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悪が抜き取られたことで抜け殻へと化す闇

 夜来初三は大型漁船に潜んでいた。ただし一人じゃない。傍らでは雪白千蘭が息を荒げて寝ている。彼らが息を潜めていたのは、おそらくは船内の最下層あたりにある、物置部屋代わりの巨大空間だった。薄暗い。光なんてほとんどない、生臭い魚の匂いがうっすらと鼻につく大型漁船の巨大な一室の隅っこのほうに二人はいた。

 この大型漁船は遠洋漁業で使われるものだ。雪白千蘭を連れて北極にまで行くしか道はないのだから、一気に海を飛べるところまでは飛んだほうがいい。だからこその遠洋漁業専用の大型漁船。まるで城のようにデカイこの船に潜んで、漁師が漁を開始することで必然的に海を渡れるわけだ。

 しかし遠洋漁業とは自国の排他的経済水域、すなわち200海里水域の内外における大型漁船による漁業のこと。この船だけで雪と氷の世界へたどり着くことはできない。途中で能力を使ったり、陸に下りて歩いたり、様々な移動手段を駆使して雪白千蘭を『安全』に運ぶのが絶対だ。

 旅路は長い。

 その間に幾つもの脅威が降りかかるはずだ。

 二人の周りには正方形の大きなコンテナがたくさん詰め込まれてある。まるで子供が遊び半分で作る下手な家のように、外壁の代わりになって夜来初三と雪白千蘭を綺麗に囲んでいた。

「……」

 かすかに聞こえる雪白の吐息だけを耳にして、夜来は歯を食いしばった。

 ―――畜生が、と思わず呟く。

 夜来初三とは夜来初三自身が一番嫌悪感を抱いている存在だ。その非情な人間性も、邪悪な思考回路も、目に見える容姿も性格面さえも全てが全て髪の毛一本までもが大嫌いで殺意の対象だ。理由は悪だから。どうしようもない、ドス黒い色でしか構成されていないクソ野郎だったから。

 好きではない。

 しかし、嫌いだがそれを捨てるわけでもない。

 自分は悪だということに抗わず、それどころか悪を極めて、いつか自分自身を好きなれるほどの『本物の悪』へと成り果てることが、彼が彼を許容出来ていた存在理由だったのかもしれない。

 だから、夜来初三は今の夜来初三を殺したいくらい大嫌いだ。なぜなら理由は単純。本物になりきれていないどころか、未熟すぎて悪を名乗る資格すらない、クズ未満の汚物野郎だったから。

 すぐ横で苦しそうに息を荒げている雪白千蘭一人、悪として守れなかった最低最弱のクソだったから。

 こんな自分を許せない。

 こんな自分を殺したい。

「……はは」

 もう、何をすればいいのか分からなかった。今までにやってきた悪として彼女を守る結果が、今回の一件で、隣で高熱にうなされている雪白の状態で、全てを物語っていた。

 ―――夜来初三は雪白千蘭を悪として守れなかった。

 今までにしてきた全ての積み重ねが無意味に終わったことで、もはや自分はどうすればいいのか分からない。

「ははっ」

 笑った。かすれるような声で、現実に絶望した自殺志願者のような笑顔で、彼は笑った。

「ははッ、はははははははははははははッッ!」

 傍らには死にかけている雪白千蘭。

 彼女をそんな状態にしてしまったのは、紛れもない自分の弱さ。

 故に思わず、

「あっははははははははははははははははははッッ!! ギャはっ! ぎゃっはははははははははははははははっッ!! わッッけ分かンねぇぇぇぇえええええええええええええっ!! あひゃひゃひゃひゃひゃ! 何で何で何で何で何でだぁああああ!? 何でコイツは死にかけてて俺ァこうして右も左も分からずにクソ面倒くせぇ真似ェしてんだぁぁああああああ!?!?!? あひゃはははははははははッッ!! 意味分かんねぇよ、意ィィィィィ味が全ッ然分かんねぇんだよォォォおおおおおおおおおおおおッッ!! ァァああああああああああああああああッッ!! クッッソがクソがクソがァァァああああああッ!! ひゃっははははははははははははっっ!!」

 確かに意味がわからない。雪白千蘭が何かしたか? 自分が何かしたか? 何かここまでの壮絶な事態を巻き起こす引き金を引いたのか? いいや引いていない。引き金どころか拳銃にさえも触れていない。夜来初三と雪白千蘭が、勝手に理不尽に奴らに利用されているだけ。言わば道具だ。夜来達の意思や行いなんてガン無視で、世界が彼ら二人に苦痛を与えている。

 ああ、と叫び終えた夜来は思った。

 自分の両手に目を向ける。傍らで寝ている少女を守るために、今まで返り血で真っ赤に染めてきた、悪魔の両手だ。しかしそれに意味はない。結果的に雪白を現在進行形で『守りきれなかった』のだから、もはや今までに積み重ねてきた悪行には何の意味もなかったのだ。 

 ならば、どうすればいい?  

 自分はこれから、どうやって雪白を守ればいい?

 どれだけ悪へ染まろうと、どれだけ闇に堕ちようと、どれだけ黒に塗り潰されようと、雪白千蘭ただ一人守れなかった自分は、一体、これから彼女をどうやって守ればいい?

 助け方が分からなかった。

 両手を見つめたままの夜来初三は、雪白を助ける『助け方』が分からなかった。

 ―――本物の悪として助けられなかった彼女を、他の方法でどうやって助ければいいのだろう? やり方が理解できない。なぜならそれは、彼が『悪』しか知らないから。悪として助ける方法しか備わっていない彼だからこそ、その唯一の助け方が通用しない今、彼女をどうやって救えばいいか完全に分からない。

 彼女の頭を撫でればいいのか? ぎゅっと抱きしめればいいのか? 一体、自分はどうすればいいんだ? 右を向くのか? 左を向くのか? 雪白に触れていいのか? 触れてはいけないのか? 手は使っていいのか? 足は動かしていいのか?

 一体、

 悪以外の助け方とは……何だ? それは何色だ? それは悪じゃないなら何だ? それは形はあるのか? そもそも目に見える物体なのか? どんな匂いがするんだ? 

 そんな意味不明な疑問さえも浮かぶほど、彼は善が分からない。

 この問題に直面している者が鉈内翔縁だったのならば、きっとこんな初歩的な疑問に悩むことはない。雪白を助けるために、今はただ彼女のことを抱きしめて、向かい来る敵を倒して救えばいい。そんな風に、さして深く悩むことなく、『エンジェル』という敵と戦うはずだ。

 だが、しかし。

 夜来初三は……それが分からないのだ。そんなことに苦悩してしまうのだ。自分が唯一理解している『悪』という助け方が通用しない敵を相手にしていることで、脳が完全にショートしている。

 悪が通じないならば……どうすればいい? 

 悪以外の方法なんて……あるのだろうか?

 善、という考え方が備わっていない彼だから『本当に何をすればいいのか分からない』のである。今までの悪人としてのやり方は、『エンジェル』を率いるアルスには届かない。

 だったら。

 ならば。

 ヒーローのように、もう一度戦えばいいはずだ。仲間に助けを求めて、皆で協力することで壁を突破すればいいはずだ。

 それも分からない。

 仲間、なんてものも分からない。自分はどうしたらいいのか、悪でいられないならば、一体自分は何をできるのか知らない。

 もはや、ここまで来ると脳の一部が欠陥している。

 価値観どころの話ではなく、彼が本当に、悪という行動方法しか持っていないことが分かる証拠だった。

 


 握りしめていたラジコンの取扱説明書がなくなった。

 だからこそ、この先どうやってラジコンを動かせばいいか理解できない。



 そんな状態。

 まさしくそんな抜け殻の脳。

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