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チャラ男と少女

「まったく、あの不良息子のツンデレ度は高すぎなのじゃよ。もう少し、デレのほうを多くして欲しいものじゃ」

「俺は結構アイツのツンツンはすきだけどねぇ。あ、そうそう。アイツ今日、学校来てたんだけどさ、何か雪白に連れて行かれたーとか言ってふてくされてたんだよ。本当は学校これて嬉しいくせにさー」

 広大な敷地を誇る七色寺の内部に存在する、来客用の部屋で茶を飲みながら話し込んでいる幼女(見た目)と女性教師。

 つまり七色夕那と速水玲である。

 既に学校は放課後という時間帯なので、速水は別に仕事を抜け出したり首になったわけでもない。真っ当に己の職務を終えてから親友の七色夕那のもとへ遊びに来ただけである。

 七色は七色で己の職場である七色寺の掃除や仏像の手入れなどをし終えているので、今は彼女達のプライベートタイムと言えよう。

「そういえば、鉈内の様子はどうだ?」

「相変わらずじゃよ。チャラチャラチャラチャラしておって、もうそろそろチャラチャラからジャラジャラに変化しそうな勢いじゃ」

「ほほぉ、さしずめ『ジャラ男』と言ったところかね?」

「そうそう。ジャラ男じゃジャラ男じゃ!! もうそろそろチャラチャラとした首にかけてるネックレスはジャラジャラの鎖に変化しそうなのじゃよ! もう心配で心配でしょうがないんじゃ」

「はは! ニュー時代はジャラ男決定だな」

 だんだん鉈内を攻撃するような内容へ無意識に会話のベクトルを変化させている二人。彼のチャラ男具合から日頃の些細な失敗までを話のタネとして、がはははと盛大に笑い合っている。

 しかし、そんな話題で楽しまれてもいい気持ちにならないのが、

「僕を傷つける話するのやめてくんない!? マジでもうメンタル原型とどめてないんですけど!!」

 そう、本人である。

 さすがに話し声が大きくなっていたようで、どうやら鉈内翔縁本人の耳に入り込んでしまったらしい。扉を開けて入出してきた彼は、自分の茶髪をガシガシと掻きむしった後、さんざん馬鹿にしてくれた二人に向けて言い放つ。

「だいたい、速水さんも来てるなら来てるで僕に挨拶ぐらいして欲しいもんだよ。ちょっと失礼じゃない?」

「失礼を極める事こそが今年の目標だからな!」

「アンタもう教師やめなよ」

「ところで翔縁、ちょうどいい頃に来たのう。ちょっと頼みたいことがあるんじゃ」

 なに? と首をかしげる鉈内。

 七色は懐から自身の財布を取り出して、福沢諭吉が描かれた一枚の紙幣を手にとってこう言った。

「これで駅の中にあるショッピングモールで買い物をしてきて欲しいのじゃ。なーに、余った分はお主が使って良い。ただ、今晩の一週間分の食材は買ってきてくれ」

 スラスラとおつかいの品をメモ帳に記し、それとセットで一万円を鉈内に託す。

 鉈内翔縁は露骨に嫌そうな顔をする。

 しかし最終的には少々面倒くさそうにしながらも、七色の頼みならば仕方ないと納得し、

「わかったわかった面倒くさいけど行ってくるよ。速水さんも適当に帰りなよ? 具体的には僕が帰ってくる前に」

「ほう、言うようになったな若造が」

「じゃあアンタ年増じゃ―――」

「あァ!?」

「すいませんすぐに行ってきます!!」

 鬼の威嚇に尻尾を巻いて逃げ出していった鉈内翔縁。逃げ足だけは大したものだった。

 速水は咳払いをしてから七色に向き直る。

 その表情はどこか敵軍に攻め込む前の大将のように真剣なものだ。

「それで、そろそろ本題に入ってくれてよいぞ? その為に翔縁を追い出したのじゃからな」

 七色夕那が急かすようにそう言った。

「ほう、気づいてたか。さすが俺の大親友だね」

「お主のことなど表情一つで透き通せるわ」

「はは、それは頼もしい。でだ。今日、君のところへ来たのは、まぁ友愛を深めるためでもあるんだが……もう一つある。それが……」

 指を一本立てて、速水は告げる。

「私のクラスの女子生徒の一人に呪いがかかっている可能性がある」

「……それはまた、面倒なことじゃのう」

 夏休みの宿題を前にした子供のように言葉を返す七色。

 速水も同感だと言わんばかりに頷いた。

「ああ、まったくだ。でもまぁ確かに、その女子生徒の過去はかなり……ひどいものなんだよ。私は担任だからいろいろと知ってるが、基本彼女のことは知らない者が多い」

「なるほどのう。雪白のように長年の男に対するトラウマから『男を憎む』悪を抱いたり、世ノ華のように家庭環境がひどい故に『滅亡させる』悪を背負ったりするような可能性がある過去、なわけじゃな?」

「そうそう。ほら―――『プリンセススター号襲撃テロ事件』ってあったろ? その女子生徒、それの生き残りなんだよ……唯一の、ね」

 プリンセススター号とは、三年前に開発された豪華客船の一つである。基本的に乗客員は国のお偉いさん方や強力な権力を握る者達、その関係者などばかりなので、世間では『選ばれし船』とも呼ばれていた。

「ああ、あの一人の少女を覗いた乗客全員が死んだというテロ事件じゃな」

 そう。

 そのプリンセススター号を襲った悲劇は二年前のこと。

 日本中の政治的地位が高い者達とその関係者全員―――合計五百人で行われた大規模なパーティーが、太平洋に浮かぶプリンセススター号で当時行われていた。当然、パーティー出席者はどれもこれも大物揃い。

 だからこそ、プリンセススター号はテロの被害に遭ったのだろう。

 しかし結局、そのテロ実行犯達は籠城に近い抵抗を見せていたが、海上自衛隊や警察達の活躍のおかげで事件は一日で終結―――には、ならなかった。

 いや、確かに事件は一日で幕を下ろした。

 その点は何も間違っていない。

 しかし、その犯人達を含めて『プリンセススター号襲撃テロ事件』がどのような終わりを迎えたのかは明らかに……異常なのだ。

「そう。あの―――『「犯人」も含めて乗客の「一人」を除いた全員が死体』になってたっていう、不可思議な事件だ」

「そして、その唯一の生き残りの少女が、お主の担当のクラスにいるのじゃな?」

 速水はタバコを取り出して、火を付けてから大きく吸い込む。

 そして口から長く煙を吹き出してから、

「ああ―――唯神天奈っていう奴だよ」




 雪白千蘭は学校も終わったので帰路を一人で歩いていた。いや、今回は帰路とは言えないかもしれない。なぜなら、今日は夜来初三のマンションに宿泊するからだ。

 故に、楽しみで一杯の彼女の顔には美しい笑顔が張り付いている。

(や、夜来の家に泊まるのはこれで二度目だな。今回はまずあれとかこれとか……)

「雪白。ちょっとニヤニヤしすぎよ」

 と、いろいろな妄想を広げていってしまう彼女だったが、ふとかけられた声に振り返った。

 そこには白いワンピース姿で白金の髪を肩まで伸ばした美少女―――雪白に憑依している怪物である安診・清姫伝説の清姫がいた。

 彼女は驚いている雪白の隣に並んで歩き出す。

「お前が人間界こっちに出てくるとは珍しいな」

「まぁね。私たち怪物は人間界に出ると存在力が奪われちゃうから、出てこない奴らが多いのよ。まぁ、あの初三好き好きサタンレベルの怪物なら、一日くらい問題ないんでしょうけど」

 清姫はそこで口を閉じる。

 そして隣を歩く雪白の顔をじーっと凝視する。

「なんだ? どうかしたのか?」

「……あなた、学校で初三に絡んでる男子生徒をボコボコにしたじゃない? あれはちょっと、やりすぎよ。今後は止めておいたほうがいいわ」

 突然の思いもよらない発言に目を丸くする雪白。

 それもそのはず。

 本来、男を嫌っている清姫が『男子生徒』を庇うようなことを言うなど、理解不能で当然だ。いつもの彼女ならば『殺しちゃえば良かったのに』ぐらいは口にするはず。

 なので、雪白は尋ねてみた。

「お前が男の味方をするとは、一体どういうことだ?」

「違うわよ。あの男に関してはもっとボコボコにしても良かったと思ってるけど、そんなことしたら嫌われちゃうわよ?」

「誰に?」

 小首を傾げた雪白に、清姫は溜め息を零して告げる。

「初三によ」

「ッ!!」

 ようやく彼女が伝えたかったことを察した雪白千蘭。

 悔やむように額に手を当てて落ち込んでしまう彼女の姿は、リストラされたサラリーマンのように暗くて重い。

 しかし清姫は追い打ちをかけるように説明を行う。

「初三はあなたが暴力を振るうのを見て、いい気持ちを持つと思う? これで分かったでしょ。私もあの気に入らない男共は殺してやりたいけど、初三の前では自制したほうがいいわよ。彼に嫌われちゃってもいいの?」

「べ、別に夜来を好きだとか、そういうことは言ってないだろう。か、勝手に勘違いをするな」

「まったく、あなた態度でバレバレよ? そんなんじゃ、鬼の娘のほうに初三を取られちゃうでしょうね」

「なっ! だ、ダメだ! 世ノ華にはやれん! 絶対にやれん!!」

「はいはい、なら努力しなさいな。私はあなたの味方だから」

 さらりと受け流すように清姫は言葉を返して、雪白の体内へ幽霊のように戻っていった。残された雪白千蘭は、一人立ち止まりながら頬を赤く染めたままだ。

「……急ぐか」

 気持ちを切り替えるように頭を振ったあと、そう呟く。

 走りだす。目的地は夜来初三が住んでいるマンションの一室だ。





「ったく、人使い荒いよなぁ夕那さんは」

 愚痴るように、そうぼやいたのは茶髪にパーカーが目立つ少年。つまり鉈内翔縁なたうちしょうえんだ。

 七色夕那ななしきゆうなとの約束通り、駅の中に存在するショッピングモールへ足を運んでいる彼は、面倒くさいと言わんばかりの溜め息を何度も零している。

 しかし。

 そうやって態度では嫌がりながらも、彼は七色夕那の頼みとあらば、どれだけ面倒くさいことだろうとどれだけ疲れることだろうと最終的には承るのだ。

 なぜなら、

(ま、夕那さんには感謝しきれないほどの恩があるし、別にいいけど……)

 彼は七色夕那に幼少の頃から育てられた恩を忘れていないからである。おそらく、夜来初三も七色には親代わりになってもらっている故に、彼女の頼みとあらば何だろうと聞くだろう。

 しかし鉈内は夜来以上に七色には感謝している。

 ありがとう。

 と、何度繰り返しても足りないくらいの面倒を彼女は見てくれた。特に幼い頃に捨てられていた鉈内翔縁は一番彼女との付き合いが長い。……それはつまり、一番彼女のお世話になったということでもある。

 だからこそ。

 鉈内翔縁は七色夕那の為ならばなんだって行えるのだ。

 それだけ、彼女からは『優しさ』を貰ったから。

「……にしても、駅までちょー遠い。もうマジで遠すぎ。あと何分かかるんだろ」

 上を見上げれば、まだ落ちていない輝く太陽が顔を出している。

 日光は想像以上に強い。

 なので、彼はパーカーのフードを深く被って身を守ることにした。

「ん?」

 そこで気づいた。

 既に市街地には到着していて、どうやら現在地は目的地の駅まで近くなっているようだった。しかし彼が気づいたのは歩いている風景が変わったことではなく―――幼い女の子が、裏路地で数人の不良に脅されている光景だ。





「お願いだよ可愛いお嬢ちゃーん。お兄さんたちさぁ、お金なくてちょー困ってんだよね。だからお嬢ちゃんの持ってるお財布ちょーだい?」

「つーかこのガキ、結構見た目よくね? なんだったらちょっとやっちまおうぜ」

「うわー、お前ロリコンかよ。ちょっと普通に引くぜ。でも、確かにガキの体もどんなもんかは知りたい気もするよなぁ」

 ぎゃははは、と下品な笑い声を上げている三人の不良。

 そして。

 彼らに囲まれてブルブルと震えている小学六年生ぐらいの小さな女の子。

 長い亜麻色の髪をツインテールにしていて、恐怖で涙が滲んでいるオレンジのような明るい瞳。その可愛らしい外見からか、不良達に囲まれている光景はとても悲惨なモノに見えてしまう。

「た、助けて……」

 女の子はかすれる声で言った。

 しかし誰も助けにはこない。

 が。

 通行人は気づいている人がたくさんいるのだ。しかし誰もが面倒事に関わりたくないからか、不良が怖いからかは知らないが、見て見ぬふりをして通り過ぎている。

 何たる悲しきことだろう。

 腰抜けばかりの人間だ。

 しかし、その腰抜けばかりの通行人が蠢く中で、一人の少年だけが行動を起こした。

「……ねぇ」

「あん?」

 背後から聞こえた声に振り返る長身の不良。

 そこには茶髪の髪をワックスで立たせていて、フードを深く被っている今時のチャラチャラとした格好の少年がパーカーのポケットに手を突っ込んで立っていた。

 彼の外見が癇に障ったのか、長身の不良は声を荒げて胸ぐらをつかみあげた。 

「ムカつく野郎だなァ。なんなんだよテメ―――」

「いきなり胸ぐら掴むとか、テメェがなんなんだよ」

 ドム!! と、茶髪の少年のボディブローが不良の腹に押し込まれた。しかも威力は絶大だ。がはっ!! と血の塊を吐き出したので、おそらく内蔵まで届いていたのかもしれない。

 長身の不良は茶髪の少年の足元に崩れ落ちた。

「て、テメェ、いきなりなにしてやがんだ!! あぁ!?」

「ぶっ殺すぞ三下がァ!!」

 残る二人の不良達も現状に動揺を持った声で威嚇する。まるで猿のようにキーキーキーキー喚いているが、茶髪の少年は気にする素振りがない。

 と、その態度に腹がたったのか、残る二人の内一人の金髪の不良が彼に襲いかかっていった。

「なに余裕ぶっこいてんだよコラァ!!」

 大ぶりの右フックだ。

 しかしその動きは明らかに素人とは思えないほどに綺麗なので、もしかしたらボクシングでもかじっているのかもしれない。

 だが、茶髪の少年は避ける気配すらない。直撃すればかなりの怪我を負うというのに。

「なるほどねぇ」

「―――ッな!?」 

 ガシッ!! と、茶髪の少年はその右フックを片手で受け止めてしまった。確かにこれならば回避する必要はない防御の仕方だ。いや、少年にとっては回避するまでもないからこそ、受け止めただけかもしれないが。

「あの気に入らない前髪野郎が言うところの、『ちっぽけな悪』とか『くだらない悪』っていうのはこういう奴らのことを言うんだねぇ。うん、マジで勉強になったわー。ってことで―――散れよゴミ」

 瞬間、茶髪の少年の拳が金髪の不良の顔へ叩き込まれた。しかしそれだけでは終わらずに、次々と新たな攻撃が彼には降り注がれる。具体的には腹や顔を容赦なく膝蹴りされて口から嘔吐し、最後の最後には二メートル以上蹴り飛ばされてしまった、という結果である。

「な、なななな何なんだよお前はぁ!! い、いきなりこんなこと、し、しししやがってぇ!!」

「んー? あはは!! そんなビビられるとマジで僕、僕自身に引くわー。ってかさぁ、君たちって結構幸運なんだよ? もしも僕が、どこかの前髪長くて日傘さした全身黒ずくめの男だったら、マジ君たち死体決定でちょーウケるだったんだよ? できれば感謝してくれると嬉しいんだけどなぁ」

 茶髪の少年はフードから顔を出した。

 その表情はニコニコしていて人当たりが良さそうだが……明らかに『笑顔』でないことは分かる。確かに笑顔ではあるが、笑顔ではないのだ。

 

 目の前のクズをボコボコにして死体に変えてやりたい、と思っているレベルの怒りを押さえつけるために、わざと『自分を騙す』為に笑顔の形をした仮面を被っているだけなのである。


 その恐怖を感じる笑顔という名の仮面を向けられている最後の不良は、膝を豪快に震わせている。その様を見て無邪気な子供のように笑う茶髪の少年は楽しそうに言った。

「あっははははははは!! そんな震えないでよ、マジで僕悲しくて泣いちゃうよー。ってかてか、こーんな小さな可愛い女の子カツアゲするとか、マジありえなくない? ちょーひくわー」

 まだ震えたままの女の子の傍に近寄って、小さな頭をポンポンと撫でてそう言った。

 しかし不良は無理がある言い訳を口走った。

「た、ただ、ちょっと気分でやったっだけで―――」

「気分でカツアゲするんだぁ、へぇー。君ってば本当ラッキーだったね。僕じゃなくて、マジでやっくんの前でそんな言い訳したら百パー殺されてたよ? あははは! 大丈夫大丈夫、僕はやっくんほど残忍じゃないから、死にはしないよー」

 茶髪の少年は最後の不良のもとへニコニコとした笑顔を浮かべたまま歩いていく。

 ただし。


 そのいつも浮かべている笑顔は一瞬だけ―――鬼神の如き恐ろしいモノへ豹変した。



 扉の前で深呼吸を行っている一人の少女。膝まで伸びた神秘的な長い白髪を片ポニーテールにしていて、瞳はルビーのような赤。さらに世の女性全員が目指すような、胸は大きく腰は細くて足はモデル顔負けとだろう、完璧を超えた完璧以上の身体。

 以上の目立つ容姿からして、彼女は雪白千蘭だということが分かる。

「すーはー、すーはー……。よ、よし!」

 最後の深呼吸活動を行ってから、意を決しインターホンを鳴らす。

 ピンポーン! と、高い呼び出し音がなると同時に、その呼び出し音を鳴らした張本人である雪白千蘭の全身がビクリと跳ねる。

(お、押してしまった! 押してしまった押してしまった!!)

「待ってろ! 今開ける!!」

 内心大慌てである彼女を神様は待つことはないようだ。すぐにこの部屋の主である少年の声が玄関先に向けて響いてきた。

 ガチャリ、と扉が大きく開かれる。同時に会いたかった少年の姿も現れた。

「お、お邪魔するぞ」

「開口一番に邪魔するってお前、最低だな」

「社交辞令だ!!」

 いつも通りの会話を行って緊張がほぐれたのか、雪白は普段のキリッとした表情に戻る。夜来には何の心の乱れがないのか、いつも以上にいつもらしい対応だった。

 リビングに向かう二人。到着早々、夜来はお気に入りの白ソファにダイブして休息を取り始める。

 すると。

 その行動を見ている雪白千蘭の頬は可愛らしく膨れ上がった。

(や、夜来は確かに、他の男と違って私に迫ったりしないのが良いところの一つだ。そこは私も感謝しているし素直に長所だとも思う。が……)

 雪白の言いたいことはもっともだ。

 夜来初三は信用できる男である。女性を無理やり襲うような真似は絶対にしないと断言できるだろう。 しかし。

 彼は明らかに意識しなさすぎるのだ。

 現在この部屋には雪白千蘭という絶世の美少女と二人っきりの状態。ならば、多少の動揺や頬を赤らめる程度の反応をするのは男ならば当然のはずだ。いや、しないほうがおかしい。

 だというのに。

 夜来初三は雪白千蘭という美少女がすぐ傍にいるのにもかかわらず、何の反応も見せずに白ソファの上でぐーすかと眠りに入っているのだ。

(むぅ。少し腹がたってきたぞ)

 彼女はソファで眠る少年に近づいていき、肩を数回叩いてから言った。

「おい夜来。今日の約束を忘れたわけではあるまいな」

「……ああ、泊まってけ泊まってけ……」

「そ、そうだ。私は今日泊まるぞ。絶対に泊まるからな? 文句はないな?」

「ないない……わかったから寝かせろ」

 ここまで『泊まる』アピールをしても納得がいく反応は皆無。さすがに雪白も諦めたのか、溜め息を一つ吐いてしまう。

 しかし、彼女はあることを閃いた。

「そうだ……!」

 呟いた彼女の表情はどこか嬉しそうだ。

 雪白は夜来が寝転んでいるソファに座り、彼の頭を自分の膝の上へ置く。そう、男の憧れるイベントナンバースリーにも入ってそうな、膝枕という行為だ。

(ふふ。ここまでやればさすがにコイツも意識するだろう……さすがに女のプライドが私にもあるしな)

 心で勝ち誇った笑みを浮かべている雪白千蘭。

 しかし問題の彼は自分を見下ろしている雪白を見上げて、

「……んあ? ちっと高さが低い気がすんぞ。もちっと上げろ喧嘩売ってんのかバーロー」

「文句!? 女子に膝枕されたというのに文句を言ったな!? 貴様は本当に思春期真っ只中の男子高校生かっ!?」

「いや、だって膝枕って思ってたより首痛ぇんだよ。ぶっちゃけ普通の枕のほうがいい」

「な、なんだこの図々しさは……」

 二度目の溜め息を吐いた雪白千蘭。

 どうやら彼には膝枕という最強の攻撃をも無効化されてしまうらしい。

 しかし、自分の膝の上で眠っている彼の様子を眺めていると、思わず笑みが零れてしまった。雪白は彼の黒髪を撫でながら優しげな声で尋ねる。

「どうだ? 意外と私の膝はまんざらでもないだろう」

「……まぁ、そこそこ眠りやすいな。つーかお前、俺なンかを膝に乗せて気分いいのかよ」

「ああ、私はかなりこの行為にハマったぞ。お前はどうだ?」

「……悪くはない」

 相変わらず素直じゃない返答に、雪白は苦笑する。

 しかし今更ながら、この光景を第三者の人間に見られた場合には確実にカップルと思われよう。いや、バカップルか。

 そんなことを思案しながら、徐々に寝息を立てていった夜来の頭をなで続けていた雪白だったが、ここで予想外のハプニングが発生した。

 それは、


「呼ばれて飛び出てサタンちゃーん!!」


 突如、雪白の膝の上で睡眠中の夜来の身体から飛び出してきた銀色の影。それは真上の天井に向かって飛んでいき、直撃した瞬間、跳ね返るように真下の夜来の胸へ激突する。

「うわ!!」

 咄嗟に回避した雪白千蘭だったが、目を閉じていた夜来はもちろん避けることなど不可能だったので、銀色の影がぶつかってきた衝撃に悲鳴を上げる。

「ぐああああああああああああ!! む、胸が砕けたぁぁぁああああああああ!!」

「な、なんということだ!! 一体どこの輩が我輩の小僧に手を出したのだ!?」

「お前だよ!? 何か俺の味方的なこと口走ってるけど何もかもがお前のせいだよ!?」

 自分の胸の上で馬乗りの体制になっている銀髪の少女、大悪魔サタンに向けて夜来は的確な突っ込みを入れる。しかし彼女は聞く耳を持たないので、

「そういえば、今の衝撃で処女をなくしてないだろうな? 小僧の処女も尻も我輩が頂くのだから大事にしろ」

「テメェにケツ掘られてたまるかよ!! つか俺は男だクソが!!」

「そうやって照れるな小僧。ま、どんな表情も我輩の好物だけど」

「照れてねぇよ!!」

「まさか誘っていたのか!?」

「誘ってもねぇよ!!」

 彼らのやり取りを眺めている雪白は、どこか不満そうな声で言い放った。

「で? なぜサタンはこのタイミングで出てきたんだ?」

「だって、ほら。小僧が夜は出てきていいって言ってくれたんだもん」

 嬉しそうに返答を返したサタンは、窓の外を指し示していた。雪白も夜来も視線を向けてみると、確かに日は完全に落ちてしまっている。

 納得した雪白だったが、少々、気に入っていた時間を妨害されたことに対する不満は消えていないようである。

「……あ」

「ん? どうした夜来」

「弁当どころか晩飯の材料すら、今ねぇことに気づいた」

「っな!?」

 ギョッとした雪白は、即座に冷蔵庫のもとへ駆け寄って中身を覗く。そこには彼の言うとおり、食材どころか飲み物さえもすっからかんな、砂漠地帯そのものだった。もはや冷蔵庫の存在理由さえも奪われている。

「まったく、ならばどうするのだ? 材料がなければ晩ご飯は抜きになるぞ」

「……チッ。ちっとばっかし待ってろ。適当に材料も含めて、駅のショッピングモールでいろんなもん買ってくる」

「小僧小僧! 我輩も行く我輩も行くぅ!」

 立ち上がった彼の背中には、サタンがコアラのように抱きついたままだ。さらに彼女はよじよじと夜来の背中から肩まで這い上がっていき、肩車の状態になる。

「しかし、私もついていったほうが……」

「お前はここで留守番してろ。すぐに戻ってくる」 

 ほぼ無理やり肩車させられた上、頭をぺちぺちと叩いたり撫でたりしてくるサタンの影響によって、苛立った声になっている夜来。

 渋々肩車を続行したまま玄関へ向かっていった彼の後ろ姿を見つめていた雪白の顔には、またまた不満が蓄積された跡が盛大に残っていた。

 

 

こんなチャラ男なら私は全然大歓迎ですね

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