兄を殺した
鬼は金棒を振り下ろした。地盤を叩き割って、見渡す限りの地上全体にクモの巣のような亀裂が走っていく。さらに割れる。バガァン!! という轟音を炸裂させて、周囲の地そのものが大爆発を巻き起こした。
しかし、
「……世ノ華雪花……殺す……殺すから……殺されちゃいけない……」
ボソボソと精神病患者のように呟いている女は、無表情のまま顔色一つ変えずに世ノ華の懐へ走り込んでいく。崩れていく地上の安全なポイントを綺麗に辿って、二本足ではなく四足走行で駆け抜ける。まるで獲物をハントする狼だった。
だが、世ノ華もそれに動揺なんてしない。
迫ってくる女に、適切な対応を取った。
「グッチャグチャにしてやるよボケェ!」
叫び、今度は金棒を女が突っ込んできたタイミングに合わせて横凪に振るう。骨を砕くような音が鳴った。漆黒の三メートルを越す金棒がスイングされて、女の脇腹にクリーンヒットしたのだ。
見事としか言い様のないほどの、強烈な一撃。
女の脇腹にめり込んだ金棒から、ボキゴキメキゴキボキィッッ!! という脇腹の数本を叩き割った痛々しい音楽が奏でられる。
「っ」
女は体を不自然なほどに曲げて吹っ飛んでいった。背骨もろとも砕かれたのかと思うほど、体をありえないレベルにまで金棒の一撃で『曲げられて』しまったのだ。
何回か崩壊した地面へバウンドして、遠方に転がっていく女。
それを引き起こした張本人は、バット替わりにした金棒を肩に担いで一息吐いた。
近くに寄ってきた雪白に顔を向けずに、女が吹っ飛んだ方向を眺めながら、
「死んだか?」
「さぁな。というかあれはなんだ。お前の知り合いか」
「あんなキモい知り合い心当たりねェよ」
「じゃあ何だ、あれは。というか私たちを殺すだの何の言ってなかったか? あんな奴に狙われる思いでなんざないんだが」
「そりゃ私も同じだってんだ。っつーか、頼まれてたビールが粉々にされちまったんだが、これって私が悪いの? そもそもビールの代えってあんのか?」
「知るか。ともあれ何だ、その届け物を破壊した犯人をお前がホームランしてくれたおかげで、犯人に弁償させることも難しいのが現状だ」
「あァ!? 結局私が悪いってのか!?」
「結果的にな」
「テメェぶっ殺すぞゴラァ!!」
雪白に突っかかる世ノ華の絵は既にお馴染みであるが、二人の間に何かがゴウッッッ!! と爆音を上げて通過した。大木だった。一本の大木が、まるでミサイルのように投擲されてきたのだ。
世ノ華も雪白もチラリと目をやる。
そこには、やはりあの不気味な女が立っていた。
「おいおい、テメェどんだけ吹っ飛ばされてェんだよ。将来の夢は野球ボールってかァ? そんなに殴り飛ばされるのが気持ちいいなら、もういっぺん場外までかっ飛ばしてやる。感謝しろ」
「……」
「おいコラ。ねェ頭ァ使って何を黙ってやがる。何を思考してやがる。ここで私にバッティングされる運命に変わりはねェんだ。今更命乞いなんて爆笑必死な展開考えてねェよな?」
「……」
女は何も言わない。
何も返事を返してこない。
その現実にイライラが高ぶったのか、世ノ華は大きな舌打ちを吐き捨てて、一応尋ねることにした。
「つーかよォ、どこの誰で何なんだよテメェ。住所年齢お名前ってェ三拍子が揃ってねェんだよボケ。不審者街道一直線すぎてマジ笑える。―――答えろ、テメェはどこのアバズレだ? あ?」
「……詩織」
「しおり? なんだよ、じゃあ旦那さんは本ですか。ご自宅は本屋さんなんですかァー? 旦那さんに挟まれてアヘアヘしてる下品な淫乱しおりなんですかァー? 最近はラノベに挟まれて腰ィ振ってたんですかァー?」
めちゃくちゃ絡んでいく世ノ華だったが、詩織と名乗った女は相手にしない。彼女は続けて、長い前髪に隠れた目を世ノ華と雪白に向けなおす。
暗い暗い、真っ黒な瞳だった。
そして。
自分の全てを告げた。
「……本道詩織。……あなた達を守るために、私の『兄』を殺した夜来初三に復讐する……だから……あなた達を殺して、夜来初三には私と同じ目に遭ってもらう……だから殺す……」
(っ!? 何で、そこで兄様の名前が出て―――っ!?」
重要な人名が出てきたことに、世ノ華は眉を潜めていた。夜来初三が彼女の兄を殺した? 自分たちを守る為に? なんにせよ、夜来初三が何かとんでもないことに首を突っ込んでいるのか? 何かの歯車が回りに回って、自分たちにとばっちりが来たのか?
答えを探す世ノ華。
しかし、混乱も相当なようで視線を泳がせていた。
「本堂賢一……兄を殺した……私を守ってきた兄をあいつは殺した……だから私も殺す……私の『大切な人』を殺した夜来初三の『大切な人』を殺して、復讐する。その為に……ここにいるの……」
「兄、様が、何をしてるってんだ!? あぁ!? テメェの兄貴を殺しただァ!? 兄様が理由もなしにそんなことするわけねェだろうが!! あんま吠えてっと殺すぞメンヘラクソ女ァ!!」
「……事実をいったまで……私は兄を殺された……夜来初三に……」
「だからテメェは何なんだよ!! 兄様が何をしてんのか何で知ってんだ!?」
「『エンジェル』……そこに在籍してるから……」
「っ」
何度か、関わったことのある組織名だった。祓魔師がこの街に襲撃をかけてきたことが過去にあるが、その際には世ノ華と鉈内で撃退しようと死闘を繰り広げたこともある。その祓魔師も、『エンジェル』だとかいう組織に加入していた。
(兄様は……もしかしてコイツらと……)
夜来初三が『何を』敵にしているのか、何をやっているのか、それらの謎が少しばかり解けた気がした。しかし現状は変わっていない。あの女が自分たちを殺そうとしている事実に、何も変化はない。
よって、我に戻った世ノ華は金棒を低く構えて戦闘態勢に入ろうとした。
が、それより先に、
視界全てを覆うほどの莫大な豪炎が、本道詩織という女を含めた周囲一体を丸ごと燃やし尽くした。
……はい、皆さん、おっしゃりたいことは分かっております。怨念に染まる悪に出てきたあの野郎のシスターです(笑) くそ、何かあのゴリラもいろいろ背負ってたのか……あのゴリラ殺さなければ良かったかなとか思ってる馬鹿な作者です(笑)




