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あいつはやばい

「……随分とまぁ、不抜けた面ァしたドクソだな。正直そのボケーっとした顔見ると顔面にウンコ塗りたくってやりたくなる」

 夜来初三の低い声が広大な屋上庭園で響く。

 応戦する気満々だ。

 だがしかし、豹栄真介だけは眉根を寄せて霜上しもがみりくと名乗った男を凝視する。まるで値段に釣り合っている商品かどうか見極めているようだ。

 しばし時間が経ち。

「……っ」

 豹栄真介は見て分かるほどに動揺をあらわにした。目を見開き、息を無意識に止めて、一歩だけ後ろに後ずさったのだ。不老不死である彼が敵に動揺するだなんて光景、普通はありえないだろう。故に夜来も未だかつて見たことのない豹栄の怯えっぷりに、怪訝そうな声をあげる。

「何だよ、チワワみてぇにブルっちまいやがって。テメェみたいな駄犬なんざ誰も飼わねぇから安心しろ」

「……るぞ」

「? なに?」

 聞き取れなかった夜来が、思わず尋ね返す。

 すると。冷や汗を額から流している豹栄が、青ざめた顔のまま振り向いて、



「逃げるぞ!! あいつはダメだ!!」



 さすがに夜来も、困惑せずにはいられなかった。チラリと霜上陸へ視線を移すが、彼はぼーっとした顔のまま近くの植物を眺めている。その様子はあまりにも平和的なもの故に、『デーモン』と『エンジェル』の殺し合いの最中だとは思えない。

 だが。

 豹栄真介だけは、プライドも捨ててもう一度夜来を怒鳴りつける。

「あれは無理だ!! 上岡さんクラスじゃないと太刀打ちできねえんだよ、さっさと尻尾巻いて逃げるぞ!!」

「あぁ? 気に食わねぇが、俺とテメェの二人がかりで行けば問題な―――」

「無理だ!!」

「……何でだよ」

 夜来も、少しずつわかってきた。

 霜上陸という存在の強さを示す証拠はない。彼の力を目の当たりにしたわけでもない。しかし分かった。あの豹栄真介が必死の叫びを上げて『逃亡』を勧めてくるというだけで……。



霜上陸あれは『エンジェル』のNo.2だっつってんだよ!! 俺とお前程度じゃ『勝てるわけ無い』だろうが!!」



 ゾッとした。

 夜来初三は豹栄の一言一言にゾッとした。今、彼はなんて言った? 『エンジェル』のNo.2? 自分と夜来初三だけじゃ勝てるわけが無い? 

 もはや語るべきもない。

 夜来初三は確信した。

 嫌でも理解してしまった。

 自分よりも霜上陸の方が強い存在だと、豹栄の言葉と表情だけで悔しくも分かってしまったのだ。

「……クソが……っ!」

 悔しい。

 ムカつく。

 しかし、噛み付くことはしない。自分よりも強いだなんて認めたくはないのだが、『本当に勝てない』場合に陥ったとき、こんなところで殺されてしまうようじゃ『あいつら』を守れない。『あの少女』との平穏な日々へは戻れなくなる。

 ならば、逃げてやる。

 無様でもいい、滑稽でもいい、敗者でもいい。

 死ねないのだ。

 とにかく、こんなところで死ぬことだけは回避せなばならなかった。

 夜来初三と豹栄真介は飛び出した。どちらも非現実的な力を振るえる怪物に憑依された悪人。豹栄は背中からウロボロスの翼を生やし、ロケットのように低空飛行の要領で飛んでいく。夜来初三は靴底と地面の密着ポイントで『空気を破裂』させることで衝撃波を作り出し、その衝撃のベクトルと風圧を利用して猛烈な速度で飛び出す。

 どちらも本気の逃亡だ。

 ありえないスピードで去ろうとする。

 だが、

「え、ちょ会って早々帰るとかひどくない」

 そんな呑気な声が背中から聞こえた夜来初三の視界で。

 驚異の現象が起こった。

 それは実に理解不能な現象。

 前方を飛空していた豹栄真介の背中から生えているウロボロスの翼が、霧散するように『消えて』しまったのだ。

 翼を失った飛行機がどうなるかは分かるだろう。海外の事故でもよくあることだ。エンジン機能が故障したりすることで莫大な被害を巻き起こす、飛行機などの空を飛ぶもの故の結末。

 すなわち……。



 墜落だ。



 ガガッッ!! ゴガガガガズガゴガガガガガッッッッ!!!! という飛行能力を失った豹栄真介の体が無抵抗に床へ落ちた音が響く。怪物の力を使用して飛んでいたのだから、時速百キロは超えていただろう。それだけの速度から床へ放り投げられたのだから、それは凄まじい威力のダメージとなった。肉が転がる強烈な轟音が炸裂していく。

(っ、あいつの翼が消えた!? 何だ一体!?)

 仰天している夜来は、思わずブレーキをかけて足を止める。逃げられないと悟ったのだ。ついでのような調子で、衝撃によって出来た粉塵が漂う豹栄の墜落地点を見つめる。

 確かに、何が起こったかは分からない。

 だが豹栄ならば問題はないはずだ。彼は不老不死。故に核爆弾が直撃しても無傷でいられるキャッチコピーを持つような男だ。

 そんなことを思って煙の中を眺めていた夜来は。

「っ」

 目を見開いた。

 なぜなら理由は予想外すぎることだったから。



 不老不死であるはずの豹栄真介の腕は妙な方向に折れ曲がり、顔の半分を鮮血で汚して、無様に気を失って倒れていたからだ。   



(あいつが、気絶……!? っつーか何で傷が治ってねぇ……いや、まさか)

 ゴクリと生唾を飲み込んだ夜来。

 彼はゆっくりと、黄色い花を満開にさせている植物をいじくっている最中の霜上に振り返った。

「おい」

「んー、なんだよ? ―――あ、これちょー綺麗じゃん。俺も花とか趣味にしよーかなー」

「何をした。あいつの安否なんぞに興味はねぇ。だがあいつが『あんな風』になったのには興味がある」

「……ああ。単純なことだよ」

 花をツンツンと触っていた霜上陸は、ようやく夜来と顔を合わせて告げた。

「豹栄真介の中にいる『ウロボロス』を『操作』した。だから翼が消えて転がって、再生もできずに……いや、俺が『再生できないように操作』してるんだよ、『ウロボロス』を」

 怪物自体を操作した。

 そんな納得できない……夜来からしたら納得なんてしたくないことを告げた霜上は、相変わらずの気の抜けた顔をしていた。 

   

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