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闇を包み込む光

 雪白千蘭ヒカリは神秘的な姿をしていた。

 色素のない膝まで伸びた真っ白な長髪をストレートに下ろしている。さらには同じ人間とは思えないくらい美しい赤い瞳。全てが全て、白く完璧な神々しい女神だった。

 彼女は恥ずかしそうに、嬉しそうに、幸せそうに、暴力の限りを尽くしている夜来初三に近寄っていく。それを見ている者は目を伏せた。誰もが殺されると察知し、彼女の体が死体へ変わる瞬間を見たくなかったのだ。大柴という男も、歯噛みするだけで怪物の君臨する現場へ向かっていく少女を引き止めることは間に合わなかった。

 彼女はもう、化物のテリトリーに足を踏み入れていたのだ。

「せっかく会えたのに、代えのゴムがなかったから髪を縛れなかった。でも、お前は下ろしたほうが新鮮だと言っていたし、これはこれで良かったのかもな。というか、髪を整えに行って戻ったらファミレスはグチャグチャ。やけに騒がしいと思ったが……また派手にやってるんだから目も当てられなかったぞ。こうしてお前を見つけるのにも時間がかかった」

 真っ白な少女は、そう言ってニッコリと夜来初三の背中に微笑む。

 夜来初三はゆらりと立ち上がって、振り返った。

 その化物の笑顔を濃くし、近寄ってくる少女を認識した。直後に彼の右手には白い力が集まっていく。サタンの魔力でもない、ただ分かるのは異質な白い力は全てを殺すということ。

 それを纏った右手は、ギュン!! と音を立てて殺意を膨張させる。すると白い力は閃光と化して、雪白千蘭の華奢な体へ放たれていった。誰もが思っただろう、殺されたと。体を貫通して死体へ成り果てたと。

 だが。

 だがしかし。



 雪白千蘭に攻撃は直撃しなかった。



 彼女は歩いているだけだ。『清姫の呪い』なんて毛ほども使ってない。ただ彼女は避けることもなく夜来初三のもとへ向かっている。それなのに閃光が外れたということは、単純に夜来初三が狙いを外したのかと予測できる。

 だが、違った。

 黒い白目、白い瞳、真っ白な左顔を宿した夜来初三―――いや、『悪』。既に彼からは笑顔という表情が崩れていて、怪訝そうに眉を潜めていた。

「なン、でダよ」

『悪』は呟いて、今度は近くにあった手近の乗用車の頭を掴んだ。バキバキバキ!! と指が車体にめり込み、強制的に持ち上げられる。それを『悪』は雪白千蘭へ無造作に投擲した。

 ゴッッ!! と空気を裂く音が鳴る。

 乗用車は雪白千蘭の体へ飛んでいく。

 だが、また狙いは外れた。雪白の右肩十センチほど離れた場所を突っ切っただけで、絶対に彼女は当たらない。絶対に当てられない。絶対に傷を負うことがない。

 その現実に、『悪』は顔を怒りに染め変えた。

「なン、でだヨォォおおおおおおおおおおお!! 当たレ!! 当タれェェェええええええええええええええ!! 邪魔すルな、邪魔すルなよ―――『夜来初三』ィィィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 絶叫した彼は、何度も何度も手段を変えては歩き寄ってくる雪白を殺そうとした。地盤を蹴り破って地面を砕いた。白い力を使って衝撃波を巻き起こした。手近にあった電柱を根元から引き抜いて投擲した。

 だが当たらない。

 何をしても雪白は微笑んで近寄ってくる。

 その光景を目にしている唯神天奈が、ふと呟いた。

『悪』が雪白千蘭を殺せない理由を呟いた。

「……『夜来初三』……が、邪魔してる……?」

 それしかない。彼以外に『悪』を阻害することが可能な存在は悪魔の神を除いていない。『悪』に雪白を傷つけさせないよう、内側から『夜来初三』が邪魔をしているのだ。

 唯神天奈は、一度、現在のように夜来初三を飲みこんだ『悪』の現象を見たことがある。故に知っている。あの存在がどれだけ危険で狂気なのかは分かっている。

 でも。

 その絶対的な存在は、雪白千蘭を殺せない。

 いや、殺そうとしても『夜来初三』がそれを許さない。

「が、ァァああああああああああああああああああああああ!! まタかァァああ!? またヘタレの癖にデシャばるッテかァァああああ!? 俺に任セろよ!! てメェが中途半端な悪に染まっテんのは、雪白千蘭あのオンナがイルからだろォガァァ!! 守る!? 守るダァ!? 悪が何かを守ルだナンテ思ってる時点デ『中途半端』なンだヨォ!! 初三ィ、イイ加減分かレよ!! 悪ってノハ『雪白千蘭たいせつなもの』なンざ、そもそも持ってネェんだよ!! オマエはあの雪白千蘭ヒカリにいつマですがってンダァァァあああああ!! ―――悪を貫くなら『大切な存在』ごと全部全部全部悪意で塗りつぶしてぶっ壊してみせろよォォォォおおおおおおおおおおおおおお!! 殺せェェええええええ!! 邪魔ァすンなクッソがァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 その通りだ。本当に悪を極めるのならば、そもそも『大切な存在』なんて作るな。誰かを守ってる、大切にしている、そういう姿をどこかの視点から見て当てはまるような時点で悪とは言い難い。悪とは闇だ。全てを黒く塗り潰して、全てを苦しめて、全てを壊して、全てを絶命させて、全てを破滅へ導く行為だ。『大切な存在』なんてものが夜来初三にある時点で、彼はもはや『悪』じゃない。

 だから、捨てろ。『大切な存在』なんて『邪魔』な荷物は捨てろ。

 そうすれば悪になれる。

 その後は簡単なことだ。

 気に入らない奴を見たら殺せばいい。ムカつく奴を見たら殺せばいい。邪魔する奴を殺せばいい。それだけだ。ただ壊して、壊して、壊してればいい。破壊することの極限は無だ。いずれは、その強大な力を使って老若男女関係なく壊せばいいだろう。そうして世界でも滅亡させてやれ。典型的な世界を壊す魔王にでもなればいい。

 それこそが『絶対悪』だ。

 絶対の悪なのだ。

「う、っがァァあああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 しかし『悪』に夜来初三は抗っている。近づいて来る雪白千蘭を殺せば、本当に悪へなれるのに彼は抵抗している。雪白千蘭という光を捨てきれない。彼の足枷は雪白千蘭だ。彼が絶対の悪に成りきれないのは、雪白千蘭を大切にしているからだ。

 だから彼女を殺して足枷を解けばいいのに、夜来初三は反抗する。

 なぜなら。

 なぜならそれは。

「初三、早く顔を見せてくれ。お前と話したいよ」



 ―――雪白千蘭は『自分を悪と肯定する』以上に『大切』だったからだ。



 すぐ目の前にまで来ていた雪白に、『悪』は顔を歪めて後退する。しかし雪白は『悪』なんて見ていない。実際、彼女は『早く顔を見せてくれ』と言っていた。それはつまり、夜来初三の姿をした『悪』なんて本当に眼中に無いのだ。

 彼女はただ、顔を見せない『夜来初三』を待っているのだ。『悪』なんて、視界にすら映っていない。

「ああああああああ!! アアあああああああああああああああ!!」

 絶叫して、『悪』は雪白を殴り殺そうとする。軽く踏み込んだだけで、ビシビシビシビシビシビシ!! と地面には亀裂が走った。

 しかし。

 そこまでの威力で飛んでいった拳は、彼女の顔スレスレでピタリと止まり、押し込めなくなった。まるで透明な壁でもあるように、雪白に拳は届かなかったのだ。

 さらに気づけば、『悪』は身動きすらも取れなくなった。足も、腕も、顔も、全てが完全に固まってしまう。そして真っ白な左顔が徐々に肌色を取り戻していき、黒い白目は白に戻り、逆に白い瞳は黒に戻る。

 そう。

 夜来初三が、逆に『悪』を飲み込み始めた証拠である。

 そもそも、夜来初三と『悪』は統合したのだ。夜来初三という存在に『悪』が染まることで、『一つ』になった。

 故に―――夜来初三が悪を飲み込むパターンだって不思議なことじゃない。

「ああ、会いたかった。すごく会いたかったぞ、バカ」

 雪白は初めから最後までずっと微笑んでいた。なぜなら信用してたから。自分に降りかかったあらゆる驚異は、全てあの少年が許さないと分かっていたから。

 元に戻った夜来初三。

 彼は、フラリとバランスを崩して前へ倒れる。それを雪白が胸で抱きとめて、今まで会えなかった分を取り戻すように痛いほど抱きしめていた。

 白い少女に抱きしめられている黒い少年は、泣いていた。涙を一筋流しながら、雪白に身を任せるように俯いていた。表情は見えないが、涙だけはうっすらと見えた。

 彼に触れていることで生気を完全に取り戻した雪白は、夜来初三の耳元で囁いた。

 幸せそうに、言った

「『ずっと一緒』だ。もう、二度と離さないからな」

 涙を流して呆然としている夜来初三に、その声が届いていたのかは分からない。だが、雪白は懐からプレゼント用に包装された手のひらサイズの紙袋を取り出した。



 中から出てきたのは、黒いヘアピンだった。



 それを夜来初三の髪で隠れた右目の上に付けると、彼の右目が綺麗に見える。同時に紋様も姿を現すのだが、雪白はそっと夜来の頬を撫でて、

「ああ、やっぱり綺麗な右目だ。お前と会えたら渡そうとずっと持っていたんだぞ」

「……ぁ」

 夜来初三は我を取り戻す。

 そして涙を流す目を雪白に上げた。

「うん、似合ってる。お前はいつも顔が見えないからな、こうしてハッキリと見えるようにすればいい。髪を下ろす必要がないときはこれを使えばいい」

「……ぁあ」

「どうしたんだ、そんな顔して。そんなに私と会えて嬉しいのか?」

 苦笑した雪白は、何も言ってこない。夜来初三がどこで何をして、現在は何をやって、何がどうなってここまで破壊の限りを尽くしたのか。

 全て、聞かない。

 彼女にとっては、夜来初三と会えただけでどうでもいいから。

 彼と会えれば、何でもいいから。

「お、れは……」

 呆然と呟く夜来初三。

 彼は直後に―――子供のように泣き始めた。

「あ、あああああああああああああああああああ!! ァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 自分がしてきたことの、全てに耐えられなかった。悪という信念を心に決定して、今までずっと戦ってきたのに、雪白千蘭の顔を見たことで全てが弾けとんだ。

 なぜ、泣いているのか分からない。

 とにかく泣いた。

 嬉しいのか。

 悲しいのか。

 苦しいのか。

 全てがグチャグチャに混ざり合った感情に支配されて、夜来初三は子供のように顔を歪めて泣いた。号泣して、雪白をがっしりと抱きしめていた。痛いほどに、彼女にすがりついていた。

 しかし雪白は笑っていた。

 彼が泣いている理由が、雪白には分かっていたからだ。

 彼が泣いている原因が、雪白には分かっていたからだ。

 その答えとは、



「寂しかったろう、大丈夫だ。私は傍にいるからな」



 寂しかったのだ。純粋に、夜来初三は寂しくて寂しくてたまらなかったのだ。ようやく手に入れた雪白達との平穏から背を向けて闇に埋もれていたことで、ずっとずっと彼らに会いたがっていたのだ。

 自虐して生きてきた彼が、ようやく手にした幸せ。

 その居場所から離れていて、つらかったのだ。

 だから雪白は夜来初三の涙する姿に戸惑うことも、動揺することも、慌てふためくこともしない。夜来初三だって人間だ。どれだけ悪に染まっていようと、どれだけ悪人であろうとも、所詮は人間だ。

 よって。

 雪白千蘭は彼を優しく抱きしめていた。闇に生きていた黒い少年を温めてやって、神々しい白い少女は囁くように言った。

「『約束』しただろう。私は『ずっと一緒』だ」

 直後に。



 夜来初三ヤミ雪白千蘭ヒカリに包み込まれた。

 


  

 


ほんと、いいメインヒロインになってくれた(泣) 『愛し過ぎた悪』の頃とは大違いの『ずっと一緒だ』でしたね。


ずっと一緒、という夜来くんへ向けるセリフはここまで違う・・・・・よね? 読者様がたにきちんと雪白ちゃんの素晴らしさは伝わて・・・・・・・・・・・ます、かね・・・・・? 



何だか自信なくなってきた(笑)

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