秋羽伊那
何かに気づいたような顔になる鉈内翔縁。
彼に向けて、夜来は追い討ちをかけるように言い放つ。
「翔縁、つったらテメェしかいねぇだろうが。ちなみに、その犯人の奴ァツインテールのガキンチョだったぞ」
ツインテール。
ガキンチョ。
つまり―――女の子だ。
さらなるキーワードが揃ったことで、鉈内の顔色は一層悪化していってしまう。
「だからテメェに聞いてんだよ―――お前、一体何に首突っ込んでんだ? あの犯人のセリフじゃ、テメェが雪白達を殺してくれって頼んだようなモンだろ。当然、犯人に心当たりはあんだろうな?」
「……ある」
鉈内の小さな返答を耳に入れた夜来は、大きな舌打ちを吐いた。
「どういうことか、テメェのほうも説明しろ」
「わ、わかってる。ちょっと混乱してるけど、ちゃんと言うから。あとその前に、雪白ちゃんを連れて七色寺まできて。速水さんも事情をよく知ってるみたいだから」
「あのクソ教師も被害にあったのか?」
「うん。一応無事だったよ」
この事件に対して鉈内翔縁は。
まさか。
としか考えられなかった。
ぐったりと動く気配がない雪白千蘭を抱きかかえている夜来の姿を見ながら、鉈内はツインテール、小さな女の子、自分のことを翔縁お兄ちゃんと呼ぶ犯人の人物像を想像していく。
いや、想像するまでもない。
答えは明らかに、ハッキリと、完全に頭の中で浮き上がっていた。
なにせ、その犯人とは一度顔を合わせているし、一度話し合っているし、一度笑いあった仲だからである。
間違いない。
―――秋羽伊那。彼女こそがこの事件の犯人だ。
「まさか学校外でも顔を合わせるとはなぁ、夜来」
「思ったよりもピンピンしてんじゃねぇかよ、クソ教師」
七色寺に到着し、一つの部屋へ入ると、そこにはボロボロになった速水玲が体中に包帯や絆創膏などを着用した姿で待っていた。おそらく自分の手で応急処置を行ったのだろう。
夜来は目覚めることがない七色夕那の隣に、同じく目覚めることのない雪白千蘭を寝かせる。
その後。
夜来も鉈内も速水と共に着席して、今回の事件の唯一の生き残りである速水から事態のおおまかなあらすじを聞き出した。
「まず、俺と七色は鉈内が買い物に行ってしばらくしてから、ツインテールの女の子に襲われた」
「やっぱツインテールのガキか。ったく、舐めやがって」
「どうやら、その反応だと夜来も同一犯に襲われたようだな」
彼女は苦笑し、続けた。
「そのツインテールの子供だが……どういうわけかは知らんが、呪いにかかっていたんだよ」
「……一体、どんな?」
少しばかり身を乗り出して、鉈内は尋ねた。
すると、速水玲は自分の胸、主に心臓をあたりをトントンと叩き、
「相手の魂を奪うことができる―――『死神の呪い』だよ」
これまた厄介な呪いが出たな、と鉈内も夜来も眉根を寄せて溜め息を吐いた。彼らは視線だけで説明の続行を速水に要求する。
「夜来、お前が戦ったときもその子供はでかい『鎌』を持ってなかったか?」
「……ビンゴだ。俺が帰ってきたときに見たのも、そのでかい鎌で雪白の奴が切られてる瞬間だった。あの鎌で魂を奪うことができんのか?」
「そうだ。あの鎌は『魂食い』という死神が持つ鎌だ。切った対象者の生を―――魂を食って奪ってしまうから『魂食い』だ。それで、七色も雪白も魂を抜き取られたんだ」
「ってことは……その『魂食い』の中にある夕那さん達の魂を取り返せれば、夕那さんも雪白ちゃんも生き返れる、ってわけだよね?」
「そうだ。あいつらは今、魂が抜けたことで死体になっている。だが『魂食い』を壊してしまえば、保管されていた魂は元の場所―――つまり本来の居場所である七色達の体へ戻っていく。だから助けられるはずだ。どうだ? 十分な可能性だろう?」
具体的な打開策が浮上したことで、彼らの顔には少々の安堵が浮かぶ。
とにかく『魂食い』を確保して壊すことで、七色達の体へ食われていた魂は返っていくことができるらしい。ならばやるべきことは一つ。犯人を突き止めて『魂食い』の鎌を奪い、破壊する。これだけだ。
「おいチャラ男。そろそろ犯人の正体パーっと明せよ。じゃねぇとこっちも行動できねぇ」
「!? な、お前犯人が誰か知ってるのか!?」
仰天した速水の問に対して、鉈内はこくりと頷く。
そして静かに語りだした。
秋羽伊那との出会いから、些細な出来事や彼女と話し合った七色達に対する軽い愚痴―――『悩み』などの内容を全て。
その結果。語り終えた鉈内に対して、夜来は真っ先にこう言い放った。
「つまり、その秋羽ってガキはテメェの『悩み』になってる俺たちを殺して『悩み』を解決してる、ってわけか」
「なるほど。……だから秋羽という子供は七色だけの魂を奪って、私だけは生かしていたのか」
「多分、ね。まさか、あのときのことがこんな大問題になるとは……クソッ!!」
ドン! と、鉈内はテーブルを殴りつけて、盛大に後悔する。
しかし、どれだけ後悔しようと懺悔しようと反省しようと全ては過去のことだ。それはもう、絶対的に変わらない事実なのである。よって何をしようと過去は改変できないのだ。
だが。
この最悪の事態を収める方法は既に見つかったのだから、後の行動はなにもかもが簡単だ。その収める方法に乗っ取った方法を実行に移し、必ず成功させればいい。
それだけで。
七色夕那も雪白千蘭も救うことができるのだから。
「……じゃあ、行ってくる」
「どこにだよ」
立ち上がった鉈内に対して、夜来はそっぽを向いたまま尋ねた。
彼は当然の如く返答を返してくる。
「今回の事件の引き金は僕だ。だったら、僕が僕の失敗を拭うのは当然でしょ」
「……」
夜来は一通り押し黙った後。
面倒くさそうに立ち上がってから舌打ちを吐いた。
「俺も行く」
「……ゴミが僕の手助けするなんて、どういう風の吹き回し?」
「テメェみてぇなクソ一匹じゃ戦力不足だからだ。とっとと行くぞのろま」
彼らのやり取りを眺めている速水玲は思わず苦笑してしまった。
犬猿の仲である鉈内翔縁と夜来初三。
そんな彼らが進んで共闘を行うだなんて現在の光景は、かなりレアなものだからだろう。
「さて、では君たちはこれからどうするのかね?」
速水は二人に咳払いをしてから尋ねた。
すると彼らは同時に振り返って、
「「決まってるっつの」」
鉈内翔縁も夜来初三も共に歩き出す。
敵の目的は鉈内がこぼした『悩み』の『駆除』だ。ならば残されたターゲットは夜来初三とあの少女だけである。行くべき場所は既に決まっていた。
「クソの処分だ」
「ゴミの掃除だよ」
彼らは踵を返すことで七色寺の外へ向かっていった。遠ざかっていく足音を耳にしながら、速水は思わず溜め息を吐く。
「なら、俺はここで七色達の面倒を見るか」
呟いて、いまだ魂が抜けた状態故に目を覚ますことのない七色夕那と雪白千蘭の傍に近寄っていき、腰を落とした。
「……七色」
呼びかけて、くっくと声を押し殺しながら笑う。
「君の育てたやんちゃな子供達が、珍しく仲良くしながら出て行ったよ。あの二人、実は仲がいいのかもね。あのチャラチャラとした鉈内と、二言目には殺すだのクソだの言う夜来が、進んでお互いに共闘してるんだよ? 君にもあれは見せたかったなぁ」
彼女の言うとおりだ。
普段からニコニコと笑っていて、チャラチャラとしながら生活している現代っ子の象徴のような鉈内翔縁。
普段から不機嫌かつ短気な上、さらに会話のどこかには『殺す』などの殺害予告を付属させる夜来初三。
そんな二人は顔を合わせればまず喧嘩をして、殴り合って、脅しあって、お互いにお互いを攻撃し合っている。まさしく犬猿の仲をあらわすのには具体的すぎるほどの関係だ。
なのに。
それなのに。
今回の事件で彼らは共に戦うことを決意している。七色夕那、雪白千蘭、彼女達を助けるためだけに共闘を自ら望んで行っているのだ。
速水は七色の顔を見て微笑み、
「……まぁ、安心して待ってなよ。君の子供達が必ず―――助けてくれるから、さ」
チャラ男とヤクザ―――夢の共闘です




