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雄叫びを上げる闇

 夜来初三は倒れふした『エンジェル』No.2へ目をやった。無様に転がっている彼の体は、ほとんどが深紅の鮮血によって塗りたくられている。地面には得体の知れない魔法陣のように出血が広がっていて、間違いなく、これ以上は手を出す必要はないことを示していた。

「……ま。所詮はテメェの悪はそんなもんだってことだ。世界平和夢見て徒党組んでる程度の格下だってだけだよ。俺がテメェより上だった。それだけだ。気にしねぇで地獄に堕ちてろ」

 夜来初三は踵を返す。

 いつの間にやら豹栄真介とサタンの姿が消えていた。おそらくは、彼が安全な場所にまでサタンと共に避難したのだろう。助かった。おかげで、先ほどの大破壊に彼女を巻き込まずに済んだのだから。

 夜来はしばし、ほとんど崩壊している屋上庭園の中を歩く。

 そうして、豹栄達を見つけようとしていた。

「あ?」

 と、そこで。

 ガタ、と物音が背後からした。

 正確には、背中の方向にあった大きな瓦礫の山の後ろから。

「おいコラ。いるなら返事ぐらいしろ」

 面倒くさそうにサタンの介抱をしているだろう豹栄のもとへ近寄っていく。

 瓦礫の塔を回って、音がした場所へたどり着く。

 しかし。

 前提が崩れた。

 豹栄がいるだろうと勝手に思い込みをしていた。

 なぜなら、夜来が見た光景が、



 豹栄真介の首を片手で締め上げている一人の男がいたのだから。



「お」

 男は夜来に気づき、豹栄を無造作に投げ捨てる。ゴロゴロと転がった彼の背中からは、ウロボロスの翼が生えていた。つまり霜上のコントロールが解けて、いつもの『不老不死』である豹栄真介をあの男は倒してしまったのだ。

 意味が分からない。あの豹栄が気絶して転がっている。

 夜来初三はピクリと眉を動かし、

「誰だテメェ」

「すまんな。俺もこういうやり方は好きじゃないんだが、お前と二人で話がしたかった。だから豹栄真介には辞退してもらったというわけだ」

「誰だっつってんだ」

 もう一度、同じ言葉をぶつける。

 すると、相手は軽い調子で、

「『エンジェル』を率いる王・アルスだよ。俺に会いたがっていたんだろう? わざわざこうして出てきてやったんだ。リアクションはもっと輝かしいものにするべきじゃないのか、夜来初三。ああ心配するな。お前の仕事仲間の残り二人には、きちんと足止め役を押し付けている。まぁ大丈夫だろう……いくら上岡真といえども、所詮は俺達が作り出した怪物に過ぎない。実験段階の液状型生命体ではあるが、火、再生、風、雷、他にも幾つかのパーツは完備してあるし問題はない」

 そいつは続けて言った。 

「だから安心していいぞ。邪魔は入らん」

 まるで世界中に広がる謎や不可思議な出来事や科学では解明できない問題も含めて、本当に、全てのことを知り尽くした神のような表情で告げた。



「さぁ。仲良く楽しくお喋りしようじゃないか」















 アルスと名乗った男の正体が、これまでの騒乱の元凶である『エンジェル』の頭だと理解した夜来。彼は即座に目を殺意で塗り染めて、改めて敵を認識する。

 何か、おかしい。

 あの男は、自分とは何かが決定的に違う。そんな妙な威圧感や圧迫感が、夜来の額から冷や汗を流す。いつもの凶暴的かつ攻撃的な手段は取る気になれない。何故だかは知らない。しかし奴には、油断を見せてはならないと動物的な本能が訴えかけてくる。

「……っ」

 ゴクリと生唾を飲んだ夜来。

 対して、相手はその反応をどうやら勘違いしたようで、

「何だ、豹栄真介のことが心配か? 安心しろ。殺してはいない」

「ほざけ。誰がシスコンなんぞの安否なんて気に留めるか」

「ほぉ。仲間意識の一つや二つ、持ち合わせていないのか?」

「生憎とねぇな」

「そうかそうか。利害関係の一致から手を取り合っているような関係というわけだ」

 その男は実に神秘的な容姿をしていた。右目は金色で左目は銀色のオッドアイ。さらには眩しく輝く金髪……というよりは金そのものであるショートヘアーをした、明らかに生粋の日本人とは思えない特徴ばかりだった。服装はいたってシンプル。白一色のVネックの長袖一枚に、上半身の服とは正反対の黒一色のズボン。それだけの、ファッションやらアクセサリーやらには興味の欠片もない元が神々しいアルスという男。

 そいつは肩の関節を腕を回すことでコキコキと鳴らし、告げた。

「いやいや、しかし興味深いものだな。俺の計算ではウチの陸に撃破されて、お前を確保し、計画も順調に進むかと思ったぞ。ことごとく俺のプランをかき回すお前には実に目が引かれるものだ」

「……ナメてんのか?」

 余裕でいっぱいの態度を見て、思わず夜来の堪忍袋が破裂しそうになる。

 対するアルスは、

「ん。まぁお前を弱者だとは認識しているが?」

「よほど爆笑必至の死体になりてぇと見える野郎だな」

「そう言うな。お前も俺もさして変わらん存在だろう。人間であり、人を傷つけ、己の目的のために他者を踏みにじる獣だ。同胞だ。仲良しこよしでいるほうがお互いに得だと思うがな」

「ほざけ。つーか、あのマセガキはどこにやった」

「マセガキ?」

 首をかしげたアルスに、夜来は低い声で返す。

「俺の相棒だよ」

 そう。なぜかこの場にはサタンの姿がなかった。もともと『エンジェル』のNo.2に強制的な力で操られていた故に、彼女はとてつもなく疲労している状態にあるはず。

 だからこそ尋ねた。

 すると、相手は宿題があることに今気づいた小学生のような顔になって、

「―――ああ、ほら。そこにいるだろ」

 指をさした。夜来初三の背後に、指を向けていた。

 凄まじく嫌な悪寒が背骨を走る。なぜだかは分からないが、夜来初三は呼吸を止めてゆっくりと振り返っていた。原因不明の冷や汗が額から流れ落ち、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

 そして見た。

 夜来初三は見た。




 岩のような瓦礫にはりつけにされている、全身血まみれのサタンの姿を見てしまった。



 

 彼女の腕には大きな釘が貫通していた。しかも一本じゃない。そもそも瓦礫に磔にさせるほどの固定力を持っているのだろう釘なのだから、一本や二本でサタンの体重を支えられるはずがない。右腕には五本の釘が瓦礫とサタンを繋げていて、左腕には六本ほどの鉄釘が同じように突き刺さっている。さらに驚くべきは、彼女の両足さえも同じように瓦礫と一体化させていたからだ。

 まるでキリスト教を表すイエス像のよう。

「―――、」

 だがそれ以上に、彼女の残酷な状態を認識してしまった夜来は爆発的な速度でサタンの元へ移動する。その凄まじいスピードの移動だけで、辺りの瓦礫が吹き飛ぶほど。彼は白い力を使い、サタンを縛り付けている瓦礫を粉々に吹き飛ばす。おかげでフラリと倒れそうになるサタンを、全力で抱きしめた。 

 そして。

 血まみれのサタンをさらに抱きしめて。

「ァ」

 何かが漏れた。

 何かが、禍々しい音が、口の中で花を咲かせた。



「ァァァァああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!」



 吠えた。

 獣の雄叫びを上げた。

 同時に、ドッッッッッ!!!! と、白い力が夜来を中心に辺り一帯をめちゃくちゃになぎ払いながら放出される。力いっぱい、絶対に、死んでも離さないよう、夜来は小さく小柄なサタンを抱きしめて、その白い恐怖を周囲一体にばらまいた。

 さらに。

 その白い力の矛先は、完全にアルス一人に限定される。全ての白が彼を殺しに行った。塵や埃なんてものさえ飲み込む竜巻のような白い閃光。細胞一つ残さずに、アルスを殺害する思いが威力を増大させているのだ。

 だが、

「ほう。それが例のイレギュラーの力か? なかなか面白い構造だな」

 効かなかった。

 あの白い暴風のような一撃は、アルスの皮膚に触れただけでかき消されてしまったのだ。だが終わらない。夜来はそれでも、構うことはなかった。絶対に血走った獣の眼を休ませることはなかった。

 殺す。

 殺す。

 殺す。

「ォ」

 何が何でも。

 死んでもあいつは殺してやる。

「ォ、ォォオオオおおおおおおおあああああああああああああああああああああッッッ!!」

 夜来初三の腕の中から、サタンの姿が霧散するように消えた。戻ったのだ。夜来初三の中に、彼女はきちんと帰ったのだ。ということは、全てが簡単になる。夜来初三がサタンの代わりに力を振るえる、いつもの状態へ戻ったのだから、もはや全ては簡単だ。

 破壊すればいい。

 クソ野郎をぶっ壊せばいい。

 いつだって自分を支え続けてくれた悪魔を傷つけたクソ野郎。



 その犬畜生に与えるものは、死、以外にありはしないのだから。



 漆黒の魔力に包まれた夜来初三。

 彼の殺戮本能を解き放つ引き金は、既に引かれてしまっていたのだ。

 

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