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狂気の化身

  一瞬で屋上庭園のほぼ全てを瓦礫の山へと変えた一撃。夜来初三を殺さないよう手加減していたからか、庭園自体は原型を維持している部分もあった。

 しかし。

 ただの人間やらいはつみに耐えられるわけもない威力なのは確かだった。

「……あれ、死んだ? え、ちょおい。それって俺やばくね? 本末転倒ってやつだよなおい」

 思わず殺してしまったかと焦り始める霜上。

 彼は倒壊寸前の木々や無残にも散った花を眺めながら、夜来初三が死体となっていないこと祈りながら捜索を開始する。

 しかし何も変化はない。

 音さえもない。

 静寂だけが場を支配する。

「……?」

 だが、そこで音が鳴ってくれた。ガリ、という必死にもがいて瓦礫の下から抜け出そうとするような爪の音。良かった良かったと静かにターゲットの安否に安堵し、霜上は音のしたほうへ向かおうとした。

 その時だった。

 本当にその時だった。



 ゴガッッッ!! と、爆発現象が炸裂する。

 気味が悪いほどに白い閃光が、瓦礫と化した地面を貫いたのだ。



 その半径五十メートルをも超える一撃によって、周囲の木々や花がさらに舞い散っていく。

 くわえて。

 ゆらりと、爆発地点から人影が見えた。幽霊のように奇妙な動きで腰を上げる。煙によって姿はシルエットになっている故に、誰かは分からないが予想はついていた。

 煙の中から姿を表したのは、黒ずくめの少年。間違いなく夜来初三だ。

 しかし。 

 霜上陸は聞いてしまったのだ。

 邪悪な邪悪な邪悪な狂った笑い声を。



「あっひゃははははははははははははははははははははははははっっ!! ぎゃああァははははははははははははははははははははッッ!! アヒャ!! ひゃはははははははははははははははははははははははははははははは!!」



 なぜ笑うのか。

 なぜ狂うのか。

 そんな疑問さえも打ち消してしまう黒すぎる笑い声は止まらない。自分で自分を抱くように腕を回し、意味もなく体を揺らしたり、顔を振ったりして壊れ果てる狂気の化身。

「……誰だ、お前」

 霜上陸の気の抜けていた声に、ようやくハッキリとした力が篭った。じっと夜来初三の顔を凝視する。

 ―――髪は全体の七割ほどが真っ白になり、顔の皮膚がバリバリと剥がれ落ちていき、両目の瞳と眼球の色が反転してしまっている夜来初三の顔を。

 白い瞳が黒い眼球で禍々しく輝く。

「く、ハハ!? いひゃ!? が、ぎっはははははははははははははッッ!! ヒャっはははははははははははははははははははははははははははははははァァァ―――――――――――――ッッ!!」

 なんだ、あれは。

 もはや生物として絶対的に必要な理性が爆発しているようだった。なぜ笑うのか? そんなことすらも分からない。自覚できない。ただただ、笑いたいから笑い、狂いたいから狂い、ぶっ壊れてぶっ壊したいから笑顔になる。

(……あれが、例の『イレギュラー』ってわけか)

 実は、霜上陸は狂い果てた夜来初三の原因を理解している。謎の怪物。怪物か分からない怪物。夜来初三の中に潜む何か。そんな存在だということは、今まで行ってきた『エンジェル』の実験で知らせは届いていた。

 しかし。

 結局のところ。

『アイツ』の存在は微塵も解明できていないことで終わっている。

 だからこそ、霜上陸はここにいるのだ。



『アイツ』が怪物かどうかを『怪物を操作』できる霜上陸の手で、確かめることが出来るからここに立っているのだ。



 夜来初三は計画にとって大事な道具だ。故に彼の中に『イレギュラー』が混じっているのならば、必然的にそれを有害か無害かを判別するためにも研究を行う。故障した車の点検をすることと同じだ。だから『エンジェル』は、今まで夜来初三の周りにいる人間を狙い、様々な襲撃を行ってきた。そうして『イレギュラー』の正体を解明しなくては、安心して計画を実行には移せない。

 だから霜上が、今ここで、『イレギュラー』の正体を暴くことが必須なのだが……妙なポイントが幾つかある。

 夜来初三が『イレギュラー』に飲み込まれた時の現象は、眼球の色と瞳の色が反転し、顔の皮膚が脱皮するように剥がれて真っ白な肌を見せると聞いている。人格もおかしくなり、声も異常な音を出すと聞く。由堂清との死闘、桜神雅との激突、両方とも『同じ現象』が発生していたはずだ。

 しかし。

 今の夜来初三はさらにおかしい。



 髪まで白く変色し、目からは血が流れ落ちてきて、爪がブシュリと割れて血が落ちていき、皮膚がドンドン真っ白に染まっていく。さらには白くなった皮膚にピーっと切り傷が出来上がり、血の代わりのようにドロリと泥のような白い液体が垂れてきて、もはや人間という形すらも徐々に崩れ始めていた。





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