打倒死神
「え? 『魂食い』は一つ一つ無数にあって、その食った魂を保管している場所に夕那さんたちは隔離されてる?」
『そうだ。つまり七色と雪白は一緒にいるはずだ。だから少なくとも、あいつらが一人寂しく魂のままの状態で孤独になっていることはないよ』
「なるほどねぇ」
ひとまず速水玲にコンタクトを取った一同は、速水からの世ノ華雪花を七色寺に連れてこいという命令に従って歩いている最中だった。
鉈内翔縁は、電話相手の速水に当然の質問を送る。
「ところでさぁ、世ノ華を七色寺に連れてってどうするの?」
『こちらで保護するんだよ。あの子供の狙いは世ノ華と夜来だが、夜来の危険性はあの子供も身をもって体験した。ならば必然的に狩りやすくなるのは世ノ華だ。だから俺が保護する』
「え? でも、速水さんボロ負けしたじゃん」
『ぐっ!』
鉈内の直球ストレートの反論に対して、速水は言い返したくても言い返せないという苦しみから生まれた妙な声を出す。
しかし、すぐに立ち直って、
『た、確かに俺は一度負けた。しかし今回は大丈夫だよ』
「なんで?」
『―――俺がいるのは「悪人祓い」の七色の住処だぞ? ということは、「怪物から身を守る為の道具」なども七色寺には揃っているに決まっている。だからとにかく世ノ華を連れてきておいで』
そう言い残して電話を切られてしまった。
若干怪訝そうな顔を崩せないでいる鉈内だったが、目の前には既に七色寺の姿が見えてきている。どうせすぐにその『保護』というやつを見られるのだから良しとしよう。
と、七色寺の長い階段を上がって行き、ようやく境内へ入るための門をくぐった瞬間のことだった。
「結界か」
今の今まで、ずっと夜来初三の中に入っていた大悪魔サタンが姿を現した。
なぜ彼女が今まで外に出てこなかったと言えば、理由は単純。
サタンが夜来初三の中へ入っていなければ、彼はサタンの力を微塵も扱うことができないので、敵に襲われた際に『絶対破壊』を使って身の安全を確保できなくなるからである。
故にサタンが、このいつ何時に奇襲をかけられるかどうか分からない緊迫した状態の中で人間界に出てきたということは、今の夜来には何の防御機能もついていないので戦場に丸腰同然の格好でいるようなもの。
今の彼では、秋羽伊那に突然攻撃されてしまえば、一瞬で他界することになってしまう。それほどのリスクがあるというのに、サタンは人間界に出現してきた。
当然、夜来は疑問を投げかける。
「おい、どうした。何かあったのか」
「む? いや、ここは安全地帯のようだから、息抜きがしたくて出てきただけだ。貴様らも、今は奇襲の心配をしなくて問題ないぞ」
鉈内と世ノ華にも、そう告げたサタン。
彼女の言葉の意味が分からなかった鉈内達だったが、ここで速水玲が歩き寄ってきた。
「その銀髪悪魔の言うとおりだ。ここ、七色寺には入口の門から中までに『対死神用防御結界』を張った。特定の怪物を結界内へ侵入させない呪文だ。―――ああ、一応言っておくが、なぜそれをもっと早くやらないんだとかのクレームは付けるなよ? ほれ、あれを見れば作業時間がどれほどのものかわかるだろ?」
速水が指差した方向を見てみると、そこには様々な文字が描かれた御札の大群が門から内部全てを覆うように貼り付けられていた。
確かに、これだけの大作業ならば、彼女があらかじめ言ったようなクレームや文句は口に出せない。
「なるほどな。これがテメェの言ってた『保護』ってやつかよ」
夜来の言葉に対して、速水は大きく頷く。
「ああ、そうだよ。ま、できれば君たち全員も保護してやりたいのだが、それじゃ―――秋羽伊那を退治する戦闘要員がいなくなっちゃうからねぇ。だから定員は世ノ華だけだよ」
「わかってるっつーの」
「オーケーオーケー」
男二人は特に気にすることなく納得した。
しかし、
「ちょっと待ってください! 兄様達も行くなら私もいきます!!」
「ダメだ。君は狙われている立場なんだよ? それを知ってて敵の餌食になるのは自殺行為だぞ」
ぴしゃりと世ノ華の反論を叩き伏せる。
しかし、これでは折れないのか、彼女は再び口を開いて、
「で、でも、兄様だって狙われてるじゃないですか! だったら―――」
「俺以外に誰が『魂食い』とあのガキをぶっ壊せるんだ? 青二才のチャラ男一人じゃ無理だろうが。だから必然的に俺は戦闘要員になんだよ。我慢しろ」
今度は夜来本人に正論で返されてしまい、背中を丸めて落ち込んでしまう世ノ華。一方、罵倒されたことに腹が立った鉈内は肩をすくめて挑発を開始する。
「はぁ? 青二才? なにそれおいしいの?」
「黙れドクソが。殺すぞ」
「失せろゴミ野郎。ちょーうざいんですけ―――」
「小童。我輩の存在を忘れてないだろうな?」
「すいませんしたああああああああああああッッッ!! マジすいません全ッ然夜来くんはゴミじゃないですはい!!」
ここが安全地帯である故にサタンが人間界に出ていることをすっかり失念していた鉈内は、夜来の背中に抱きつきながら肩から顔を出してきた銀髪の悪魔に頭を深々と下げる。
「兄様……」
そこで、世ノ華が夜来の袖をくいくいと引っ張ってきた。
何やら不安そうな顔で彼を見上げている。
「なんだよ、言っとくがテメェは連れて行かねぇぞ」
「それは納得しました。ですから、その……」
泣きそうな顔だ。
今にも不安に押しつぶされてしまいそうな弱々しい姿だ。
そんな状態の彼女は無理に笑顔を作って、
「私の代わりにも、絶対、雪白達を助けてくださいね」
「……面倒くせぇ。助けるなんて事ァしねぇよ」
夜来は踵を返して歩き出す。
そう。彼は助けるなんてことはしない。救うだなんてヒーローのような真似は行わない。
なぜなら彼は悪党だから。ただの悪人だからである。
「俺はあの気に食わねぇクソガキを潰すだけだ。そこに善意は微塵も混じってない」
そう。
彼は一流の悪人だからこそ、一流の悪に従った『助け方』に乗っ取った行動を取るのみ。お優しい善人が行うような『助け方』ではなく、悪に染まった悪人が取る『助け方』で、七色夕那と雪白千蘭を『一流の悪人らしく』助けるのだ。
彼は『善人』が行う『助け方』は行わない。
だがしかし。
彼は『悪人』が行う『助け方』は実行する。
「行くぞチャラ男。とっとと歩けクソが。殺すぞ」
「へいへーい。んじゃ、僕も行ってくるよ」
夜来の隣に並んだ鉈内。
並んで歩く彼らの背後には『守るべき存在』が丁度よく集まっている。
部屋で意識を失ったままの七色夕那と雪白千蘭、心配そうに視線を向けている世ノ華雪花に速水玲。
それこそが『守るべき存在』だ。
そして。
二人はそれこそを守らなくてはならない。
「さて、では我輩も愛する小僧のために一肌脱ぐか」
サタンは夜来の背中から静かに憑依する。消えるように、幽霊のように彼の力の源へ戻った。瞬間、夜来初三の右顔には『サタンの皮膚』が浮き出てきた。サタンと一心同体に戻った証拠だ。
鉈内翔縁はポケットに手を伸ばし、中に武器となる御札がきちんと装備されていることを確認し、いつもの表情へ返った。そう、いつものニコニコとした笑顔に。
「精々俺の足ィ引っ張んなよクソ野郎。邪魔になったらテメェから先に殺してやるから泣いて喜べよ?」
「あらまぁ怖い怖い。やっくんてばその顔どーしたのぉ? なーんか目が殺気だっててちょーウケるわ」
いつものように毒を吐きあってから、彼らは『対死神用防御結界』が展開されている唯一の安全地帯から足を踏み出す。門をくぐって階段へ足をつけた。この瞬間から、いつ敵に襲撃されてもおかしくはない。もう戦場である。
そして彼らは最後に、
「いつか殺してやんよ―――青二才が」
「期待して待ってるよ―――生ゴミ君」




