超破壊
人間とは、一体、どこからどこまでが人間と呼べるものなのだろう。定義に対する質問である。地球上最大の知力を持ち、文明を開花させてきたから人間なのか? 手足が四本あって脳みそが大きくて二足歩行が出来れば人間なのか? 一体、『人間』とは何なんだ?
そんな疑問を。
そんな感想を。
そんな思考を。
『エンジェル』の研究員全員がそれぞれ抱いていただろう。彼らは全員、護身用の拳銃をターゲットへ向けている。鉛玉は最大まで詰まっているし、引き金さえ引けば大抵の生物は射殺可能な殺人道具だった。
だがしかし。
そんな力を持っていてもなお、彼らはターゲットである『人間』に絶対的な恐怖を感じていた。
「無駄に数が多いな。あーあ、こりゃ重労働決定だね」
しかし認識の仕方は間違いだった思う。
ターゲットの全てを塗りつぶす邪悪な声、嗜虐性に満ちあふれた狂気の笑顔、全身を黒い衣服で身を包んでいる異質な姿と、気味が悪いほどに黒が似合う存在だということから得られた事実は単純なこと。
あの襲撃者は。
あの男は。
あれは。
『人間』などではない、ただの怪物だということ。
「面倒くせぇ。とりあえず片っ端から潰せばいいか?」
軽い調子で言った怪物。
彼は凶悪な笑顔の中に宿る殺意を膨張させて、
「っ!?」
『エンジェル』の研究員の一人である男は、思わず目を見開いた。黒い怪物がコートに突っ込んでいた片手をゆらりと掲げる。頭上にまで届いたその右手は、いたって普通の肌色をした人間のパーツだった。
しかし。
(なん、だ……!? あの量は!? 明らかに、あれは、どうしようも……!!)
直後のことだ。
ズオッッ!! という轟音を上げて、右掌から黒い竜巻が飛び出してきたのだ。竜巻というのは、あくまで形や外見がそう見えるための表現に過ぎない。実際は違う。あの竜巻のように形を作って天井を粉々に破壊し、空気そのものを押しつぶしている黒い激流はサタンの魔力だ。触れた存在全てを自由自在に破壊できる悪魔の神の力。
全てを壊す魔力。
すなわちそれは、
「そんじゃまぁ、ぴょんぴょん逃げ惑えよバンビ共」
あの魔力に触れた時点で、全員即死することを意味する。
(あんな―――無理に決まって―――!?)
喉が干上がった研究員達は、咄嗟に怪物の右掌から放出されて渦を描いている魔力から逃げ出していた。拳銃というお荷物にしかならないガラクタは手放す。そうして少しでも体を軽量化し、必死になって怪物の笑顔から背を向けて離れていく。
だが遅かった。
ジュルリ、と怪物の舌なめずりする音が聞こえた。
「奇跡の一つや二つ、必死にもがいて起こしてみせろよ」
直後に。
ゴガッッッ!!!! という振り下ろされた竜巻状の黒い魔力が研究室の全てを飲み込んだ。世界そのものが闇へと化したかのような現象。視界の全てが真っ暗にシャットアウトされて、一瞬、真夜中へ時間が切り替わったのかと真面目に錯覚するほどの黒が現れた。
そして音が消える。
そして全てが絶命している。
音さえも破壊してしまう、無を引き起こす最強の超破壊。その被害にあった彼ら研究員達の末路など、もはや語るべきもないことだ。
「さてと」
うつ伏せになってスナイパーライフルを構えている大柴亮は狙撃係だった。彼の少し離れた場所には移動に使った黒のワンボックスが停車している。あれから四人別行動を開始して、各々が勝手に暴れまわり始めたのだ。本当に作戦も戦略も立てていないアホ上司には、思わず溜息を漏らす。
(上岡さんと豹栄さんは裏手のほうに行った。一緒に行動してるのかもな。ま、俺はここからあの研究室みたいな場所にいやがるアホを最低限殺しておいて、安全に待機ってのが得策だな)
大柴がここから動かない理由は、もう一つある。それはワンボックスの尻に詰め込まれている大量の銃火器だった。大柴は残り三人の『デーモン』・『特攻殲滅部隊』とは違い、所詮はただの人間に過ぎない。故にこの戦場を生き残るにも、大量の武器を使用できるポジションに立つことが重要。
だからこそ。
すぐそこに銃火器を詰め込んであるワンボックスがあるため、大柴は武器の切り替えも楽なここを離れないのである。
「うわ」
大柴はそこで、スコープの先で起こっている冷酷無比な同僚の仕事っぷりに声を上げた。夜来初三だ。丁度、彼が逃げようとした男の首をへし折って、蹴り飛ばして、銃口に囲まれる中でも笑顔を絶やさずに魔力を使って超破壊を巻き起こしていたのである。
「相変わらず容赦ねえなアイツ。マジで一回精神科で心のチェックしてもらえよ」
スコープの先では、瓦礫の山と化した中を歩きさっていく夜来初三の後ろ姿が映る。どうやらさらに建物内へ向かうようだ。また瓦礫の山が出来そうで……いろいろと荒らしてくれそうである。
大柴は洋風建築物の外見を持った『エンジェル』の本部へ姿を消した夜来初三を最後にスコープで確認し、起き上がってパンパンと土を服から払う。自分も動くべきかと考え直したのだ。とにもかくにも大柴はワンボックスの後ろへ回っていき、ガチャリと開けて溢れかえるほどの銃火器を眺める。
「……仕方ない。俺もあのガキに続いて頑張るか」




