優しさ
一瞬、車内が急激に静かになる。
しかし即座に上岡の声が鳴った。
「無駄死には戦力が削れるだけですよ、夜来さん。だから戦力確保のために仲間を利用しないだけです」
「ハッ。『戦力外』って評価しといた奴らを、今じゃ『戦力』って認めてるのか。手のひら返しが激しすぎんだろうがよ、アホ」
「はは、相変わらず頭の回転がお早いようで。揚げ足取りに使っては、あなたの聡明な脳も泣きますよ?」
図星をつかれたのか、どうかは知らない。上岡の声はいつもどおりだ。ただし上岡が『仲間を守ろうとしていた』ことだけは結果的であれ何であれ事実に変わりない。
故に夜来は、運転中である上岡を後ろからギロリと睨みつける。さらには到底人が出せるような声ではない獣の唸り声を上げた。
「前にも言ったよな? 俺はテメェが白なのか黒なのか分からねぇって。今のおかげでこっちのテンションダダ下がりだぞコラ。『そういう優しさ』みたいな部分を出すな。テメェが俺と本当に同類なのかどうか分からなくなる。背中預けて仕事できなくなるんだよ」
「申し訳ない。少々、僕としたことが柄にもないことを無意識にしていたようです」
「ふん。次ィ似たような真似してみろ。―――まずはテメェを殺す。俺は使えねぇ奴らを囮にだって餌にだって利用するぞ。それで『あいつら』の安全を確保できるんなら、俺は誰だって利用するし裏切るしぶっ殺す。……テメェみたいに『戦力外』だなんて言い訳つけて、さりげなく『逃がしてやってる』ような悪人もどきじゃねぇんだよ俺ァ」
「ええ、本当にすいません。確かに僕に非があります。少々……らしくない感情に支配されてしまったようですね」
それはきっと、上岡真という存在にも『今まで戦ってきた仲間を守る』という光が少しながらもあった証拠だ。彼は怪物。上岡真からデータを取った、千の怪物の集合体だ。故に『上岡真』と同じ思考回路を使っているのが上岡真なのだから、消えてしまった『上岡真』本来が持っていた『優しさ』が出たのかもしれない。
上岡真という存在は、きっと、少なくとも、
「今回限りだ。次はぶっ殺す」
夜来初三ほどには光を失ってはいなかったのだろう。
夜来初三ほどには優しさを捨てていなかったのだろう。
夜来初三ほどには人間らしい心を無くしてはいなかったのだろう。
しかし。
実際に、上岡は闇の世界では足枷となる『優しさ』を行動に移し、戦力外だと判断した仲間を助けてしまった。明らかにこれは上岡が悪い。彼が無駄な情を持つことで最悪の結果を生むかも知れない。
だが。
もしかしたら。
夜来が真っ先に上岡真の『優しさ』に気づいた理由は、自分を悪と肯定して生きている夜来初三自身に『優しさ』なんてないからかもしれない。
自分にないものが、上岡にはあった。
自分では肯定できないものが、上岡にはあった。
故に一瞬で気づいた。
そんな悲しい存在故に、夜来は鋭かったのだ。
「はい。申し訳ありませんでした」
「分かりゃいい。で、続けろ。奴らのことを話せ」
夜来に促された上岡は、笑顔のまま続ける。
「今から潰しにいく敵の本部は巨大な西洋風建築物だそうです」
「ってことは、城、みたいなのですか?」
「はいおそらく。ホラーゲーム気分を味わえるでしょうね」
大柴からの問いに即座に答えて、ハンドルを操作しながら入り組んだ自然の中を走行していく。高い運転技術だったが、上岡にとっては大したことではないらしい。
「カスどもの数はいくつぐらいですか?」
「さすがにそこまでは答えられません。まあ、おそらくは中ボスがうじゃうじゃいる感じじゃないですかね」
豹栄の問いにそう返す。
さすがにそこまでは読めていないらしい。今は二つの本部の内、一つを見つけられて襲撃に出向けて入る現状に満足するしかなさそうだ。
「さて」
と、そこで上岡はワンボックスを止めた。
明らかに駐車するような場所ではない。辺りは高い木々に囲まれているところなので、熊でも現れそうな雰囲気は凄まじかった。
だが、上岡は困惑の顔をしている部下三人を無視して、ちゃっちゃと降りてくださーいと軽い調子で言う。渋々と従う夜来、豹栄、大柴だったが、しばらく前方を歩いたことで、すぐに下車した理由に納得いった。
場所は崖だった。
大きな崖。落ちたら肉塊変化間違いなしの断崖絶壁だ。
そして、その彼らが立っている真下には、
「到着です。あれを今から潰します」
上岡に促されて、眼下に存在する巨大な西洋風建築物を見下ろす。城にも見えるし洋館にも見える巨大なものだった。しかも崖下にあるということで人目にはつかない。何より、誰かが見つけても不自然すぎて近寄らないし、距離がありすぎて近寄れない。
夜来初三はワンタッチの日傘を一瞬で折りたたみ、腰のベルトにかけて、
「ルックスがやたら派手でドン引きだが、やることなんざ変わりねぇ」
サタンの小さな手を握る。すると直後に悪魔の幼い肉体が煙のように霧散していき、繋いでいた手の先には誰もいなかった。
だがしかし。
夜来初三の右顔には禍々しいタトゥーのような紋様が浮き出ていて、凶悪な笑顔が彼の悪人面に張り付いてある。
悪魔と一心同体となることで、纏っている邪悪な威圧感を増大した。
「ふん。やる気満々なのはいいことだな。そのまま単身で突っ込んで華々しく散ってこいよ。思いっきり爆笑してやる」
皮肉げに言う豹栄。
対して、
「ハッ。いちいち付き合う気はねぇ。あっち殺した後にテメェを殺してやる」
夜来初三は悪人だ。
誰かを守る? 誰かを救う? 誰かを助ける? そんな行為はしない。彼はそもそも善だなんて価値観を抱いていない。彼がすることは破壊。ただ目に映った『大切な存在』に悪意を振るうゴミクズ共を全てぶち殺すだけが行動理由。
あの少女を『本物の悪』として守れるのならば、
「犬畜生が。皆殺し決定だ」
神様だろうとブチ殺してやる。
それが『本物の悪』を貫くやり方でもあるのだから。




