通常時ならば話は別
結論は必然的なことだった。
ライオンにネズミ二匹が敵うわけがない。魔王に村人二人が太刀打ちできるわけがない。同じ道理だった。そういった絶対的な格の差が生み出す結果と同じ現象だった。
上岡真。
彼の傍には『女のような』肉塊が地面のシミに変わるように転がっている。イクラのように小さな赤い塊の集合体は肉だろうか? あのビニールテープのような糸は神経というやつだろうか? ぐちゃぐちゃになっているワタのようなものは髪の毛だろうか?
どちらにせよ。
三浄蘭だった肉体は、既に生ゴミへと変化していた。
「……で、由堂さんも死んじゃいましたか?」
上岡が振り向いた先には、フェンスに背中をあずけている状態で倒れている由堂清がいた。ここは夜来初三の自宅があるマンション前だ。周りには駐車場を囲むためのフェンスがあって、近くには自転車駐車所がある。
由堂清はピクリとも動かない。
もはや息の根が止まっていたようだった。
「ありゃりゃ、僕としたことが殺しちゃいましたか? いけないいけない。また拷問用に連れて行くつもりだったんですけど、こりゃーいけない」
言うほど焦っている様子はなかった。
彼はハハと軽く笑うと、踵を返して立ち去っていく。おそらくは夜来初三のほうへ回る気なのだろう。それでも一応、由堂清達の死体は回収させるよう部下へ連絡しているのか、携帯電話を取り出していた。
電話する気なのだろう。
だから、彼はそれに意識がいって気づかなかった。
ドスン!! と肉を貫通した生々しい音でようやく気づく。
「……え」
呆然とした上岡は、思わず視線を下げてみた。胸のあたりに何かがある。ちょうど胸のド真ん中から、白銀の長い塊が生えていた。
いや、違う。
それは生えたのではなく、突き刺さったのだ。
猛烈な速度で飛んでいった長剣が、上岡真の体を串刺しにしたのだ。
背中から入って、胸から顔を出している長剣。そのギラリと輝く刀身を最後に確認して、上岡はゴポリと口から吐血を漏らした。引き結んでいた唇から、勝手に赤い液体がポタポタと落ちる。
彼は、ゆっくりと後ろを振り向いた。
そこには、
「ぜぇー!! はぁー!!」
息を荒げながらも、こちらを嘲笑してきている由堂清。彼の格好は槍投げをした後のように、『何か』を投げたあとのように前のめりになっている。その隣には、片腕をなくして全身血まみれの三浄蘭が立ち上がっていた。
嫌でも分かった。
上岡はポツリと呟く。
「死んだ、ふり……ですか……ずる賢いことで……」
「あ、ったりめェだろうがよぉ!! お前と真正面からやりあえるか!! お前とは戦ったら負け。それは理解してんだ、嫌ってほどにな。だから俺らは『戦わない』でお前を殺すしかねえだろうが!!」
「ま……おか、げで片腕なくなって顔とかぐちゃぐちゃだけど……ね……!!」
由堂清と三浄蘭。
彼らが告げたことは正解だった。上岡真には鼻から勝てるとは思っていない。故に戦った時点で敗北決定なのだ。
では、どうするか? どうやって勝つか?
答えは簡単だ。
「お前が『呪いを使っていない』状態―――通常時を狙って暗殺すればいいんだよ!! お前が『怪物人間』なんて力を使ってない、呪いなんて使ってない、刀なんて抜いてない『丸腰』を狙うしかねえってんだ!!」
由堂清の大声が響く。
上岡真の手から、持っていた携帯電話がズルリと静かに落ちた。地面へ二回ぶつかって転がり、液晶画面には亀裂が走る。まるで上岡の命にもヒビが入っていることを示すようだった。
由堂達の考え方は正しい。
上岡真は常に呪いを使っているわけではない。それは夜来初三も同様だ。常に呪いを使用していることなんて、『戦っている最中』以外じゃそうそうない。
故に。
戦いが終わって、『呪いを使っていない通常時』に戻った上岡真にならば攻撃は効く。
刀を鞘に収めた侍に何ができる? 何もできない。それと同じことだった。『千の呪いを一切使用していない通常時』へ切り替えた上岡真は『ただの人間』なのだ。能力を使っていないのならば、もはや恐れることはない。
よって。
『千の怪物を身に宿した千の呪いを扱う悪人』・『怪物人間』は、生気が消えていった表情になっても笑顔を維持し、バタリと静かに倒れふした。
・・・まさかの事態ですね(笑) あのスマイルが倒れました(笑)




