絶対悪とは麻薬である
(おいおい、どういうつもりだよコラ)
夜来初三は心中で呟く。
もう一人の自分に、胸の中で問いかける。
(テメェ、何でここまで俺に協力する。デレか? クソきもいから止めろドアホが)
『協力? ハッ』
自分の内側で、あのいけ好かないクソ野郎の声が届いてきた。まるで脳内で反響するような声。聴覚機能なんてものは関係させない、不思議な対話を行っていた。
あいつは言う。
きっと、邪悪な笑顔を引き裂いたまま語りかけているのだろう。
『言っタろ。俺モあのクソは殺シてェ。ダかラ渋々テメェを利用すルだケダ』
(にしては、俺に身体の舵を譲ってるじゃねぇかよ)
『馬鹿ガ。何度言えバ分かル。俺はお前の悪を維持シテやッテる化物だ。胸糞悪ィもンだが、テメェに牙ァ剥く時ッテのは「テメェを悪として確立させる」時か「テメェじゃ対処できない窮地」にナッタ場合ダケだ。ソレ以外じゃ、俺はイツもテメェの中で大人しクしテル良い子チャンだろォガ』
確かに、いつもいつも夜来初三を乗っ取って殺戮を繰り返そうとするわけではなかった。夜来初三を彼が支配する場合とは、妙に限定される条件下の中だけ。
故に夜来は当然の疑問を投げかける。
(おいおい、随分と従順キャラじゃねぇか。どういう理由で俺のサポートなんて酔狂な真似してんだ)
『夜来終三』
(―――っ)
息が止まった。
またしても脳がショートしそうになる。
『俺がテメェの世話をシテルのは、全部全部あのクソガキのセイだ。チッ! マジであノ野郎ふザけンじャネェよ。イツまでこンな面倒くセェことシナキャならネェ』
(……テメェは終三の居場所を知ってんのか)
『知っテテも教えネェよ。ソレに今は、アノ「エンジェル」とカいウ怪しイ宗教団体ぶっ潰すノが先だろォガよ。優先事項を間違エるナ。テメェがスルことはクソ野郎をミンチに変エて悪とシテ存在スルことだろォガよ』
それは夜来初三も理解している。
現在意識するものは『エンジェル』という組織の問題のみ。その問題へ直面している現在進行形である中で、さらに大きな問題である弟のことまでは処理しきれない。重労働の真っ最中だというのに、別の仕事へ手が回せるわけがない。
だから夜来初三は、落ち着いた調子で語りかける。
(どうしてそこまで、俺を悪い色に染めようとする。俺は本物を貫く。テメェみたいな悪に染まったら、それこそ俺が目指してる結末にゃたどり着かねぇ)
『ハッ! 馬鹿ガ吠えルな。テメェのいう結末ってナァ、あの面子とのクソ眩しイ日常のことダロ? アホが。俺がソンなこと許さネェ。―――テメェにハッピーエンドなンて俺が許さネェ!! アヒャははッッ!! 俺はテメェを『悪』にスル義務がアルんだよ。あンな眩しい『善』に溢レた日常に返すワケがネェ。だカら今回だケだ』
最後の最後の最後に。
夜来初三の中で『悪』は大きく宣言する。
『今回だケは俺が協力してヤル。あのクソ悪魔が居ネェから、俺が力を貸してヤル』
直後に。
ボバッッッ!! という爆音が体内で炸裂した。細胞が激しく暴れまわる。熱いコーヒーを一気飲みした後のように、胸の内から熱が身体全体へ浸透していく。
「……くく」
夜来初三は笑った。
愉快そうに笑い声を上げる。
「く、はは!! ぎゃはははははははははははははははっっ!! 何が力を貸してやるだ!! 馬鹿かテメェ、上等じゃねぇかよ!! 利用できるモンは全部利用してやる!! そうしてテメェを限界まで利用し尽くして最後にぶち殺してやるよ!! ぎゃはッ! ぎゃっはははははははははははははッッ!!」
夜来初三は笑顔を極悪の色で塗りつぶした。
サタンの力ではない白い化物の力。奇怪で邪悪で異質な力。真っ白で自分という黒さえも飲み込みそうになる身に余る力。
新たな悪としての力。
新たな鮮血を浴びる為の力。
新たな殺戮を繰り返す為の力。
それこそが。
この体で直に感じている白い力こそが。
血に飢えた絶対悪だったのだ。
これは確かに絶対だ。楽しい。気分が高揚する。とにかく目に入った存在を全て絶命させてやりたくなる、この果てしない殺意が夜来初三の奥底に眠る殺戮本能を解き放つ。
何でもいいから殺したい。
そうして誰からも恐れられて、誰からも怖がられて、誰からも怯えられて、全ての生命を絶命させて絶対の魔王として君臨したい。
これは一種の麻薬だ。
とてつもなくハイになる。
「ぎゃはははははははははははっ!! よーし決めた撲殺死体一号はテメェだクソ野郎!! こりゃイイ!! 最ッ高にいいぜオイ!! 何でもいいから心臓もぎ取って腸ァこねくり回したくなる!! ぎゃはは!! コイツァ利用する価値がある最高の化物だわ―――ぎゃッははははははははははははははっっ!!」
しかし夜来初三は根本的なところで絶対悪を拒絶してもいる。これは確かに最高で最悪な悪として確立できる力だ。しかし夜来初三はそれをあくまで『利用』する。染まることはない。この膨大な力を利用して利用して利用して、自分の求めるあの少女達との結末にたどり着いた時、この絶対悪を切り捨てる。
霜上陸に極悪な笑顔を咲かせて、鮮血を求める舌を唾液で濡らしてから、
「じゃあ手始めに殺されろクソ野郎」




