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犬猿の仲

 まさかの、同じクラスだった。

 悪魔の神に憑依され、圧倒的な呪いの力を持つ不登校生徒は、絶世の美少女と同じクラスだった。

 同じ一年B組という教室に通う、同じ学年の、同じ授業を受ける生徒であったのだ。

 雪白千蘭は、不登校である少年を学校に行かせるための説得を二時間かけてしたことに大きな達成感を感じると同時に、その達成感が遅刻という結果を生み出してしまったことに肩を落として溜め息を吐いた。

 二人の少年少女は、一年B組という自分たちの教室のドアの前に突っ立っている。

 なぜ教室に入らないのか。

 理由はいたって単純なものだ。

 今は授業の時間。

 よって、学校一の美少女ということで注目を集めている雪白千蘭と、目つきは悪いがかなりの美少年である夜来初三が、授業中に堂々と教室の床に踏み込んだりしたら大騒ぎになることは間違いない。

 なので、特に男子生徒が嫌いな雪白は教室の中へ続くドアを開こうとはしないのだ。

「もう少しで授業が終わる。それまでは図書室辺りで待機していよう」

 携帯電話を開いて時刻を確認した雪白は、先ほどから眉間にしわを寄せてうなだれている少年。つまり、学校に来たことを盛大に悔やんでいる不登校生徒に声をかけた。

 夜来初三は静かに、かすれたような声で「……あァ」と呟くと、図書室とは正反対の方向へふらふらと歩き出してしまった。

 雪白は、方向音痴なのかもしれない彼の手を取って案内する―――という行動を、夜来の手に触れる寸前でストップさせてしまった。

 やはり、夜来初三という男に対して嫌悪感と恐怖感がまだ少し残っている。

(私に欲情しないコイツにも、まだ少しだけ……自分から触れるのは怖いな)

 背後に雪白がいることに気づき、振り向いた夜来に少女はそう思った。

 いやらしい男共に襲われそうになったときや、下種な考えで自分に近寄ってきていた男たちのことを記憶から引き出してしまう。

 嫌だった。

 男は嫌だったし、怖かった。

 でも、目の前にいるこの少年だけは自分の味方になってくれる―――という考えとは裏腹に、やはり夜来初三も自分を襲うのではないかという考えも、雪白は捨て切れていない。

 実際に、夜来は雪白が自分の部屋に泊まっても雪白が怖がっているような行動は何一つ起こさなかった。

 夜来初三は雪白の話を面倒くさそうにしながらも聞き、寝床をきちんと提供してやって、普通に接してやっていた。

 だから、雪白は夜来に対して嫌悪感や恐怖感を抱く必要はない。

 だが。

 過去の気持ち悪い笑みを浮かべて自分に近寄ってくる男たちの記憶のせいで、夜来という自分を襲うことがないはずの少年にまで疑問を持ってしまうのだ。

 夜来初三も自分を襲うのではないか? という疑問を。

 うつむいて、自分は夜来を本当に信用してもいいのか? と心の中で自問自答を繰り返している雪白。

 そんな彼女の心境を察したのか、夜来は後頭部を掻きながらこう言った。

「言っとくが、俺ァお前の敵じゃねぇよ。お前が嫌がる事はしねぇし、お前が怖がることもしねぇ。お前が触るなって言うならお前には指一本触れねぇし、お前が喋るなって言うなら一切喋らねぇよ。だから安心しろ。お前が望むことなら、出来る範囲でなら叶えてやる。だから、俺に不満だの希望があンならちゃんと言え」

 ハッと顔を上げる雪白。

 そこには、一本の小指が立てられていた。

「……約束だ。こんな真似は俺のガラじゃねぇことぐらい分かってる。だが、約束してやるよ。俺はその辺の男と一緒じゃねぇ。だから、お前が拒絶することは絶対しねぇって約束してやンよ」

 指きりげんまん。

 昔から伝えられてきた、約束を交わしたことを意味する行動の一つだ。

「……っぅ……ぁ……」

 雪白は、声にならない声を絞り出すように出し、震えている自分の手から小指を突き出した。そして、ゆっくりと少年の小指に自分の小指を重ねてみる。

「約束成立だな」

 夜来初三は口の端を吊り上げる。

 決してその顔は優しさに満ち溢れている笑みではない。

 むしろ、どこか嗜虐的にすらみえる笑みだ。

 だが、雪白にとっては涙すら出てくるほどの望んでいた結果だ。

『今までの男のように優しいふりをした笑顔ではない』笑顔を夜来が浮かべたことだけで、大満足な状況だ。

 その優しさなんて欠片もない笑みこそ、夜来が雪白に好かれようとしていない証拠だ。

 だから安心できる。

 雪白千蘭という美少女に、優しいふりすらしない夜来初三は絶世の美少女に汚らしく欲情なんてしていない証拠だから。

 雪白は己の不安が消えたことにホッと溜め息を吐くと、

 小指を重ねたままの手を使い、約束を交し合っている彼の手のひらを力強く握り締めた。

 つまり、今度こそ手を握ったのだ。

 男の手を、

 握ったのだ。

「――ッ!」

 雪白が自分と手をつないでいるという現状に大層驚いた夜来。

 しかし、雪白は嬉しそうに笑顔を浮かべて歩き出した。

 唯一、心から信用できる少年の手を握ったまま、歩き出した。

「お、おいテメェ」

「図書室はこっちだぞ、案内してやろう」

「……チッ」

 小さな舌打ちを、手を握っていても良いという肯定と雪白は受け取ったのか、ぎゅっと力を入れて指を絡ませてきた。

 いわゆる、恋人つなぎという握り方。

「っ! な、なにしてんのお前!?」

「い、いいから行くぞ!」

 歩行速度を速めた雪白は、初めて得た男友達。いや、女の友人すらいない雪白にとっては、親友とも言えるほどに信頼を置いた少年を感じたかった。

 友達、という存在がこの手のひらにあるという事実を確認したかった。だからこそ、手を握る力が増してしまうし、その行動が恥ずかしいということもあって歩くスピードも上昇してしまう。

「と、ところで、七色夕那はどうなんだ? 昨日会っただけで、具体的な呪いの解きかたを教えてもらってないのだが……」

「それなら心配すんな。今日、そのロリガキの家に行って呪いの解き方を聞くからよ」

 七色夕那。

 浴衣を着こなし、さらさらの黒髪を腰まで伸ばしていて、金色の瞳が特徴的なお人形のような謎の少女のことだ。

「そう言えば、七色はどうして呪いを解くことが出来るんだ? 彼女も私たちと同じ『悪人』なのか?」

 悪人。

 それは、人間として失格と言えるほどに心を悪に染め、怪物に憑依されるという『呪い』にかかってしまった者を指す言葉だ。

 七色がなぜ呪いを解くことが出来るんだ? 彼女も私たちと同じ悪人なのか? という疑問を抱くのも、無理はないことであろう。

 なぜなら、呪いという不可思議な現象を祓うことが出来るなんてことは普通の人間ではない可能性があるのだから。

 七色夕那の正体を尋ねてくる雪白に、夜来は簡潔に返答を返す。

「あのクソガキは悪人じゃねぇよ。だが、『悪人祓い』っていう仕事をしてる」

「悪人祓い?」

「俺達みたいな呪いを抱えて困ってる悪人を救う仕事。有害になる怪物追い払ったりしてる、テメェはエクソシストかコラって言いたくなるような仕事だよ」

「……え? ということは、私は金を払うべきなのか?」

 立ち止まって、かなり驚いた顔をしている雪白。

 仕事ということは、呪いに困って助けてもらう自分は客の立場だ。

 つまりそれは。

 料金を払うということ。

「いいや、あのガキが金を取るときは、俺の『サタンの呪い』ほどじゃなくても、かなり強力なレベルの呪いを祓うときだけだ。何でも、金は十年前に十分稼いでたらしい。それもかなりの大金をな。だから金はよっぽど手間のかかる呪いじゃなきゃ取らねぇよ」

「十年前って……彼女は一体何歳だ?」

「本人曰く、永遠の十歳らしい」

「……外見年齢を表すならば的確な年齢ではあるな」

 二人とも、七色の納得がいかないようで見た目だけならば納得がいくという中途半端な年齢発言に沈黙する。そして、数歩歩いて曲がり角を曲がると、そこには目的地であった図書室が見えた―――はずなのだが。

「おい雪白」

「なんだ夜来」

 目の前に映る、辿り着いた場所を凝視しながら、お互いに言葉を交わす。

「なんでこうなった?」

「こうなる運命だったんだ」

「こんな認められねぇ運命があるかっ!」

「なぜだ?」

「なぜってお前―――」

 頭を抱えた夜来初三は、しばらくワナワナと全身を震わせてから、授業終了のチャイムが鳴り響くと同時に大声で叫んだ。



「何で教室に戻ってきてんだよォォおおおおおおおお!?」


 

 こうして、二人は自分達の教室から再び教室に戻ってくるという意味不明な行動をして帰ってきた。

 まぁ、つまり結果を言えば。

 雪白千蘭はどうしようもないくらいの方向音痴だったようである。








「おはよう」

 長い白髪をポニーテールにし、宝石のように輝いている赤い瞳を持つ絶世の美少女が降臨した。

 まだかまだか、と彼女の登校を待ちわびていた一年B組の男子生徒達は、一瞬で歓喜と性欲が混じりあったような下種な笑顔を浮かべる。

 女子生徒達は、彼女の登場に舌打ちの嵐を巻き起こし、これでもかというぐらいの憎しみを込めた表情を作り出した。

 本来ならば、ここまでがいつもの一年B組の光景であるのだが、今回ばかりは少し違う。

 なぜならこの教室には現在。

「これが俺のクラスか。つーか空気悪ィな」

 入学初日から不登校人生をスタートさせた少年がいるのだから。

 男子生徒、女子生徒共に、口を開けてぽかーんとフリーズしてしまった。

 なぜなら学校一の美少女と肩を並べて教室の扉をくぐってきた男子生徒が、窓側一番後ろに存在する空席の持ち主である少年だからだ。

 いや、少し訂正しよう。

 少年ではなく、美少年と言ったほうが正しい。

 現在の夜来初三には、教室という新しい環境に慣れていない影響のせいなのか、いつもの悪人ヅラが張り付いていない。

 言ってしまえば女がきゃーきゃー騒ぐほどの美少年である。

 なので、『女』である一年B組の少女たちは、

「きゃ、きゃーッッ! も、もももももしかしてあの空席の人??」

「か、かなりカッコイイよね、中性的なイケメンっていうのかな⁉」

「え、え? あの人、不登校の夜来くん⁉」

 ……まぁ、誰もが予想したであろう反応を見せてくれた女子。

 そして、それとは正反対の反応を見せるのが、

 雪白千蘭という美少女に好意を持つ、固まったままの男子生徒達だ。

 雪白千蘭は、いつもいつも男には寄り付かないし、喋りかけられても無視や相槌を打つ程度しかしない、根っからの男嫌いであり男性恐怖症だ。

 それは学校側からある程度生徒達にも知らされているし、雪白の態度を見ていれば誰だって分かる。

 だからこそ男子生徒達は唖然としていた。

 なぜなら、いつもは男を拒絶するはずの雪白が夜来初三という『男』と一緒に教室に入ってきたのだから。

 さらに、

「お、おい夜来。お、男の視線がいつもより怖いぞ」

「……だからって俺の腕に抱きついてくんじゃねぇよ」

『男』の腕に抱きつくという、ボディタッチというレベルを超えているのではないかと思うほど、大胆な行動を取っているのだから。

 当然、夜来の腕には雪白の大きな胸が必然的に当たることになる。だが、当の本人である夜来初三は特に気にした様子もなく、不機嫌顔を維持している。

 ……そして、この後男子生徒全員が怒り狂う出来事が起きた。

 それが。

「むぅ、席が少し離れているようだな。そうだ、お昼は一緒に食べようではないか」

「あぁ? ったく、面倒くせぇな。つーかいい加減離れろ。暑苦しいぞテメェ」

 絶世の美少女が腕に抱きついてくれているのに、その抱擁をパッと振り放したから。

 さらに言えば、美少女なんて言葉じゃ表せないほどの美少女である雪白千蘭からの、昼食へのお誘いを「面倒くせぇな」という言葉で返答したからだ。

 どれだけ贅沢すれば気が済むんだテメェ、と心の中で吐き捨てた男子生徒達はついに。

 キレた。

「夜来ぃぃぃイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッ!!」

 と、声帯がぶち切れそうになるほど絶叫した男達は、一斉に不登校生徒だった少年に襲いかかろうとした……のだが。



「兄様ぁぁああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」



 それよりも先に、夜来に見とれている女子生徒の群れから飛び出てきた者が、男達の攻撃対象者であった少年に強烈なハグ―――つまり抱擁を交わした。

「―――うおッ!?」

 夜来初三は突然の出来事に驚愕の声を上げて、抱きついてきた少女と共に吹っ飛んでいき、黒板の前に設置されている教卓へ突っ込んだ。

 ガァン!! という轟音を響かせてダウンしてしまった夜来は、咳き込みながら自分の胸にくっついている憎き相手を睨む。

「ゴハッゴほっッ! て、テメェいきなり何しやが―――」

「兄さま兄さま兄さまァァ~! やっと学校へ来られたのですねぇぇぇ!」

 もはや攻撃ともいえるであろう抱擁をしてきた張本人である少女は、肩甲骨まで伸びた美しい金髪を左右に揺らして、夜来の胸に頬ずりしている。

 すりすりと顔を押し付けてくる暴力少女を見て、少年は気づいたように言った。

「ま、まさかお前、クソガキ二号……か?」

「そうでございます兄様! あなたのクソガキ二号でございます!」

 クソガキ二号は温かい微笑みを浮かべる。

「え、いや、否定しなくて良いのか?」

 クソガキ二号という、失礼にもほどがある名前を受け入れている金髪の少女に雪白は思わず呟いていた。

「んでぇ? お前は他人にタックルと言えるレベルの抱擁をしてコミュニケーションをとりなさいっていう教育を受けてきたのか? だったら今すぐ親ァ連れて来いコラ。今すぐぶん殴ってやる」

「他人じゃありません。私たちは恋人以上夫婦以上の兄妹関係でしょう?」

「兄妹か!? つーか夫婦以上ってもはや何の関係だよ!!」

 夜来の激昂を笑顔でスルーすると、金髪の少女は突っ立ったままの白髪の少女を指差し、首をかしげて純粋な質問をする。

「ところで兄様、あの白髪ババァとはどういったご関係で?」

「……ババァ、だと……?」

 ピキリ、と額に青筋が浮かんだババァ……ではなく、ピチピチの十代である雪白千蘭。

 白髪の人はババァ、という偏見を持つ者しかこの世には存在しないのか、と雪白は心の中で激怒する。だが、それとは別の憤怒が現実で爆発することになる。

 なぜなら。

 クラスの男共が雪白の逆鱗に触れてしまったから。

「おい! 雪白さんがそんな気持ち悪い男と関わってるわけねぇだろ!!」

「雪白さんはどっからどう見ても美少女だろォが!! そんな野郎眼中にねぇンだよ!!」

「夜来、調子に乗ンなよ! テメェみたいなクズ、雪白さんにとっちゃ遊びなんだよ!!」

 自分の味方になってくれた少年。

 今までの男とはまったく違う、信頼できる少年。

 自分にかかっている『淫魔の呪い』を解こうと協力してくれる少年。

 そんな大切な友人に浴びせられている罵倒に、雪白千蘭は耐えられなかった。




「貴様らとは違うんだァァああアアアアアあああアアアああアアアあアアああああああアアあアアアアアあアあああアアアアアアアああアアアアアアアアアあああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」




 喉が潰れるのではないかと思うほど絶叫し、ライオンでさえ逃げ帰るほどの怒声を上げた白髪の美少女。

 そのあまりの迫力によって、教室にいる全ての生き物は恐怖と驚愕という感情で心を一杯一杯にしてしまう。

 驚いて固まってしまっているクラスメイト達。特に男子を鬼のような形相で睨みつけた雪白は、速い足取りで倒れたままの夜来のもとへ近寄っていく。

「……夜来、今日はもう帰るぞ」

 手を差し出して、夜来を起き上がらせようとする雪白。

「……あ、ああ」

 夜来は、普段の彼にしては珍しい『呆然』という顔で雪白を見上げていた。

 その顔には、「何であんなに怒ったんだ?」とハッきりと書いてある。

 雪白は唸るように奥歯を噛み締めて、激怒した理由を静かに呟いた。

「……お前はあんなクソ男共とは違う。お前は私に普通に接してくれる。お前は私を普通の女として見てくれる。お前が本当は優しい人間だということは私は知っている。なのに、お前は周囲から罵倒されても怒らなかった。だから私が怒った」

 拳をぷるぷると握り締めて、怒りに耐えている少女を見上げたまま、しばらく沈黙してから溜め息を吐いた夜来。

 そして、雪白が差し出している手を握り、自分の胸に乗ったままの金髪少女を引き離して立ち上がった。

「俺は優しくなんかねぇよ。ただのクズだ」

 夜来は自分なんかのために怒ってくれた少女に呆れるように笑う。

 すると、床にペタリと座り込んだままだった金髪少女がゆっくりと立ち上がり、おそるおそるといった調子で口を開いた。

「兄様、もしかして雪白さんは……」

「あ? あぁ、雪白は昔のお前と同じ―――」

 自分のことを兄様と慕ってくる少女の頭をぽんぽんと叩き、雪白が愕然としてしまう続きを夜来初三は口にした。

「『悪人』だよ」








 

「貴様も私と同じだと? 笑わせるなよ世ノ華雪花。そもそも、なぜ貴様までここにいる」

「そっちこそ、兄様が他のクソ男共とは違うだなんて当たり前すぎる事実を大声で口にするなんて、あなたはバカなのかしら? そして私は、兄様が行くところならば地獄でも天国でも楽園でもベッドでもついて行きます」

「最後は行くな!!」

「最後こそ行くでしょう!!!!」

「かたくな過ぎるだろ!!」

 いきなり学校を早退し、予定より早い時間帯に七色の家へ向かっている最中の三人。

 その内の二人である雪白千蘭と、雪白のクラスメイトである少女。

 背中まで伸びた眩しいほどの金髪に、若干強気そうな整った顔。エメラルドのような緑の瞳がどこか神秘的だ。ボーイッシュな感じがするというのに口調は大人しいという少女、世ノ華雪花。

 二人は特にクラス内で接点があるわけではなく、関わりがあったわけでもない。共にお互いが一年B組に在籍している生徒だ、という認識を持っていただけだ。

 よって、特別仲が良いわけでも知り合いというわけでもない関係。

 つまり他人である。

「そこのクソガキ二号には、三ヶ月前に呪いがかかってやがった。それを俺とあのクソガキ一号が祓ったから、今じゃほとんどただの人間だ。……ンで、なぜかその後に懐かれちまって俺は兄様と呼ばれてるわけだ。シスコン趣味もロリコン趣味もねぇってのによ」

 黒い日傘をさしている夜来初三は、目的地へ向かう足を止めることはしないまま世ノ華との出会いをかなり簡単にまとめて、雪白にそう伝えた

 すると、クソガキ二号……もとい、世ノ華が小動物のように可愛らしい上目遣いをしながら、夜来の服をくいくいと引っ張った。

「兄様、クソガキ一号というのは七色さんのことでございますか? そろそろクソガキ二号から、一号である七色さんの立場に昇格したいのですけれど……」

「バカ野郎、お前にゃ『クソガキ一号認定試験』はまだ早ェ。実力不足にもほどがあんぞ」

「クソガキ一号認定試験って何だ!?」

 聞いたことのない試験……というか、存在する意味すら不明である言葉を聞いた雪白は、『クソガキ』という話題で盛り上がっている二人の背後で大声を上げた。

「何ってお前、一流のクソガキになるための国家試験のことだろうが」

「国家は嘘だろッ!!」

「ちなみに審査員長はこの俺だ」

「それも嘘だろ!!」

「……審査員はゼロ人だ」

「お前以外にいないだけだろっ!!」

 何がそんなに悲しいのか、夜来は珍しく暗い顔をしている。

 そんな少年の横から、金髪美少女の影が迫っていった。

「お願いです兄様! 私は命を捨てる覚悟でクソガキ一号という名誉を手にするつもりなのです!! これで死んでも悔いはありません!」

「悔やめぇぇ!! そこは悔やまなければダメだろッ!!」

「ダメだ。お前にゃ『火あぶり地獄』に耐えられるほどの『クソガキ力』がねぇ」

「『クソガキ力』って何!? というか『火あぶり地獄』ってどんだけクソガキ一号認定試験って危ないんだ!」

「ですが兄様、私は『クソガキ魂』だけは一流でございますよ?」

「クソガキの魂!? どんな魂だ!!」

 ツッコミの嵐を巻き起こす雪白は、肩を大きく上下させて呼吸を整える。

 しかし、ボケの二人はブレーキをかけることは決してなかった。

「クソガキ魂とはクソガキの魂のことでしょう? 急に何を言ってるのかしらあなたは」

「そんな常識みたいに言うな!」

 振り向いて「朝のあいさつはおはようでしょう?」みたいな顔で、当然だろと言わんばかりの視線を向けてくる世ノ華に、雪白は激怒する。

 次に、遠くを見つめるような真剣な顔で、クソガキ認定試験審査会長である少年が口を開いた。

「クソガキってなァ命かけて得られる名誉だ。そう簡単に手に入れられはしねーんだよ」

「名誉じゃない! 断じて名誉ではないぞっ‼」

「あぁ? 現日本総理大臣なんかお前、クソガキ四号まで昇格してんぞ? いやー、なかなかいい筋してたねありゃ。飛び級させても良かったくらいだ」

「日本はもうダメだあああああ!!」

 まさか、日本を仕切るべき人物までもが、クソガキ認定試験なんて意味不明な審査を受けているだなんて……しかも四号どまりだ。

 クソガキ二号である世ノ華は、瞳に涙を浮かべて、恋人と離れ離れになってしまうヒロインのように消え入りそうな声で言った。

「……分かりました兄様。私ではクソガキ一号の七色さんにまだ届かないということですね」

「そういうことだ。アイツは全クソガキの中で三人しかいねぇクソガキ一号の中でも最強のクソガキだ。ありゃクソガキ以外の何者でもねぇクソガキの化物だよ」

「七色はそれでいいのか? クソガキクソガキと盛大に認識されていて満足なのか?」

 もう声を張り上げるのは疲れるため、雪白は異次元とも言える会話に口を出すことはしない。

 ただ、夜来初三が意外にもボケに回るという驚愕の事実を知れたことは大きな収穫だった。







『羅刹鬼の呪い』。

 羅刹鬼とは、羅刹天、速疾鬼とも言われる鬼神の総称であり、破壊と滅亡を司る神だ。

 妖怪の中でも上位クラスの力を持つ神。鬼神の総称と言われるだけで大体の実力は想像がつくだろう。

 そして、その羅刹鬼こそが、

「―――私にとりついてた『怪物』なの」

 延々と続く、石で作られた長い長い階段を上っていきながら、世ノ華雪花は溜め息混じりに呟いた。

 雪白千蘭は話を聞き終えると、ふと思ったことを尋ねてみる。

「紋様はもうないのか? 『羅刹鬼の呪い』の証である紋様は」

 そう。呪いにかかった者には証拠として、自分に憑依している怪物の体の一部分や特徴的なものなどが体のどこかに紋様として浮かび上がっているはずなのだ。

 実際に、雪白の体には鎖骨と鎖骨の間に『淫魔の呪い』の証拠となる『淫魔の横顔』があり、『サタンの呪い』にかかっている夜来には右目の周辺に禍々しい『サタンの皮膚』を現したタトゥーのような紋様が存在している。

「私の『羅刹鬼の呪い』は兄様の呪いほど強くはないのだけど、『妖怪』の中ではかなりの力を持つ鬼よ。それは、『神』と認められるほどに。だけど、七色さんのおかげで『羅刹鬼の呪い』は大体なくなったわ。だから―――」

 前髪をかきあげて、世ノ華は自身の額を見せる。

 そこには、目があった。

 たった一つの、墨で書かれたような目が額の中心にあった。

「『羅刹鬼の目』よ。昔は額全体を覆うほどのものだったのだけれど、今では羅刹鬼ちゃんがほとんど消え去ってくれたから、紋様もこの小型サイズに変わった」

「ほとんど消え去った?」

「ええ。どうやら、妖怪トップクラスの鬼の実力はあなどれなかったらしいわね。羅刹鬼は私の中に弱体化しながらも住み着いているようで、追い出すことは難しいそうよ」

 雪白は小さな声で納得し、首肯した。

「……なるほどな。絶対に完治するわけではない場合もあるのか」

 周辺に存在している木々たちに目を向けてみる。

 どうやら、ここが七色夕那の住む場所らしい。

 自然が溢れていて空気が良いところだなと感心してしまうものだ。

「おい、着いたぞ」

 先に階段を上りきった夜来初三が、上から見下ろすように言うと、緑一杯の自然に意識を奪われていた雪白はいそいで階段を駆け上がった。

 頂上に到着し、息を整えてから目を開けてみる。

 すると。

「ここが……七色の、家」

 目の前には、広大な敷地を持つ大きな寺があった。

 ほこり一つ被っていない仏像や、手入れがしっかりしている墓がたくさん立っている神聖な場所だ。

「クソ面倒くせぇからさっさと終わらすぞ」

「そうですね。私もこんな見るからにストレス抱えた女の手伝いは気が乗りませんし」

「……言っておくが、この髪は生まれたときから白かったんだぞ」

 自分の長い白髪のポニーテールを犬の尻尾のように揺らして、敵対心丸出しの赤い瞳をギラつかせる雪白。

 しかし、そんな威圧的な態度に屈さない世ノ華は、べーと舌を出してそそくさと寺の内部へ歩き出して姿を消してしまった。

 それを見て、ぴくぴくとこめかみが動いている激怒寸前の雪白は、無理に笑いながら拳を握り締めていた。

「……殺す。いつか殺す。クリスマス辺りには殺してやる」

「サンタが舞い降りる聖夜に何企んでんだてめェ」

 殺害決心を心の底から決めた雪白の脳天に、強烈なチョップが三回連続で叩き下ろされる。「はうッ!」という可愛らしい声をチョップされる度に上げた雪白は、頭を押さえてうずくまった。

 チョップという名のしつけを行った夜来は、腰に手を当てて口を開く。

「ったく、いちいち喧嘩すんなよ面倒くせぇ。俺ァお前らの保護者じゃねぇぞコラ」

「か、か、かなり痛いチョップをありがとうっ! こんなこと他の男からはされたことがないぞ!」

「そ、そうかい。そりゃ結構だな」

 嬉しそうに瞳を輝かせている白髪の少女に、引きつった表情で言葉を返した夜来は、少し躊躇いながらも手を差し出していた。

 その光景は、まるで教室のときの二人の立場が変わったようなものである。

 雪白は手を貸してくれるとは思っていなかったのか、目を見開いて差し出されている手をしばらく凝視する。

 そして、やんわりと微笑んでから、目の前の少年を今までの男と改めて見比べてみる。

(……やはり、こいつだけは信頼して良いんだな)

 長い前髪は右目の紋様を隠していて、背は高い。線が細く、細身な体だが筋肉はしっかりとついていて、日傘を常にさしている。悪人ヅラさえなければ文句なしの美少年だ。

 そして、何よりの長所と言って良い部分が。

 雪白千蘭と『普通』に接してくれるところである。

 少女は思う。

 彼だけは、信用しよう。

 彼だけは、信頼しよう。

 雪白はその手を取り、ゆっくりと立ち上がった。

「すまないな、夜来」

 彼の不機嫌顔を見て、思わず苦笑してしまいながらもお礼を言った。

 すると、夜来は小さな舌打ちをすることで返事を返し、歩き出した。

「チッ、いいから行く―――」

 そして、横に吹っ飛んだ。

 いや、正確に言えば蹴り飛ばされた。

 遠慮も躊躇いも一切存在していない飛び蹴りを側頭部に喰らい、夜来初三は寺の敷地内を持っていた日傘と共に空中に舞った。

 誰もが唖然としてしまうほどの威力の蹴りだったが、問題は加害者が何者であるかだ。

 地面を転がっていく夜来を見送り、視線をふと横に移してみる雪白。

「久ッさしぶりだねぇ~やっくん。どう? ハッピーしてたぁ?」

 そこには、チャラ男がいた。

 何というか、チャラ男以外の何者でもないチャラ男がいた。

 髪は茶髪に染めていて、ワックスを使いつんつんと立たせている。

ピアスやネックレスは当たり前のように着用しているし、パーカーについているフードを深く被っていて、風船ガムを膨らませては割っている。

とにかく、チャラ男だ。もはや尊敬できるレベルのチャラ男だ。

「んでんで? やっくんはまーた世ノ華のときみたいに悪人絡みの事件に首突っ込んじゃったのぉ? ホンット物好きだよねーやっくん。そんなことばっかしてたら、そのうち『サタンの呪い』の侵食速度も速まっちゃうよォ? あ、いや別に死んでいいんだけどねマジ。ホント僕的には君の葬式でタダ飯食いたいんだけどね?」

 けらけらと笑う茶髪の男は、地面に転がったままのやっくん……もとい夜来から目を離し、何が何だか分からないまま突っ立っている雪白にようやく気がついた。

「あれ? もしかしてやっくんの彼女?」

 雪白を指差して尋ねる。

「え? い、いや私は―――」

「はぁぁー、やっくんってば超絶美少女を自分の女にしちゃうとはねぇ。ふーんほーん。あ、僕は鉈内翔縁ね」

「あ、ああ、私は雪白千蘭だ。そ、それより、私は夜来の彼女でないぞ! 断じて違う!」

 両手を顔の前でジタバタと振り、彼女ではないと全力で否定してくる雪白を見物するように眺めて、鉈内はニヤリと笑った。



「彼女じゃないならさぁ。君、僕の彼女にならない?」



「―――ッッ!!」

 忘れてはいけない。

 雪白千蘭には『淫魔の呪い』がかかっているので、『男を性的に興奮させる雰囲気』を常に放出してしまっているのだ。

 つまりそれは、目の前にいる鉈内翔縁にも影響が出てしまうということ。

「可愛いねぇ君。君の容姿じゃモデルとかでも相手にならないんじゃない?」

 鉈内は、気味の悪い笑顔で雪白の頬に触れようとしてくる。

 もちろん、雪白は男性恐怖症という過去のトラウマの産物によって、ぷるぷると震えて動けないでいる。

 このままでは、雪白千蘭は傷つく。

 心も体も傷ついてしまう。

 だからこそ。

 彼は動く。

「―――チッ、クソ汚ぇ手で触ろうとしてんじゃねぇよチャラ男が」

 ドン!! と、雪白と鉈内の間に一瞬で割り込んできた夜来初三は、小さく呟いた。

 そして。

 チャラチャラとした格好が特徴的な鉈内の鼻ピアスなどを飾りつけている不愉快な顔面を鷲摑みし、そのまま墓地の方へ投げ飛ばす。

 結果。

 ガァン!! という、墓の一つに激突する鉈内の様子が想像できる音が鳴り響いた。

「ガッは! ゴホっガほッ!!」

 咳き込みながら倒れこんだ鉈内は、体を襲う激痛に苦しみの声を漏らす。

 しかし、すぐに純粋無垢な子供のような笑顔を浮かべて、アクション映画のような素早い動きで立ち上がった。

「いっててて。やっくん、相変わらず手加減ないよねぇー。つーか墓傷つけちゃダメでしょ~、死人がちょー迷惑してるよォ? いやホントマジ土下座しろよゴミ。死ね、ほんと死ね。死んでくださいお願いします」

「何だ? 何だよ? クソの分際で調子に乗りやがって、立場わきまえて口ぃ開けよドクソ」

 雪白が自分の背中に隠れたことが分かった夜来は、片腕を横に広げて、彼女を守るための盾のようにする。

「クソクソうるさいよゴミ野郎。いい加減ゴミはカラスの餌にならなきゃダメでしょ。っていうか、君の存在理由とか存在価値がいまだに分からないんだけどさ、ゴミと同じ君が生きてる理由ってなに? 生まれた理由は大気汚染とかなの?」

 肩をすくめて、鉈内はあからさまな挑発をしてくる。

「ピーチクパーチクうっせぇクソだよな、お前。つーかよぉ、ゴミ以下の価値すらねぇお前が他人をゴミって評価しちゃーダメだろ? あーあーあーあー、マジで立場ってモンを理解してからわめいてくれませんかねぇ、これだからクソは哀れなンだよなぁ。お前絶対あれだよねー? 仲いい先輩に対して馴れ馴れしくタメ口きいてみたら裏でシメられる奴だよねー? 相手との距離感測れなくて結局ぼっちになる痛い奴だよねー?」

「いやいやそれ君だよね? お前あれだろ? クラスの修学旅行に行く時の班決めではぶられる奴だろ? でも『別に修学旅行とかどうでもいいしー?』的なクールぶった態度取って活動班も生活班もはぶられるやつだろ? そんで結局、先生と同部屋になるやつだろ?」

「殺すぞクソが。お前こそあれだろ? 卒業アルバム読み返してみたら写真うつり悪くてブサイクになってるやつだろ?」

 その後、二人の間には少しの静寂が流れ出し、これで喧嘩は終了――――とはならなかったようだ。

「「―――絶対ェ殺す」」

 低い声音で唸るように呟いた二人の男達は、ほぼ同時にその場から消えた。 

 いや、消えたのではなく移動したのだ。

 雪白が気づいたときには、鉈内翔縁と夜来初三が境内の中心で激しい攻防を繰り広げていた。

 迫ってくる拳や蹴りを受け止め、受け流し、かわし、受け止める夜来は、『サタンの呪い』を使用していないようなので、ただの人間と同じ状態であろう。

 しかし、その身体能力は非常に高い。

 ストレートパンチから右左のカーブを描く連続フック。さらに肘や手のひらを使った攻撃や防御を自由自在に扱う姿は、どこか武人に見えてしまう。

 だが、鉈内も忍者のように空中を舞い、容赦のないアクロバッドな動きで空中での後ろ回し蹴りや二段蹴りを放ち、夜来にダメージを与えている。

「死んどきなよォ大気汚染の原因!! ついでに自分テメェの卒アル見返して泣いてこいよバーカ!!」

 鉈内の風を切って襲い掛かってくる真上からの踵落しが、夜来の頭部をしっかりとロックオンしている。

 しかし、

「わめいてンじゃねェぞこの豚がアアアアアアアアッ!! つか俺は卒アル自体燃やしちまっタッツーのおおおおおお!!!」

 その脚を片手で強引に掴み取った夜来は、その脚を使ってハンマー投げをするように鉈内自体を振り回し、境内の先にある本殿へ投げ飛ばしてやった。

「――クッソがっ!」

 鉈内は、勢いが弱まることなく本殿の壁を突き破ってしまう前に空中でバク転をして地上に足を着けることでブレーキをかける。

 すると、

 ザザザザザザッッ! という、必死に踏ん張って飛んでいく勢いを殺す音が生まれた。

「クソ風情のガキがツッパってんじゃねぇよ」

 静けさが戻ったタイミングで、夜来は無傷のままでいるチャラ男に中指を突き立てた。

「はかなく散れよドクソ。テメェみてぇなクソの居場所はここじゃねぇ、ゴミ箱の中だ。あと卒アルの話はやめろ。青春とかイントネーション聞くだけで吐き気すっからやめろ。マジやめろ。何か目頭熱くなるからやめろ」

「ゴミのくせして何言っちゃってんの? ゴミ箱って言ったら君のマイハウスじゃん。つか卒アルの写真に自分写ってないのは自己責任じゃない?」

 ピキリ、と夜来の額に青筋が走る。

 と同時に。

 右目の半分以上が白目も含めて黒く染まっていき、体からドス黒い魔力が放出された。

 うずを描くように天空に上がっていく魔力は夜来の全身を覆っていて、右目の周辺に存在している『サタンの皮膚』を現している紋様も徐々に大きくなっていく。

「―――ッ! 目が黒く……それに紋様も……」

 それを見た雪白は、『サタンの呪い』が発動していることに気づき、夜来がこれ以上呪いに侵食されないよう大声を上げた。

「夜来!! それ以上は危険―――」

「まったくじゃ、危険にもほどがあるじゃろうに」

 そのとき、雪白の横から呆れるような呟きが聞こえてきた。

 驚いた雪白が視線を動かしてみると、そこにはこの寺の持ち主であろうお人形のような可愛らしい少女、七色夕那が腕を組んで溜め息を吐いていたのだ。

 七色は金色の瞳を輝かせて面倒くさそうに、もう一度長い長い溜め息を吐き続ける。

 そして、すっと片手を突き出し、照準を合わせるように夜来に向ける。

「まったく、いい加減その短気な性格を直せバカ者が」

 次の瞬間。

 七色は首にかけていた着用している着物とは似合わない十字架のネックレスを掲げて、何やらぶつぶつと呟き始めた。

 すると、夜来の体から放出され続けていた魔力は霧散するように消え去っていく。紋様も目も、もとの状態に戻っていった。

 呪文のようなものを言い終えた七色は、十字架のネックレスを首にかけなおして、説明を要求してくる視線を向けている雪白に口を開いた。

「今のは悪魔祓いの一つじゃ。さすがにサタンが相手じゃから追い出すことは不可能だが、弱らせることは出来た。まぁ、結果があれじゃがのう」

 顎で、倒れこんでしまった夜来を指し示す七色。

 すると、雪白は一目散に夜来のもとへ走り寄っていった。

「おい夜来!! だ、大丈夫か!? 怪我とかはないだろうな!?」

「……あぁ。ちっと、キレて暴走しち、まったら、呪いに、やられたみてぇ、だな」

 区切り区切り喋ってくる状態からして、かなり疲労しているのだろう。

 雪白はゆっくりと彼を抱き起こすと、自分の膝を枕代わりにして寝かせてやる。

「良かったねぇやっくん。呪い使った結果が美少女の膝枕なんてさぁ。青春っぽくて結果オーライじゃない」

「おいコラ止めんかアホ! お主たちの喧嘩はいつもいつも終わりが見えん!!」

「―――あばッッ!?」

 バゴン! と、暴れまくった一人である鉈内に容赦ない腹パン、正確に言えばストレートパンチを腹部に放った七色は、うずくまっているチャラ男をこれでもかというぐらい見下してやる。

「どうせ、まーたお主から先に夜来に手を出したんじゃろう?」

「ち、違うって! 僕は親友との絆を深める為にちょっと蹴り飛ばしてやっただけで……」

「結局お主から手ェ出したんじゃろうがッ!」

 誤解を解こうとするように自分から堂々と自白したチャラ男は、七色に一喝されて大人しく正座をする。

 確かに、七色夕那が激怒するのも分かる。

 神聖な場所である寺の境内でド派手な喧嘩をされてしまっていたら、神様も迷惑することだろう。

 しかも、墓地の一部だってぶっ壊れていることだし、死人にも被害が出てしまっている。

 七色は袖の中から扇子を取り出して、パッと開くと、パタパタと顔に風を送り始めた。

「まったく、何が親友じゃ。いつもいつも顔を合わせれば本気で殴り合うようなお前たちの間に友情など存在せんわ」

「あっははは! 悪意は存在してるよー」

「その時点で親友なわけがないじゃろうバカ者!」

 激昂した七色は、自身の腹部に手を当てながら苦しそうに苦笑いしている鉈内翔縁に向かって、驚愕する事実を口にした。

「翔縁、お主もいい加減わしの子供だという自覚があるのなら少しは大人しくなれ。でなければ、一人前の『悪人祓い』になることもこの寺を継ぐことも不可能じゃぞ」

 

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