ビール
「アサヒスーパードライはどこじゃゴラァあああああああああ!!」
絶叫を上げて『悪人祓い』で結成された巨大組織『夜明けの月光』のビル型アジト内を縦横無尽に駆け回るのは金色の物体だった。階段を上がって降りて、廊下を走って飛んで、最終的に黒崎燐とシャリィ・レインが談笑していた休憩室へたどり着く。
バン!! と扉を蹴り破るように金色の物体・見た目幼女のフラン・シャルエルは入出していった。
「黒崎テメェ、アサヒはどうしたぁ!? 今日はアサヒさんが来る日だろうがよぉ!!」
「あの、ボス。アサヒさんってもはや人間的すぎません? 来るのはお酒ですよ?」
休憩室とは大きな部屋である。仲間内でゆっくりと話せるように設置されているソファ、テーブル、他にも自動販売機や大型テレビも揃っている大きな空間であるので、このビル型アジトを家と例えるのならばリビングにあたる場所だ。
フランはギロリと黒崎を睨みつけた。
テーブルを挟んでソファに座り、シャリィと談笑している黒崎のもとへゆっくりと近づいていく。
首の関節をコキリと鳴らして、見た目幼女とは思えないオーラを纏いながら、
「うるせぇぞメンヘラビッチ。グダグダ吠えてねェでさっさとアサヒを出せや、あぁ!? ほろよいさんで妥協してやらんこともねえ、分かったら鉈内のカスを連れてこい! 三秒で呼んで来い、いいな? 三秒数えるからその間に酒を私に貢げ。じゃねえとぶっ殺す」
「え、ええ!? さ、さささささ三秒って早す―――」
「はいさァァァァァァァァァァァァン!!」
ガゥンガゥンガゥン!! という莫大な銃声が連続して鳴り響いた。
狼狽している黒崎の前にあったテーブルに大きな穴が複数空く。見てみれば、フランの右手にはいつの間にやら大型の拳銃が握られていた。見た目が幼い容姿であるフランには不釣合いな、大型口径の拳銃は硝煙を銃口から上げているので犯人は一目瞭然。
黒崎はソファから落ちそうになりながら動揺し、
「え、っちょちょちょちょっとボス!? 一と二はどうしたんですか!? どこに行ったんですか!?」
「知らねえなァ。女は三だけ覚えてりゃ生きていけんだよ。スリーサイズの三、女の赤信号・三十路の三、女は三だけ知ってりゃ不自由ねェんだよボケ」
「一と二の重要性を覚えてください!!」
「ピーピーピーピーうるせぇぞ!! さっきからお姉さんの頼みをひらりひらりかわして、挙げ句の果てには小娘が説教かァゴラァ!!」
ガンガンガンガンガンガン!! と、再び無数の発砲音が炸裂する。悲鳴を上げている黒崎の座っていたソファに、無慈悲にも穴が連続して空いていった。もはや四つん這いになって逃げ惑う黒崎は、ハンターに狙われている草食動物そのもの。
しばらくの間は銃声と少女の悲鳴が続くが、それもようやく収まった。
部屋の隅でガクガクと震えている黒崎。自分で自分を抱きながら体育座りをし、『し、死のう、もうやだ死のう。遺書書いて実家と縁切って仕事やめて綺麗に死のうアハハ』だのとブツブツ呟いている。
そんな黒崎を哀れに見つめてから、シャリィは拳銃をクルクルと指で回しているフランをチラリと見て、
「下手をすれば死んでたぞ。少しは手加減したらどうだ」
「ハッ。安心しろよ、ギャグ漫画みたいなノリでこんな危ねえことしねえ。こりゃ『黒崎専用教育銃』っつって、弾はゴム弾と大差ねえし当たっても怪我しねえよ」
「めちゃくちゃ手の込んだイジメだな……」
『黒崎専用教育銃』を手の中でいじっているフランは、やはりお望みのアルコール飲料が到着しないことにイライラが凄まじいらしく、ソファに腰掛けて貧乏ゆすりを始めていた。
しかしそこで。
フランの携帯電話に着信が入る。
彼女は面倒くさそうに耳に当てると、
「はいもしもしィー? あん? ったく、何だよ今忙しいから用件は後にし―――きた!? まじか!? よっしゃ今どこだあのクソガキは!? ああそうかそうか、もうこっちに来てるかよっしゃ!!」
どうやら鉈内達が到着したらしい。
テンションマックスになったフランは、まだかまだかと笑顔を咲かせている。
と、そこで。
ガチャリ、と休憩室に繋がるドアが開いて、待ち遠しかった少年が現れる。
「や、やっほーフランさん。どうよ? 元気してた?」
「おおクソガキ遅いぞコノヤロー!! ほらほら、七色の馬鹿が私にお礼持ってきてんだろ!? 仕方ねえよなぁ、仕方ねえからもらってやる、そして届けに来たお前も可愛がってやろう。がはは、どうだ一緒に一杯やるか!?」
「いや、あの、僕は未成年なんで結構」
「んーだよぉつまんねえ野郎だなぁ。ま、それよりほらほら!! その持ってるバッグがあれだろ? アレなんだろ!?」
フランが食いついているのは、鉈内の右手にある旅行用バッグだった。確かにこれがフランの望む品なのだろうが、どうにも鉈内の表情は険しい。
しかし、金髪ストレート外見ロリは構わずに、
「おらおらさっさと寄越せ!! 私はこれが待ち遠しくて一睡もしてねえんだよ!!」
「あ、ちょ待ってそれはダ―――」
鉈内が何か言いかける前に、フランはバッグの中を開いてしまった。瞬間、あれだけサンタさんを待つ子供のような笑顔だったフランの表情が、一瞬でピシリと凍りつく。空気も空間も全て氷点下に達し、明らかに危ない臭いが漂ってきた。
「おい小僧」
「な、ななななななんですかフランさま!? ビールですよ!? ビールをお望みどおり持ってきましたよ!?」
「……テメェ、シバかれてェのかコラ」
フラン・シャルエルは、旅行用バッグの中に詰まっていたビールを取り出した。そう、ビールだ。彼女が待ち望んでいたビールのはずだ。
しかし、それは大きな間違いで、
フラン・シャルエルの持っているビールは、『子供ビール』というビールに見せかけた子供向け炭酸飲料だったのだから。
見た目が幼いことは自覚しているフランに取って、これは腹が立つ。しかもビールが届くという約束が、まさか子供ビールだとは思いもしない。
ということで、
「おいコラ、クソガキ」
「は、はははひ!? 何ですか!?」
「ちょっと死んで来いよボケがァァああああああ!!」
ガンガンガンガンガンガン!! と『黒崎専用教育銃』を鉈内に向けて発砲しまくるフラン。安全な作りな故に、あっけなく鉈内は弾丸に意識を刈り取られてゴロゴロと転がっていった。
ちなみに、これ。
世ノ華と雪白がビールを割ってしまったということで、仕方なく子供ビールを詰め合わせた結果の末路である。
と、そこで。
「お邪魔しまーす」
遅れて、ようやく世ノ華と雪白が休憩室に姿を現した。
三だけ覚えてれば女は生きていけるらしいです(笑)




