北極と鍵
楽しそうな絶叫が響く。
直後のことだ。重傷を負った夜来初三の体から、白い力が再び溢れ出てきた。黒い魔力と共に放出されるため、まさしくそれは白と黒の芸術的な柱。白黒の光に包まれた夜来初三は、ブチリと耳まで裂けた狂悪な笑顔を濃く染め上げていた。
奇声を上げてゆらりと起き上がった夜来。
その顔半分を白く染め上げて、再び立ちはだかる絶対的な壁を砕こうとする。
「ほう。それが今までの報告にあったパターンの変化だな。しかし面白いものだ……今のお前は大悪魔サタンの魔力ともう一匹の怪異を同時に操っているということか? 凄まじい執念だ。感服するぞ」
夜来初三の主人格が誰なのかは分からない。夜来初三なのか、もう一人の夜来初三なのか、それは一切現状の情報量では不明である。
夜来はニタリと極悪な笑顔を作り直した。
直後に、ゴバッッッッッ!! と膨大な破壊が巻き起こった。夜来初三が大きく右手を水平に振ったのだ。すると白い力と黒い魔力が虎縞のように形を作って閃光を放出した。腹で飼っている化物の同時使用とも見れる、夜来初三だけが放てる凄まじい威力を秘めた一撃。
「ふむ。それは中々の脅威だな。ミステリアスなのはいいが、限度はわきまえるべきだと思うが」
しかしアルスは動じない。どこか笑みのようなものを顔に貼り付けて、向かってくる黒と白の破壊の嵐に興味を向けた。しかし直後に、その迫ってくる莫大なエネルギーに向けて右手の五本指を徐々に広げていった。
まるで投げ返されたボールを掴もうとするような動作。
だが、それだけに留まらず、
「しかし所詮はその程度か。幻滅という言葉は、ここで当てはめる事が適切なのだろうな」
その広げていた右手を、白と黒の閃光が直撃した瞬間に勢いよく閉じた。つまり握り潰したのだ。白い化物と悪魔の神の力を同時に受けたというのに、彼はその一閃を片手で握り潰してしまった。
ドッッパァァァァァァァン!! という水風船が割れたような音が炸裂した。黒と白の猛攻が霧散するように消失してしまったのだ。それと同時に、気づけば夜来初三の体に原因不明の衝撃が襲いかかった。ゴギュリギリリリ!! と妙な音を骨全体が立てて、電車に引き飛ばされたように吹き飛んでいく夜来初三。
既にその顔はもとの人間らしいものへ戻っていて、白い力もサタンの魔力も完全に消えてしまっていた。圧倒的なまでの瞬殺劇。あの夜来初三が、最強の悪魔を腹で飼っている男が、絶対的な魔王が血だまりの中に転がっているのだ。
過去最大の敗戦。
まさしく、次元が違う実力差だった。
「……つまらんな」
もう一度、アルスは金色の目と銀色の目を細めながらぼやく。
「つまらん。非常につまらん。もう少し抗えるはずだと思っていたが、またしても期待はずれか。俺がギャンブルで負けるタイプの感なし野郎なのか、お前が実質的には凄まじく弱者なのか。どちらにせよ、もう答えは出ているが」
何もかもが通じない。
最強の大悪魔サタンの力を振るおうと、最狂の白い化物へと染まり果てようと、二つの力を両立して噛み殺そうとも牙をへし折られる。
悪としての力が一切通じない。
本物を極める悪へと染まり、漆黒の怪物へ染まりきろうと。
絶対を極める悪へと染まり、純白の怪物へ染まりきろうと。
どちらも通用しない。
悪の道を突き進んだ果てに手に入れた二つの力は、呆気なく粉々に蹂躙されてしまった。
「……し……が」
ボソリと、夜来初三は唸る。
全てを無茶苦茶にぶち殺してやりたい、と訴えるような激怒の目で唸る。
「い、ぬ……畜、生……がァ……!!」
立ち上がろうとする。もう一度立ち上がって、殺しに行こうとする。しかしダメだった。靴底を地面に押し付けて、腰を上げようとしてもズルリと滑って倒れ伏す。それは床が己の出血で出来た血だまりのせいで滑りやすいという理由だけではなく、純粋に足腰に力が入らないからでもあった。
そんな無様な芋虫へと落ちた夜来初三に。
アルスは今気づいたような軽い雰囲気を纏って口を開いた。
「そうそう。言い忘れていたが、お前には『計画』を実行に移すためにも、もっと上手くサタンの魔力をコントロールしてもらわなければならない。いずれは物理的破壊も精神的破壊も、文字通り全てを破壊してもらえるようになってもらわねば、この世をハッピーエンドには迎え入れることができないのでな」
それは既に聞いている。霜上陸から、大まかな『計画』の全貌は明らかにされているため、特に今更驚くべき内容は何一つない。いや、そもそも視界がかすんで荒い呼吸を続けている夜来初三に、彼の話が全て届いているかは謎であるが。
だが。
そんな声を聞き取れるかどうか分からない夜来初三でも、確かに聞き取った内容があった。
「だからだ、まぁいろいろとこれから準備に取り掛からなくてはならない。『計画』なんて大層な言葉を使っているのだから、大掛かりな作業がまだまだたくさんある。そこでだ、夜来初三。お前には『計画』を実行に移せる舞台に『お前から来てもらう』ことにした」
意味がわからない。夜来初三が自分から敵である『エンジェル』の『計画』を実行に移せるミサイル発射台へ向かうだなんて、理論なんてものが崩壊している。
だが。
次の言葉で、全てが『エンジェル』の思い通りになることが理解できた。
「雪白千蘭」
「―――っ」
ピクリと肩が跳ね上がった夜来を見下ろしたまま、アルスは続ける。
「彼女には俺直々の毒素を注入しておいた。一応あの復讐に狂っていた女に毒を打ち込むよう任せておいたから、きっと間違いなく雪白千蘭はひどく衰弱しているだろう。それこそ、呼吸するだけで精一杯で、食事なんてまともに取れず、解毒薬なんてない薬物にやられているのだからな。ああ可哀想な話だ。ちなみに、一週間であの女は死ぬ。今日で何日目だろうな?」
必死になって、再び立ち上がろうする夜来初三。そのもがき続ける姿に苦笑して、アルスは『計画を実行に移す舞台へ夜来初三自身から来る』だろう、絶対的な言葉を上から叩きつけた。
「雪白千蘭を助けたいなら『北極』へ向かえ。そこに彼女を助ける『鍵』を用意してやろう」
さらに続ける。
「そこへ行き、そこからさらに茨の道を進み、『実験場』で再び俺と対面したその時に、雪白千蘭を救えるだろう。つまりは雪白千蘭を助けるために、自分から俺の前へ現れろということだ」
それだけだった。
信憑性なんてものは欠片もない、一方的な助言まがいの連続。しかし反論をする力も怒鳴り飛ばす力もない夜来初三は、ただただ血を吐きながら倒れ伏す。
そんな夜来初三に薄く笑ったアルス。
彼の声が、最後に真上から聞こえてきた。
「再会を楽しみにしている。『鍵』をしっかりと見つけるんだぞ?」
ゴッパァァァァァァァァンッッ!! という爆音が炸裂した。夜来初三の意識が完全に刈り取られた証拠の破壊音であると同時に。
―――悪の道を突き進んできた一流の悪人。闇に生きる彼を照らしてくれた『大切な少女』が、今まさに絶望の渦に飲み込まれていることを強調させるような激痛の音でもある。




