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無料

「注文決まったら呼んで欲しいんですが、この私達だけという空間上、気まづいんでちゃちゃっと好きなもの選んでいいっすよ。お金、いりませんから。無料です無料」

 無料という言葉に、男はようやく声を鳴らす。

「あ? さすがに気前良すぎじゃねぇのかよ。タダ酒飲めるんならありがたく頂戴するが、さすがに怪しい酒に手ェ出す気はねぇぞ。酒と女ってのが、この世で一番危ねぇクソッたれなモンだ。その分慎重に手を突っ込む警戒心が大事なんだよ」

「はは、まぁ確かにそうっすよね。古臭いバー、仕事サボってる店長、金を受け取らない店となったらこりゃ怪しい。でもまぁ、安心してくださいよ。もうこの店下ろすんで、お客さんが最後のお客様になるんです。その記念、ってわけです。収入とかも気にする現状じゃないんでね」

「そういう理由か」

 そこで、店長の男は客の男の風貌を改めて認識した。

 前髪をピンで留めていて、全体的に少々長めの黒髪の男だった。少年にもうっすらと見えるため年齢確認するべきかと思ったが、おそらくは二十代前半だろうと納得する。そもそも未成年がバーに来店するわけがない。

 そして何より、

「小僧小僧、ここって大人の店なのか? 我輩はお酒飲めるのか?」

「飲めるわけねぇだろ。殺すぞガキ」

 子連れという点からして、ガラが悪いチンピラ気味の大人といったところだろう。親子という可能性が一番高いのだが、女の子のほうが長い銀髪を持っているので少々不可思議な二人組である。

 並んでカウンターテーブルの前に座っている幼女の方が、男の腕を引っつかんで抗議しだす。

「えー、何だよつまんないー!! ちょーつまんない! ハイパーつまんない! アルティメットつまんないー!! 我輩5万歳超えてるのにヒードーイー!!」

「ピーピーピーピーうるせぇぞ。ガキが酒なんざ二十年早ェんだよ、黙ってオレンジジュースでも飲んでろ。自然の恵みをたんと味わえ。っつーわけで、オレンジジュース一つと蓬莱泉ほうらいせんを頼む 」

 その図々しさに、思わず店長は笑い声を上げる。 

「はは、お客さん遠慮しないね。まさか単刀直入に高級酒をズバっと頼むとは。っていうか、蓬莱泉なんてスゲー酒、ウチにあると思ってる?」

「アレだ」

 客の男は視線だけでカウンター裏の棚に乗ってある高級酒を示す。

 折れた店長は苦笑して、蓬莱泉という高級酒を棚から取り、準備を始めていった。

「正直者には金のハイボールに銀のワインもプレゼントしようか?」

「女神気取ってんじゃねぇよ。っつーか続けてンな飲めるか。酔いつぶれて、暴れて、パクられる三コンボだけが待ってんだろ」

「そうかい。じゃ、作るから待っててよ。しっかし面白いお客様もいたもんだ。もっと早く出会って、もっと長くこうして話したかったもんだね。店を下ろすのに躊躇いが出てくる、今更ながら」

 男は久しぶりのウマが合う客に満足しているのか、鼻歌を歌いながらコップを取り出し、注文を用意しだした。

 しかし、

「なぁ、マスターさんよぉ」

 その作業中だった時だ。

 突如、客の男が声をかけてきた。

「どうしたお客さん。愚痴なら好きなだけ聞いてやるよ」

「ハッ。そりゃありがたいこったな。けど必要ねぇよ。俺の愚痴なんざ溢れすぎてて、アンタの脳みそ吹き飛ぶぞ」

「うわお。すごい苦労してるみたいだな」

「同情感謝する。で、一つ言いたいことがあんだけどよ」

「なにさ、クレームは勘弁だぜ」

 頬杖をついて座っている客の男は、そこで言った。

 ニタリと凶悪な笑顔を綺麗に開花させて、告げた。



「気が合いそうだったってのに、テメェを殺す現実にうんざりしたわ」



 ズガン!! という爆音が生じた。

 店長の男が立っていたカウンター裏を含めて、店内の半分ほどが粉々に吹き飛んでしまったのだ。しかし客の注文に答えていたはずの男は、ゴホゴホと咳き込みながらも回避を成功させていた。カウンターテーブルから距離が離れた床に膝をついている。

 片手に拳銃を握りしめて、その銃口を煙の先にいるだろう男へロックしていた。

「ハハ、何だよ逃げ腰すぎて幻滅だぜマスター」

 煙が晴れる。

 徐々に霧散していく。

 そして気づけば、そこには客の男一人だけがニヤニヤと笑いながら椅子に座っていて、ほとんど壊れたカウンターテーブルで注文の酒を味わっている。

 先ほどの大破壊なんて嘘のごとく、彼だけは自然と一杯よろしくやっていた。

「……夜来初三だな。やっぱ」

 店長の男は呟く。

『エンジェル』に在籍している者だからこそ知っている、宿敵をみ捉えて拳銃を握りなおす。

 夜来初三はゆっくりと立ち上がった。

 ゆらりと幽霊のような動きで、不気味な動作で、静かに音さえも立てず腰を上げた。

「さてと。ったく、まさかバーのマスターやってるイケ男が『エンジェル』なんぞに加入してるたぁ幻滅すぎるな。俺は結構憧れてたんだぜぇ? バーのマスターっていやぁ、素直にクールでかっこいい幻想を抱いてたモンだ。現実はこれだがな、くくくっ!」

「こっちも『エンジェル』に入ってなきゃならない理由があんだよねぇお客さん。っていうか、副業エンジェルをこなすのも大変だなオイ。あとバーなんぞやめとけ、儲かんねえから。後悔するから」

「あーあ、テメェの一言で俺の夢がはかなく散ったわ」

「現実を教えるのも先輩の役目だろ。あと、未成年飲酒はお縄につくぞ。酒とタバコは二十歳からだろ」

「背伸びしたくなる思春期なんだよ。多めに見ろや、クソ野郎」

 そこで、夜来初三は持っていた酒の入ったガラスコップを軽く投げた。彼にとっては軽く、だ。実際は猛烈な速度で『エンジェル』の男の顔面へ直撃し、派手な鮮血の花火を巻き起こす。

 バリィン!! というコップの割れた音が響く。

 同時に、ガラスの破片が男の目や口に入り込み、眼球をズタズタに裂き、歯茎にプスプスと突き刺さってドロリと顔が血まみれになる。

 ガラス片で、顔が壊れたのだ。

「が、っあァァああああああああああああああああああああああ!?」

 猛烈な痛みに絶叫を上げる男。

 彼は拳銃を手放して、その場でのたうち回り始める。

「ぎゃっはははははははは!! ヤッベェなぁオイ。やべーよやべーよクッソやべ―――よ!! ここまで斬新な顔面整形の仕方ってなぁ中々ねぇよなぁ!! つーか、人間ってなぁこんなに血が詰まってるモンなんだな。確か人ってなぁ水分が多いってのに、これじゃ矛盾点多すぎだろーがよ。何だ? もしかして詐欺ぃ? ハハ、あームカついてきた。きっちり慰謝料体で払えよぉ?」

 ニィ、と引き裂くようにして笑顔を濃くした夜来初三。

 その右顔には禍々しいタトゥーのような紋様があった。嗜虐的な笑顔と実に似合いすぎている『サタンの皮膚』を表した紋様は、夜来初三の持つドス黒い全てを引き出しているかのよう。もはや単純な化物そのものだ。

 悪人面に張り付いた悪魔の笑みは崩れることを知らない。

 よって、夜来初三は首を傾けてゴキゴキと関節を鳴らしながら歩いていく。ゆっくりと、一歩一歩をわざと遅くして、一層の恐怖を植え付けるために。

「じゃあ、とりあえず撲殺決定だゴミクズが」

 直後に。

 悪魔の手にかかった哀れな小鹿の悲鳴と、蹂躙されているだろう肉が弾ける音が店内を埋め尽くす。





   

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