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騒ぎ

「……ん」

 鉈内翔縁は目を覚ました。場所は七色寺の自室である。ベッドに寝転がって、つい熟睡していた自分に彼はようやく気がついた。

(懐かしい、夢だな……)

 思わず、苦笑する。

 上半身をベッドから起きあげて、思わず笑みを漏らしてしまう。

「僕とあいつは……結局、同じ場所で生活して同じ時間を過ごして同じ道にいたはずなのに、本当は何よりも離れてたんだろうな。あいつと僕は背を向けてたんだ、昔も今もこれからも」

 その呟きは、どこか悲しげでもある。まるで大切なペットが死んで離れ離れになってしまったかのような、どこか諦めると同時に寂しそうな顔。

 鉈内は携帯電話を取り出した。

 時刻を確認すると、既に真夜中という時間帯らしい。窓からは月光が降り注いでいて、間違いなく、一日の半分近くを睡眠で削ってしまったことが分かった。

 ダラけきった自分に、ため息を漏らす。

 と、その時だった。丁度握りしめていた携帯電話から、派手な着信音が鳴り響いたのだ。

「わ、わわわわわっっ!? なに!? なんなのなんなのなんですか!?」

 動転しながらも、きちんと通話ボタンを押して耳に当てる鉈内。すると直後に、聞きなれたソプラノの声が飛び込んできた。

『遅いわドアホ!! 何やっとるんじゃ低学歴低収入低身長が!!』

「ちょっと待てぇぇええええッッ!! 最後のだけは納得出来きない!! いたって平均的な身長なのにそれだけは許容できないからお母様!!」

『そんなことより大変じゃ、さっさと病院までこい!』

「はぁ? 何が大変なわけ?」

 七色の大声に、少々眉を潜めた鉈内翔園。

 すると、すぐさま驚愕の一言が返ってきた。




『雪白の奴が消えた!! 今病院中を全員で探し回っとるんじゃ、お主も早く手伝いに来い!!』
















 五月雨乙音は雪白千蘭の病室の中を歩き回っていた。廊下からはバタバタと看護師や医者や七色達の激しい雪白千蘭捜索中を表す足音が響いている。他の患者に迷惑だろうが、失踪とあっては仕方あるまい。

(……妙だ)

 五月雨は雪白の担当をしていた医者だ。だからこそ分かるが、彼女は絶対と断言できるほどに体を動かすことはできない。熱は常に四十度前後だったし、神経にも影響が出ていることは検査の結果分かっていた。とてもじゃないが、病院を脱走どころか、この病室の扉さえ開くことは不可能だろう。

 そんな彼女は、ふと、妙な風が入り込んできたことに気づく。

 窓だ。

 大きな病室の中で、ただ一つの窓が『割れて』いた。さらに眉を潜めそうになる。窓ガラスが割れた音は一度も耳にしていない。カーテンが外から送り出される風でバサバサと煽られていて、五月雨はそちらに近づいていった。

 そうして、壊されている窓から外へ顔を突き出し、下にある駐車場や上にある屋上までもを確認してみた。誰もいるわけがない。それは分かっていたことだが、何か手がかりでもあるのではと期待していたのだ。

 当然なにもない。

 というか、窓から逃亡なんて無理だ。

「―――ん?」

 と、思っていた矢先のことだ。

 何かが、割れている窓の下の床に落ちている。シミのような、水滴のような、しかし色がしっかりとついた赤い液体。

 それを見て、五月雨は一瞬で『血』だと確信した。確信した根拠と言えば、彼女の仕事が常に人の血を見て触れるものであるから故だろう。誰よりも血を目に焼き付けてきた医者の瞳に狂いはない。

 だからこそ。

 彼女は分かってしまったのだ。

 音もなく窓を『破壊』でき、尚且つ血を落としていくような常に怪我をするような世界にいて、雪白千蘭を連れて行くような者。

 そんな輩は一人しかいない。

「……騒ぎを起こすのが好きなようだが、感心はできないね」







 

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