抵抗している
「クソッたれが!!」
吐き捨てた夜来初三。
対して、虚ろな色のない銀目を弱々しく輝かせている正気じゃないだろうサタンは―――右手を軽く振った。鬱陶しいハエを追い払うような仕草だ。日常的に見る小さな小さな動きだ。
だが。
しかし。
大悪魔サタンが右手を軽く振るだけで、その軌道に従うように漆黒の一撃が炸裂する。全ての存在を自由自在に破壊してしまう最強の力。その直撃はかすっただけでも『死』を意味する。
夜来初三は思わず転がるように緊急回避を取る。今の彼には何の力もないのだ。夜来初三から大悪魔サタンが引き離されたことで、もはや夜来初三はただの少年である。
つまり戦況は単純。
悪魔の神様にぶち殺されかけている少年、ということ。
勝ち目はない。
サタン本人に勝てる存在なんて、そもそも皆無なのだ。
「おいコラ!! テメェあんだけベタベタしといて、何あっさり殺しにきてんだよ!! ちったぁ俺を思って抵抗っぽいことしろよボケ!!」
思わず激昂する夜来。
彼のすぐ真横には、屋上庭園であるここから地中深くにまで届いているだろう破壊の跡があった。パックリと裂けた床。それは魔力が床を床として確立させている材料も、分子も、原子も、とにかく全てのものを破壊しているのだ。
果てしなく一刀両断されてしまった一撃。
サタンが『右手を振る』だけで、ここまでの現象は巻き起こってしまうのである。
「いや、凄いよ」
と、そこで。
観葉植物らしきものをぼーっと観察している霜上が、サタンの後ろ姿に感心の声を漏らした。
「俺は容赦なく『夜来初三を死なない程度に殺せ』って命令したよー。けど明らかに今の一撃は『手加減』されてたろ? 現に、ただの人間になったお前が避けれてるじゃん。サタン本人の力は世界自体を壊すこともできる。次元も、時空も、空間も、何でも壊せることはお前が一番知ってるはずだ。そんな化物に『死なない程度で殺せ』って命令したのに、『たったあれだけ』の一撃しかそこの悪魔は出さなかった」
そりゃつまりさ、と付け足して、
「そこの悪魔は、俺の制御下にあっても無意識にお前を殺さないよう頑張ってんだよぉー」
「っ」
「十分『抵抗』してるぜー? じゃなきゃお前は死んでる。……よっぽどお前のことが好きなんだろうな、愛されてるねぇ。羨ましいなー、俺って一人だし羨ましいなぁー」
十分抵抗している。……確かにそうだ、と夜来は思わず納得する。あの大悪魔サタンの力が『地中そのもの自体を一刀両断する程度』なわけがない。彼女が本気を出せば、触れることなく夜来初三の体を完全にぶち壊せる。
十分すぎるほどに、サタンは抗っていた。
必死に、夜来初三を傷つけないよう抵抗していた。
その事実に夜来は苦々しい顔を作る。
そして最愛の存在へジロリと目を合わせ、
「おい、テメェいい加減にしろよ。二度とハンバーガー食わせねぇぞコラ」
サタンは無反応だ。
そもそも夜来の声が届いているはずもない。
しかし続ける。
「ふざけんじゃねぇよクソガキが。あぁ? まさかテメェ、マジで俺のこと殺す気なわけ? だったらふざけんな。あれだけ俺と運命共同体宣言しといて、なに勝手な真似してんだ」
「……、」
「無視かよ。チッ。テメェ言ったよな? 俺と生きて死ぬって言ってたよな? なのに何だよこりゃ。どこの馬ともしれねぇクソ野郎のおもちゃになって満足か。あぁ? 調子のんな。テメェは俺で俺はテメェなんだよ。―――テメェは俺の相棒だ。誰にも渡すかよ、クソったれ」
禍々しい紋様が顔にない夜来初三は、ドスの効いた声で宣言した。しかしサタンは何も反応しない。いつもの彼女ならば大はしゃぎしそうなほどの言葉が夜来の口から出たというのに、一切の喜びも見せてくれない。
「無理だよぉー」
霜上陸が、離れた場所でそう言った。
「無理だよー、説得して心取り戻して協力して俺を倒す感動的な展開にゃーならないよー。豹栄真介のウロボロス、大悪魔サタン、どっちも使いものにはならない。お前っていうただの子供一人だけしかいないんだ。勝ち目ないじゃん? 諦めてさ、とりあえずウチに協力してよー」
霜上は数歩前に出て、大きなあくびをしてから告げる。
「サタンをお前から引き離したから、サタンをこのまま操って『計画』を進行させる……っていうのは無理なんだよねぇー。分かる? 俺らの計画にはサタンの膨大な魔力がいる。でも、『俺が操ってもサタンは抵抗してる』でしょ? だから俺の言うこと『完全』には聞いてくれないわけ。お前がサタンを全力で動かすリモコンになってくれなきゃダメなんだよ」
「……どうりで俺を『死なない程度に殺したい』わけだ」
「悪いなー。殺しはしないから、安心していいよ」
直後のことだ。
サタンが再び腕を振るった。今度は先ほどよりも大きく、無造作に、乱暴に振った。もちろん魔力が飛び出てくる。津波のように広がり、扇のようにさらに拡大化した魔力は黒い激流だった。
やばい、と察知する。
もはや逃げられない。
先ほどは回避に成功したが、夜来初三は結局のところただの人間。一回目は奇跡。サタンが必死に抵抗してくれたおかげで得られた産物に過ぎない。
よって。
夜来初三は呆気なく魔力の波に飲み込まれた。
空気を振動させる轟音と共に、全てを破壊する渦の中心に喰われてしまった。




