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一度の失態には一度の死を

 大柴亮は車を反時計回りにスリップさせるようにしてワンボックスを停車させる。死体となった竜に近づく勇気はなかなか芽生えないものだ。しかし決心を固めて、彼は運転席から地へ足をつける。

 助手席から上岡真も下りてきていた。

 大柴は彼の顔だけは見ず、ファンタジーの化物の肉塊にだけ視線をロックンオンしながら、

「上岡さん」

「はい、なんでしょうか」

「俺はあなたを許しません。なので一度だけ殺させてください。……一度の失態には一度の処罰を。それが俺という悪党の中で絶対の決まりです。馬鹿をやらかしたアホには、相応の償いをさせる」

 なので、と付け足してから歩き出した。

「後で殺します。だから『二度目』はないように」

「………………………申し訳ありません」

 上岡真は、部下の背中に深く深く深く頭を下げた。

 大柴亮は分かっていて言ったのだ。上岡真を『一度殺した』だけでは、怪物そのものである上岡真は死ぬことはない。脳みそを打ち抜かれようと、心臓をえぐられようと、生体電気や神経や血流のなどの体内を直に弄られようと、別に死ぬことなんてない。不死身ではないが、人間の中で『死』の引き金になる程度のレベルでは怪物にとって無害そのもの。

 大柴亮は『一度』の失態を犯した上岡の頭を『一度』だけ撃ち抜く。

 それが、後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも譲歩できる悪党の選択だった。

「本当に、申し訳ありませんでした」

 上岡は頭を下げたまま、大柴の背中に謝罪の言葉を投げる。

 しかしお礼は言わない。

 なぜなら、大柴亮は上岡真を慈悲で庇ったわけでも情けで助けたわけでもない。容赦なく、一度の失態に一度の死を与える。当然の償いをさせるだけだ。―――結果的に、上岡真が死なないのが偶然だっただけだ。大柴が彼を殺しきれないから、最終的に上岡は『助かる』だけ。

 助けてはいない。

 上岡が勝手に助かるだけなのである。

「いいから頭をあげてください。立場逆でしょ、普通」

「いえ、本当にすいません。なんとお詫びしたらいいのやら」

「だから後で殺すって言ってるでしょう。別に今ここでやることは何もないですよ」

「……はい。そうですね」

 苦笑した上岡は、竜の死体を眺めている大柴の横に立った。息はないはずだ。『千の呪い』の内、空間を歪ませる呪いと炎を生み出す呪いを同時使用し、空間と共に竜の腹を吹き飛ばしてやったのだ。

 生きているはずはない。

 そう、確かに竜はピクリとも動かないままだった。



 突如、粘土のように竜の体がグチャリと溶けて、巨大な水たまりのように赤い液体へとなって路上に広がっていき、最終的に人の形へ『形態変化』したのは確かであるが。



 驚愕の現象だった。

 竜が水のような赤い液体へ変わり、その液体がゾゾゾゾッッ!! と這い集まるようにして路上の一点に凝縮し、人の形状へ固まったのだ。まるで魔法。帽子の中から出したハトをさらに別のものへ変化させるような、ありきたりなマジックだった。

 グニャグニャと人っぽい形をした赤いそれは……本当に人っぽい姿しかしていない。漠然としているのだ。頭、上半身、下半身、だけが形作られていて、保険の教科書にでも載ってそうな『大体』の人の形である。

 髪はない。

 そもそも色が深紅の赤ただ一つだった。血のような色しか持っていない不思議な物体。

 そんな奇怪な化物は、明らかに人ではないことは確か。思わず大柴は生唾を飲み込む。誰がどう考えても、ただの人間である自分程度が歯向かっていい存在じゃない。

 では誰が立ち向かうか。

 答えはただ一つ。



「じゃあ、失態を犯した僕なりに『償い』をしましょう」



 一歩踏み出して言った笑顔の怪物は、赤い怪物に向けて軽く微笑んだ。

 これこそが答え。怪物の相手は怪物が適任なのだ。   

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