、人間を捨てる結末
呆然としていた夜来は、眼球だけを動かして苦しげな顔で横たわっている少女を見る。この命を守りたい……だが守り方が分からない。それでは、本当に、何もできない。だが守りたいのだ。もはや何を捨ててでも、彼女の心臓だけは動かし続けたい。
どうする?
守り方が分からないのに、どうやって雪白を守る?
その解決するはずのない自問自答を繰り返す。
そうして、しばしの間、コンテナに背中を預けて座り込んだままいて、
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………殺せばいいんだ」
恐ろしい解にたどり着いてしまった。
ここまで来てもなお、どこまで闇へ堕ちるのか、彼は最悪な答えを解き明かしてしまったのだ。
すなわち、
(俺と雪白以外の心臓をもぎ取ってやればいい。俺と雪白以外の奴らを殺せばいい。俺と雪白だけの世界になれば、もう、絶対に雪白が傷つくことはない。みんなみんなぶっ殺して雪白だけを生かせばいい……)
ハハ、と笑った。
何だ簡単じゃないか。雪白以外の生命を絶滅させることで、雪白と二人だけで過ごせばいい。そうだ、それならば雪白の周りにいる存在が自分だけになり、必然的に彼女を苦しめる可能性は消失する。
簡単な問題だった。
問題用紙ごと破り捨ててしまえばいい話じゃないか。
(殺してやる)
夜来は呟く。
焦点の合っていない闇色の目を見開いて、それでもニタリと笑顔を作って、
「殺してやる。みんなみんな殺してやる。ガキも女もぶっ殺してやる。殺して殺してやる。こんなクソったれな世界も殺してやる。目に入った邪魔なモンは全部全部殺してやる。殺してやる。殺してやるっ……ぶっ殺してやる!! 殺してやるよ!! 殺して殺して殺して殺して殺して殺して全部全部ぶっ殺してやるよォォおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
壊れかけていた彼の精神が、完全に音を立てて崩れ始めた。雪白千蘭という支えがあってこそ立っていられた心の柱が、ついに亀裂を走らせて盛大に倒壊してしまった。雪白千蘭がいたからこそ、彼女を傷つけないために、鎖で厳重に封印しておいた胸の内に潜む夜来初三が解放されてしまった。
自虐を超えて残虐になる。
残虐を超えて化物になる。
邪悪な心に芽生えていた唯一の光は闇に飲まれた。
もう人間には戻れない。本当の怪物に成り果てた悪人は、人間の心を二度と取り戻せない。
「……すぐにだ」
夜来初三は仰向けで寝ている雪白を抱き起こした。そのまま真正面から抱きしめてやる。愛おしい。もはやこの命以外の命を蹂躙してやろう。知ったことか。幸せな奴らも不幸な奴らも、大人であろうと子供であろうと、雪白以外の邪魔な命は摘み取ってやる。
殺すべき敵は『エンジェル』ではない。―――『世界』だ。
もしかしたら。
彼は、その血に飢えた牙を大切な身内に向けてしまうのかもしれない。本当に全てを薙ぎ払うのかもしれない。自分を育ててくれた親であろうとも、大切な繋がりを持った妹であろうとも、温かい家族であろうとも、彼は……。
それぐらい。
今の夜来初三だけは危険だった。それこそ、歩いている道に子供がいたら『邪魔』という理由だけで、あっさりと首を折り曲げてしまいそうな目をしている。
「すぐに治してやる。そしたら、また、一緒にどこか行こうな。学校は……ハハ、俺ってば学校もう通ってねぇや。ごめんごめん、じゃあショッピングに行こう。そんでさ、服とか買おうな? 俺ってば黒で上も下も固めてるから、部屋着だけでもお前が選んでくれよ。楽しいだろうなぁ……ああ楽しい。お前と一緒にいるだけで楽しいよ。あ、そうだ! 写真も撮ろうな? お前俺のこと盗撮してたもんなー、はは。言ってくれればちゃんと入るのに。だからさ、今度は二人でちゃんと写真を撮ろう。一緒に、ちゃんと、いよう。ずっと一緒にいよう」
……気味が悪かった。あの夜来初三が。極悪非道の悪人が。今まで誰にも見せたことがないだろう、『温かい微笑み』を胸の中にいる雪白に向けていた。ぎゅっと抱きしめて、今までのガラの悪い口調ではなく、優しい優しい天使のような笑顔と柔らかい声で語っていた。
その笑顔も、声も、全てが全て気味が悪い。
壊れたのだ。
この状況で、ついに、夜来初三の何かが、木っ端微塵に砕け散ったのだ。
「雪白……」
夜来初三は膝まであるセーターのように柔らかい生地を持った漆黒のロングコートを着用している。ズボンも黒い彼は不気味なほどに黒が似合っていた。対して、色素のない病を持ったアルビノの雪白千蘭は、ここに来るまでに夜来が調達した真っ白な冬服を着用していた。
これから行くは氷と雪の世界。
その旅路では肌を突き刺す冷気から身を守る必要がった。
「やっぱり、お前は白いな。俺とは違って真っ白だ」
そんな髪も肌も服も全てが白い少女を、髪も目も心も服も全てが黒い少年は、愛おしそうに力強く抱きしめて、背中に腕を回して真正面から抱擁して、
「俺とは違って、お前は白い。……それでいい」
まるで宝物を扱うように、夜来は雪白の頭を撫で始める。ずっとずっと微笑んで。雪白にだけは恐怖すら感じるほどに優しい顔を向けて、抱きしめることだけは止めなかった。
大切な少女と肌を合わせたまま、彼の唇はこう動いていた。ほとんど音になっていないが、それでいてハッキリと世界を呪う狂った声で、彼はこうぼやいていた。
殺してやる、と。




