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これから本気出す

『悪』の膨大な斬撃を喰らった霜上陸。通常、あの一キロメートルの白い刃に肉を裂かれたのならば助かる道理なんて存在しない。だがしかし、それはあくまで一般論である。彼は『エンジェル』のNo.2であるため、その実力は『エンジェル』の中で二番目の強者である。

 あの程度の威力は。

 対して恐怖にはなるはずがない。

「手加減って知ってるかー? 何事も初めからフルで行くとガス切れになんじゃん? それっと一緒。結局、加減ってのは大事なことだって話」

 彼は直後に右手をかざす。

 それは目をくらませるような発光を始めていき、気づけば輝く閃光が放出された。御札は使っていない。ならばあれは『対怪物用戦闘術』ではないということだ。

 それでは。

 尚更、霜上陸の正体に疑問が出てくる。

「ハハッ!! ナンだよチッタぁ笑えるモン持ってンじャねェカ」

 その一閃をさらりと回避した『悪』は、持っていた一キロメートル越えの長刀を蒸発させるように消した。霧へ返ったかのように、刀は粉塵となって空気中へ姿を消失させる。つまり武器を手放した行動。だがそれは、武器なんて使わなくても問題はないという確信の表れでもある。

 続けて閃光の連撃が迫った。しかし『悪』は全てをニヤニヤと笑いながら回避し、攻撃の嵐が止んだタイミングで霜上陸の懐へ一瞬で接近した。

 相変わらず爆発的なスピード。

 逃げられるわけもない。

「ソンなレベルで俺に噛み付イたってノカ? ハハ、自惚れてンじゃネェよクソガァ!!」

「ッ」

 ゴバッッ!! と『悪』の拳が霜上の腹部へ埋め込まれた。骨や肉が悲鳴を上げたような轟音が炸裂し、弾丸のような速度で吹っ飛んでいく。しかし霜上は即座に態勢を立て直して、改めて『悪』と向き合った。

「オイオイオイオイ、モット笑エるポーズで飛ベよゴラァ!! ツまンねェーって言ってンのが分カらネェのカ。無様に散ッとケよ雑兵がァ!!」

「あー、大丈夫大丈夫」 

『悪』の挑発的な言葉に何一つ過敏な反応を見せない霜上だったが、彼は首の関節をコキリと鳴らして。

 もう一度宣言した。



「大丈夫大丈夫。今から本気だすから」



 瞬間。

 霜上陸の周りの空間が、グワン!! と大きく揺れた気がした。

「ッ」

 ゾワリ、と『悪』の背筋が凍りついた。何かただならぬ雰囲気を感じ取り、ほとんど本能的な指示に従って後ろへ大きく飛び距離を取る。

「ドれだケ足掻こォと結果ナンざ変わらネェ。テメェは華々しく死ンどけばイイん―――」

 しかし。

「―――ッ!?」

 そこで、『悪』の体がガクンと崩れ落ちた。まるで筋力が消えたかのよう。膝からストンと地に倒れふして、数回地面を転がった後、うつ伏せという無様な状態へ追い込まれる。

 意味がわからない。

 あの『悪』も、思わず呆然とした顔へ成り果てていた。

「あ、何だこういうのは効くんだ。やっぱりお前、怪物なんじゃね? あーでも、それじゃ俺の『怪物操作』が通用しない理由がわからんし……ってまぁ、どうでもいいか」

「ッ、テッメェ!! ナにシやがったァ!! 舐めタ真似しテンじゃネェぞクソガァ!!」

「そうやって暴れるなよ。痛くしないから大丈夫大丈夫」

 霜上陸はゆったりとしたペースで歩き、身動きが取れない『悪』へ近寄っていく。一方、あの凶悪無比の存在である『悪』と言えば、ただただ喚きながら起き上がろうとしている哀れな格好へ成り果てていた。 

 明らかに。

 強者と弱者の立場が再確認できる光景。

「まぁあれだ。とりあえず、お前は俺らにとって邪魔でしかない存在。夜来初三、大悪魔サタン、この二人だけが必要なんだよねぇー。だからお前はそんな重要な二人の中に芽生えてる有害物質ってわけ。だからまぁ、俺がここで白血球みたいにお前を排除することで終了だ」

 倒れている『悪』の目の前で立ち止まった霜上陸。

 彼は再び御札を取り出すと、先ほどと同じように一本の長刀を作り出した。末路は決定された。動けない化物など、もはや驚異の欠片も残っていない。ただの肉と同様な存在でしかないのだ。『エンジェル』No.2の敵となりえる壁ではなくなっている、ただの紙切れでしかない。

 しかし。

 だがしかし。



「舐めテンじャねェぞ……!! クッソ風情がァァァああああああああああッッ!!」



 ゴガァァッッッ!!!! という爆音が炸裂した。身動きが取れなくなっていた『悪』が、力を振り絞って体から白い力を放出していたのだ。竜巻のような形を作って、四方八方様々な角度から無数の白い竜巻が獲物に襲いかかっていく。

 が、しかし、

「無理なんだよねぇー」

 霜上陸は握っている刀を横に大きく振った。

 それだけで。

 直後に。

 甲高い音を立てて、『悪』の発生させていた白い力は全てが粉さえも残さずに消し飛んでしまった。爆発というよりは消失。あの恐怖そのものである白の一撃を、いとも簡単に霜上陸は無効化してしまったのだ。

「ッ……!?」

「そんな驚いた顔すんなって。ぶっちゃけ、お前じゃ俺には届かないんだよ。それだけそれだけ。たったそれだけが現実なわけだ」

 あっさりとした調子で言って。

 霜上陸は刀を斜め後ろに大きく引き、いつでも肉を切り捨てられる準備をしてから、

「そいじゃ終わりだな。これで俺たちの計画も順調に進むことだろうよ」

 計画にとっての『イレギュラー』を、完全消滅させるべく刃を振り下ろす。

 その瞬間を眺めていた夜来初三。

 彼は『悪』から受けたダメージによって身動き一つままならない重傷を負っている。だがそれでも、立ち上がろうとしていた。まるでその行動は『悪』を助けようとしているものに見える。だが実際は違う。

(終三のことを知ってやがるあのクソ野郎は殺させねぇ……!! ふざけんなよ。ここにきて、ようやく自分テメェの弟の行方が分かるかもしんねぇんだ!! みすみすそのチャンスを葬られてたまるか、クソッたれ!!)

 だが動かない。

 貴重な情報を握っている『悪』だけは、まだ殺されてはダメだ。夜来終三。昔の夜来初三にとって、精神の支えであると同時に希望の光だった実の弟。その弟のことを何であの化物が知っているかはどうでもいいが、少なくとも終三に関してはいろいろと尋ねたいことが満載である。

 故に立ち上がる。

 立ち上がって、霜上陸を止めようとする。

 だがしかし。

「が、あ……!」

 ズザッ、と呆気なく転倒する夜来。やはり起き上がれない。サタンが憑いていない今の状態じゃ、結局自分には何もできない。

 そう思って、歯を食いしばった時だった。

(―――っ)

 思わず、夜来初三の顔に笑顔が浮かぶ。

『悪』に負けず劣らずな、嗜虐的な血に飢えた笑顔。


 

  

 

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