黒と白の極悪な笑顔
『悪』の身動きを奪い、斬殺用武器の刀を振り上げて、気の抜けた顔のままあっさりと化物を討伐しようとした霜上陸。彼はその輝く刃を容赦なく振り下ろし、白い狂気を打ち払おうとした。
だが。
だがそこで、そのタイミングで、
「―――ッ」
視界が真っ黒に染まりかけた。
思わず本能的に回避し、黒い荒野を転がりながら襲撃者へ顔を向ける。先ほどまで立っていた場所は、完全完璧なまでの『破壊』の爪痕が残っていた。隕石が落下したかのようなクレーターが作成されていて、あの一撃をかわしていなかった場合の未来は背筋が凍る。
黒の一撃。
黒の閃光。
黒の破壊。
それだけで答えは浮上する。
「あちゃー。こりゃ予想外」
視線を横へチラリとやって、その黒い存在を視界に捉えた。
それは。
凶悪な笑顔を咲かせている夜来初三が立っていた。
漆黒の魔力を体からジワジワと溢れさせながら存在している悪人がいたのだ。
サタンの魔力だ。
あれは間違いなく、破壊を宿した大悪魔の力だった。
(どういうことだ……? 俺は確かにサタンの意識を刈り取ってからここに来たよな。だってのに、何でこんなに早くサタンが戻って……)
そこで霜上はハッとした顔になった。
思い当たる節が、彼の脳内にあったのだ。
(……豹栄真介か。なーるほどなるほど)
確かにそれならば納得がいく。忘れてもらっては困るが、霜上陸の操作は怪物にしか通用しない。つまり豹栄真介のウロボロスを支配下に置いていても、『豹栄真介』そのものは操作不可能ということだ。おそらくは、意識を取り戻して覚醒した豹栄がサタンを起こしてしまったため、霜上が『設定』していた『サタンの覚醒時間』が早まったのだ。
よってサタンは再び夜来の中に入り(おそらくは現在の夜来初三の肉体の主人格となった)、その結果、夜来初三はサタンの魔力を振るえるようになったのだろう。ならば今、夜来初三の肉体にはサタンがいて夜来初三の精神には……。
白い夜来初三。
黒い夜来初三。
色が反転したかのような双子のような二人と、霜上陸だけが這い回っているわけだ。
(サタンをまた操作して夜来から外すってのもアリだが……ぶっちゃけ意味ないな。それに精神世界から俺の操作が届くとも限らんし)
「おいクソ野郎」
この世のものとは思えない凶悪な笑顔と共に。
夜来初三はゆっくりと『悪』に向かって歩いていく。
「随分とまぁ情けねぇ面じゃねぇかよ、あ? 無様すぎてお似合いだぜ、今のナリ。ぎゃはははッ!!」
そう言って、ヒョイと彼が人差し指を振った瞬間、ガラスが砕けたような音が炸裂した。鼓膜に響く高い音。すると同時に『悪』を縛り付けていた原因不明の力も消えて無くなったのか、『悪』はゆっくりと体を起こす。
さらに息を整えてから、ギロリと夜来を睨みつけた。
「テメェ、なンの真似ダ」
「何もクソもねぇよ。無様な豚のプライドをぶち壊すのも良いマイブームだと思っただけだ」
「ハン。イイ趣味シてるジャねェカよ」
並んで立った夜来初三と『悪』。黒い夜来初三に白い夜来初三。二人は意外にも殺し合うことはせず、共闘をする雰囲気を纏って霜上陸に邪悪な笑顔を突き刺してきた。
そんな彼ら二人の様子に、霜上陸は思わず眉をピクリと動かして、
「あり? お前はその化物の味方をすんの? てっきりお互いにとって有害物質な化物は、この場限りの協力プレーで仲良く倒すのかと期待してたのに」
「味方? ハッ。冗談も大概にしろよボケ」
夜来は隣に立っている、もう一人の白い自分を一瞥し、
「コイツは俺が殺すんだよ。テメェみてぇなポット出てのクソ野郎に殺させてたまるか。―――俺がコイツをぶっ殺す。その前に誰かにくれてやるつもりはねぇ」
「……だから俺を攻撃する方向性なんですか」
「そうだ。ここのクソは俺の弟についても関わってる。だからまだ殺さねぇ。いつかは俺の手で死体にデコレーションしてやる。だから俺らの問題に首ィ突っ込むテメェをまずは殺すだけだ」
「非情なやつだなぁ。結局みんな殺すのかよ」
「そうだよ。殺し尽くして悪の頂点に君臨する。それが俺の夢で、希望で、望みで、野望だ」
そこで、隣から鼻で笑うような音が漏れた。
正体は『悪』だ。彼はニヤニヤと狂悪な笑顔を浮かべながら、首の関節をコキコキと鳴らし、
「ハッ。何ガ悪の頂点に君臨スルだ。本物本物って騒イで喚イてるテメェみタイなニワトリが高望みシてンじャネェよ。余っタ残飯にスガリつく様がお似合イだゼ」
「うるせぇ。テメェこそ調子乗ってんじゃねぇよ。あんだけ無様な醜態を晒してた豚がブヒブヒ喚くんじゃねぇ。喰うぞコラ」
「言イやガる」
「俺のセリフだ」
目的は同じ。夜来初三も『悪』も、同じくぶち殺したい相手が一致しているからこそ、今回限りの共闘の意思を見せている。不思議な光景だ。白の化物と黒の化物の二人が、極悪な笑顔を同じように浮かべて同じように殺意と狂気を一匹の敵に向けている。
二対一。
戦力差はこれで変わった。
白と黒が利害関係の一致から手を取り合ったことで、『エンジェル』のNo.2であろうとも余裕は消える。
黒い悪からは、漆黒の力が溢れ出した。
白い悪からは、純白の力が漏れ出した。
黒と白の二人が浮かべている邪悪な笑顔の矛先は、霜上陸ただ一人である。あの化物を二匹相手することになる現実に、思わず、ターゲットの獲物は面倒くさそうにぼやいた。
「殉職かなぁ、俺」




