おかしい
扉の先には、五人程度の子供達がいた。手足を手錠のようなもので拘束されていて、最低限の移動しかできない。ある者は泣きはらしたかのように目が赤く、ある者は絶望したかのように埃がたまった床に腰を下ろしている。子供達はやつれていて、ここ一週間近くはろくに食事もとっていないことが察せる痛々しい状態だった。
そんな子供達は。
全員が全員、扉を開けた上岡に視線を向けていた。
対して。
「……」
上岡は上岡ではなかった。
いや、上岡であることに変わり無いのだが、『顔』がいつもの彼ではなかった。
なぜなら。
常時貼り付けている笑顔が剥がれ落ち、誰にも見たことがない『顔』へ変わっていたのだ。
表現はできない。上岡の顔は笑顔ではないことは分かるが、その表情は誰にも伺えるものではない。彼は静かに、小さく、唇を動かすことなく、ボソリと口内で呟く。
「なんで……ですかね……」
上岡の声が、珍しく乱れていた。
あの怪物人間が、冷酷な化物が、笑顔という仮面を被った怪物が、上岡真が、動揺の入り交じった震える声で言った。
デジャブする光景を前にして、言った。
「何で……何で僕が体験した『実験』に、あなた達が被害に遭ってるんですか……」
上岡の目はグラグラと動いていた。
かつて自分がされていた拘束方法、かつて自分が体験した拘束具、かつて自分が着用していた白一色の『実験モルモット』を表す服に動揺しているのだ。
それらを着用している子供達は、お互い顔を見合わせて首をひねっていた。上岡の言った意味を理解できなかったのだ。しかし止まらない。上岡真は呆然と立ち尽くしながら、それでも、自分と同じ境遇に現在進行形で遭っている子供達を前にして、口は閉じれない。
「おかしいでしょ……」
なぜだ。
なぜなんだ。
「だって、あれは……僕が、成功して、終わったはずじゃ……」
どうして、今、目の前でボロボロになっている子供達が。
どうして、自分と同じ『実験』のモルモットとして、ここにいるんだ。
可能性は一つしかない。
かつて『上岡真』が死んだあの実験。約五千人以上の人間を実験に使い、全員を殺害した悪夢の実験。それを上岡真は嫌というほどに覚えている。『上岡真』をも葬り去った、全てを絶命させた最低最悪の非人道的なプロジェクト。
『多重怪物憑依実験』。
そのドス黒い計画が、再び、この場所で子供達に牙を剥いていたのだ。
「……はは」
上岡真は思わず笑った。
クソッたれ過ぎる現実に、もう笑いは止まらない。
「く、っははははははははははははははははッッ!! だめだ、ダメだダメだツボに入った!! あっっははははははははははははははははッッッ!! 懲りずにまたやってるんですか!? 五千人も殺しておいて尚、また五千人殺して熱心に実験してるんですか!? ははははははははははははははははははははッッッ!! ホンットにムカつく人たちですねぇ、もう何だかいろいろとトんじゃいましたよ!! 頭の中がバーっとなっちゃって、ははははははははははは!! あっっはははははははははははははははははははははははは!!」
近くの壁をドンドンと叩いて、もう片方の手で腹を抱えながら爆笑する。おかしすぎるのだ。あれだけの死体を作り上げた実験を、ただただ命を摘み取っただけで終わった実験を、またここの馬鹿どもは飽きずに『再開』している。
上岡は笑う。
この『おかしい』現実に爆笑する。




