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不可思議な頭痛

 五分後。

 クルリと振り向いた夜来初三が見下ろしている先には、呼吸をかすかにしている音を漏らすだけの肉塊が転がっていた。無様というよりは無残な状態である。

 しかし実際問題。

 夜来初三の手にかかればこんなものだった。

 例え彼が大悪魔サタンを我が身に宿していようと、いなかろうと、結局は彼が勝者には変わりなかった。なぜなら彼は一流の悪人だから。本物を突き進んで行く最高最悪の大悪党だったからだ。

 悪としての土俵に立った時点で、どんな奴も無残な肉塊に変わる。

 まさに、現在進行形で倒れている男のように。

「ハハ、スッキリしたな。これ以上のマイブームはねぇよ」

 夜来初三は邪悪に笑って、歩き出す。

 ヒューヒューと、生きるために精一杯呼吸している芋虫の傍に立つ。

 そして、

「じゃあ、どーやって殺そっかなぁ」

「あ、ふぇ……ぐて……」

 助けて―――かすかにそう聞こえる命乞いの声。

 その口すらもズタズタにされたことで回らない男の姿に、夜来初三は一切の同情も慈悲も情けもみせない。ただただ、笑う。『人間として大事な心』というものが、夜来初三の胸には存在しないのだろう。

 だからこそ。

 彼は命乞いなんてものに貸す耳は持ち合わせていなかった。

「うるせぇよ。あぁ? もしかしてテメェ、俺が『おお可哀想に、ごめんよごめんね、これからは仲良くしようね、今すぐ病院へ連れてってあげるからね』的な返ししてェ、テメェの夢見る輝いた展開にトントン進んでいくとでも期待してたってのか? あぁ!?」

 叫ぶと同時に、男の体がビクン!! と跳ね上がる。

 夜来初三はその怯え切った様子に鼻を鳴らして、

「悪として生きてるプライドくれェ持ってねぇのかよゴラァ!!」

 ゴガッッ!! と轟音が炸裂した。

 命乞いなんて格好悪いふざけた行為をした『ちっぽけな悪』の顔面に、靴底を全力で叩きつけたのだ。踏み潰された鼻っ柱が悲鳴を上げた。さらにグリグリと顔を床へ押し付けてやると、ピシピシピシィッッ!! という氷に亀裂が走るような音がなる。おそらくは頭蓋骨にヒビでも入ったのだろう。

 しかし夜来は構わない。

 自分の立場が悪くなった瞬間、すぐに頭をペコペコと下げて逃げようとする『ちっぽけな悪』だけは、純粋にぶっ殺してやりたかった。

「ハハ! ぎゃっははははははははははは!! なになになになに何だ何だよ何なんだよ!? テメェも俺を殺しにかかったくせして、殺されるポジションに移った瞬間に命乞いだぁ!? どんだけダッセー真似してっか分かってんのかよクソがァ!!」

「が、……ぁが……!?!?」 

 血反吐を吐き出して呻く男。

 その様子に夜来初三はブチリと笑顔を濃くし、触れただけで相手の心臓を止めることができる『破壊』の右手を大きく開き、ゆるやかに頭上に振り上げた。

「もういい。殺す。ぶっ殺す。そのムカつきっぷりには素直に感服するぞクソ野―――」

 だが。

 だがそこで。



 何かが、夜来初三の脳を蝕み始めていった。

 自分の凶悪な笑顔が、『アイツ』の笑顔へと変わり果てたような気がした。



「が、っ!?」

 咄嗟に頭を抑える夜来初三。

 眉根を寄せて苦しみ出す彼の姿は、まるで偏頭痛持ちの重病者のようだった。

 手近のテーブルに手をつき、思わず吐き捨てる。

「クソッたれ……がぁ……!! 『また』か……ふざけやがって……!!」

 最近多発している、不自然な頭痛。その感覚は過去に二度ほど自分という存在を飲み込んだ『アイツ』の現象に酷似しているのだ。特に現在のような戦闘中に気分が高ぶった時に、『アイツ』が中から出てこようとする。

 まるで自分に殺させろと言う様に。

 まるで自分が『悪』を見せてやると言う様に。

(ひ、っ込んでろよ、オイ!!)

 思わず心で叫ぶ。

 ここ最近はいつもこうだった。戦いになると、必ずあの化物が這い出てきそうになる。その予兆としての頭痛が発生し、夜来はいつもそれを押さえ込むために精神的疲労を積み重ねていた。

「っ……」

 ようやく、落ち着いてきた。

 どうやら向こうも、そう安易には飛び出てこれないらしい。

 自分と混ざったというのは本当のようだった。

「くそ、舐めやがって……!!」

 夜来初三は、もう二度と『悪』に身を委ねたりはしない。自分は本物を貫くという事実を再確認したことで、彼はもう二度と揺らがない『本物の悪』を持っている。

 故に、

「死んでもあのクソ野郎の下になんざ落ちるかよ、くそったれ……!!」

『アイツ』は純粋に敵だ。

『本物』を貫こうとする夜来初三にとって、一番の天敵だった。

 夜来初三はため息を零す。

 頭痛も収まり、ターゲットだった男の始末も終えているので仕事終了の連絡を送るのだ。彼は携帯電話を開いて耳に当てる。今時珍しい黒の折りたたみ式の携帯電話だった。スマートフォンが主流になったこのご時世、希少種とも呼べる代物である。

「ああ、終わった。すぐに後始末を任せられる奴らを呼べ。あ? 殺したのかだと? テメェがぶっ殺せって命令したんだろうがよ。はぁ? 死体の後始末が大変? ―――殺すぞタコが!! テメェらの言う通りペコペコ従った結果、今更になって殺さねぇほうが助かっただぁ!? 人ォ舐めんのも大概にしとけよ犬畜生!! ふざけんなよコラ、あぁ!?」

 電話で一通り揉めていた夜来初三だったが、話も何だかんだまとまったようで、大きな舌打ちを鳴らし携帯電話を閉じた。

 そのまま面倒くさそうに死体を一瞥して、店内から出て行った。


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