成し遂げる
「……じゃあ……こっちだって真面目にやる……」
呟いた本道詩織。
直後に、彼女の右手から淡い光を纏う物質が溢れてきた。その現象からして、やはり魔力や妖力を扱うようなタイプの怪物に憑依されているのかと雪白は察する。
だが。
彼女の宿している女神の力は見当はずれで、
「……神の魔力。神の力と書いて『神力』とも呼べる特殊な生粋の女神独自の力。……それが私の『エリーニュスの呪い』」
言葉通り。
悪魔の魔力でも天使の魔力でもない、生粋の女神のみが扱えるという神力が閃光と化して雪白に突っ込んでいった。先ほどのスピードを重視した戦い方とは違って、直接的な大破壊だ。即座に雪白は回避行動へ移り、焼け跡のついている床を転がる。
直後に。
バオッッ!! という空間そのものを破壊したような轟音が、避けたポイントから炸裂した。あと少し判断ミスをしていれば、今頃、雪白の白い体は黒焦げになっていたろう。
「……神力の効果はいろいろ。さっきみたいに『肉体に封じ込める』ことで身体能力を上昇させたり、今みたいに放出すれば莫大な威力を持つ……」
「ふん。根暗女にはピッタリの夢の道具だな」
「……好きなだけ罵倒していい……私のことは、好きなだけ汚せばいい。……でも、絶対、絶対に」
本道詩織は生気のなかった目を見開いて、力を込めて言い放つ。
「復讐だけは成し遂げる」
詩織は腕を振るう。
すると彼女の体から神力が溢れ出していく。ゴバッッ!! と爆発するように空気が吹き飛ばされて、詩織を中心に膨大な威圧感が色を濃くしていた。
雪白はその様子に溜め息を吐く。
(面倒な女だな)
さらに心で吐き捨ててから、
「お前はバカだな。初三に復讐? ハッ。既にその時点からおかしいだろ。お前に復讐する権利はない」
「……どういう意味……?」
「お前の兄が初三とどういう世界で、どういうことをして、どういう風にぶつかり合ったのかは知らん。だが、お前の兄はお前を守ろうとして初三と殺しあったんだろ? だったらそれは、『殺される方が悪い』んだ」
「っ。兄が、悪い、だと……?」
「そうだろう。初三は私達のために、お前の兄はお前のために、『同じ理由』で二人は殺しあったんだ。だったらそれは『勝負』ということになる。つまり初三が殺される場合もあったということ。そしたら私はお前の兄を殺しに行った」
つまり、と付け足して、
「私とお前の立場が逆転してる可能性もあったということだ」
雪白の言いたいことが理解できたのか、詩織は奥歯を噛み締めていた。認めないというように。納得しないというように。
しかし、雪白の告げたことは正論だった。
夜来初三も本道賢一も、お互いにお互いを殺そうとした。その時点で『殺されても文句はない』覚悟はしていたのだ。故にどちらかは殺される。そして殺されたポジションに選ばれたのが本道賢一だという話。
ただ。
それだけの結果。
「……兄は、悪くない……」
しかし。
そんな理屈なんて―――本道詩織は認めない。自分の兄は悪くない、自分の兄は正しい、自分の兄は殺されたと思い込む。無理やりにでも、思い込んでいた。それほどまでに兄が大好きだったのだろう。本当に心の支えだったのだろう。
よって彼女の精神状態は酷く幼い子供同然。
ただ単純に。
兄を殺したクソ野郎が気に入らないだけだった。
よって、復讐なんてする権利はない。
ハナからない。
「お兄ちゃんは……悪くなんか、ない!!」
なぜなら本道賢一が夜来初三を殺そうとしたという時点で、本道詩織が体験している『復讐』という黒い感情に雪白千蘭が飲み込まれる可能性もあったから。
本道詩織は本道賢一を殺されて絶望した。よって復讐に走る。
では、ここで『本道賢一が夜来初三を殺した』場合はどうなる?
当然それは。
雪白千蘭が夜来初三を殺されて絶望する。よって復讐に走る。
だから、どちらの道にも転ぶものだったのだ。たまたま本道賢一が殺された未来が選ばれただけで、本道詩織は夜来初三を恨んでも復讐なんてする権利はないのだ。
なぜなら。
なぜならそれは。
殺された本道賢一が悪いから。
しかし、彼女はこう言った。
「兄は、悪くない……!! 悪いのは全部全部そっちの方だ!!」




