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貪欲過ぎる悪

 豹栄真介は背中から一対の土色の翼・ウロボロスの翼を生やした。『ウロボロスの呪い』にかかっているからこそ得られる、怪物のチカラそのものである。

 そして。

 豹栄はズラリと並んだ血に飢えた歯を見せびらかすように笑って、

「挽肉にしてコネてやるよ、クソ野郎」

 翼の先端が弾丸のように突き進んでいった。まるでミサイルのように風を切っていく土色の翼は、もはや一種の破壊兵器である。直撃すれば、間違いなく昇天して心臓が止まるだろう。

 だがしかし。

 翼が喰らいに行っている獲物、『エンジェル』の尊宮瞬は溜め息を吐いて、

「ダルイ……」

 呟いた瞬間。



 バサリ、と尊宮瞬の背中から『ウロボロスの翼』が生えた。



 さらに、その翼は豹栄真介の突っ込ませた翼と激しく激突し、お互いが弾き返される。爆音を上げて翼と翼は跳ね返って静かに蠢いていた。

 その唖然とする現象を前にしていた豹栄といえば、

「っ……!?」

 当然ながら開いた口がふさがっていなかった。あの翼は自分と同じ翼。土色でゴツゴツと凹凸がある、ウロボロスという不死身の竜の体の一部だ。その形も色もクセも、全てが全て豹栄真介に宿るウロボロスという怪物だったのだ。

「ま、驚くのも分かる」

 尊宮瞬。

 豹栄と同じ翼を生やした彼は肩をもみながら、

「俺は『魔術』が使える悪人なんだよ。今のはお前の力をコピーしただけ。あんま気にすんな」

「……悪人だと。なんの『呪い』にかかってやがんだ、あ? パクリ好きな雑魚なんだろうけど、一応聞いてやる」

「『オーディンの呪い』」

「っ!」

 オーディンは、北欧神話の主神にして戦争と死の神。詩文の神でもあり吟遊詩人のパトロンでもある。魔術に長けていて、知識に対し非常に貪欲な神であり、自らの目や命を代償に差し出すこともあったそうだ。

(オーディン、か。コイツ、相当厄介なアホだ。確か上岡さんが言ってたな……オーディンは魔術を極めた怪物。故に多種多様な攻撃を繰り出してくるので危ない……だっけか)

 豹栄真介が警戒したそのとき、尊宮が肩をすくめて話し始めた。

「まぁ、でも『オーディンの呪い』のチカラって案外簡単な作りなんだよ。魔術を扱うには『代償』を払う必要があんだよね。神話の中でも、オーディンは片目を代償に魔術を得ている。だから俺も、魔術を使う度に代償を払ってるわけ」

 例えば、と付け足した尊宮は右腕の袖をまくってみせた。

 そこには、

「ほら」

 手首から肘まで、深い切り傷が出来上がっていた。肉や神経をぶった切っている痛々しいものだ。その骨まで見えそうになっている深い傷が、いわゆる代償なのだろう。『豹栄真介の「ウロボロスの呪い」をコピーした』―――という魔術の代償なのだ。好きな現象を発生させられる代わりに、何かしらの代償を払っている。

 千変万化の力にみえて、デメリットも存在する怪物の力だ。

 まぁ、何にせよ、

「面倒くさいことに変わり無いか。チッ、何でこの俺がこんなことしてんだっての」

 吐き捨てた豹栄真介の背後には大柴亮がいる。彼は出来るだけ距離を取っているが、逃げようとする様子はない。なぜなら理由は簡単で、単純にプライドが許さないのだ。杖つきの自分でも出来ることがあるはず。

 故に、

(……代償を払って魔術を使う怪物の力か。何か穴があればいいが)

 冷静に分析を開始していた。前回のように下準備をして戦っている状況じゃないので、木崎仁を倒したような手はない。今は豹栄真介と自分二人だけの駒で勝ちを得るしかない。

 と、大柴亮に上から下まで凝視されている尊宮瞬は、急に肩を落として溜め息を吐いた。

「俺はさ」

 彼は空を見上げて、もう一度息を吐く。

「俺はさ、昔から知識を詰め込まれてきたんだよ。家がいわゆるエリート一家みたいなのでさ、まぁ、学校も成績トップじゃなきゃ殴られた。で、俺は俺に憑いてる『オーディン』と同じで知識に貪欲になったんだよ。だって知識がなきゃ親に殴られるから、怖いから、必死に知識を詰め込んだ。テストなんて百点しか取った覚えがないくらいな」

 そこが、共通する『悪』なのかもしれない。知識に貪欲になった思考こそが、尊宮瞬とオーディンを一つにしている共通する部分なのかもしれない。

「知識に貪欲……そこが悪だ。知識を詰め込もうとするのは悪じゃないだろう。けど、俺もオーディンも貪欲なんだよ。とにかく知識を欲しがった。―――何をしてでも知識を手に入れたんだよ」

「……何をしてでも、だと?」

「ああそうだ。俺は学校の勉強は中二の時には高校卒業レベルまで知識を得た。つまり覚えることの大半がなくなったんだよ。でさ、だから俺は新しい知識を求めた。科学も宗教もジャンルなんてない。ホントに、この世の全ての知識を蓄えようとした」

 尊宮はそこで苦笑した。

 馬鹿馬鹿しいことを嘲笑うように、笑った。

「だけど唯一触れたことのない知識があった。それが父親の仕事だった脳医学だよ。人間の脳ってのは不思議な可能性が眠ってるってよく父親は言ってた。だからさ―――知識に貪欲だった俺はやっちゃったんだよ」

 何を、とは言うまでもなかった。

 豹栄も大柴も、黙って耳を傾ける。



「家族全員の頭をノコギリで切って、脳みそを取り出して生鑑賞しちゃったんだよ」



 この瞬間。

 豹栄真介も大柴亮も、『知識に貪欲』という部分が悪だと理解できた。脳の知識が欲しいあまりに、貪欲なあまりに、家族の脳みそを取り出して知識を得ようとした貪欲さは完全な悪だった。

 ―――貪欲過ぎる悪。

 それこそが、

 怪物・オーディンと、悪人・尊宮瞬を一つにしている悪だった。

「だからさぁ。豹栄真介、大柴亮。俺は知識を得すぎて、毎日毎日『面倒くさい』んだよ。見るもの全部の知識を持ってるから、退屈で暇だったんだよ。答えが書かれた紙を片手に、テストを受けてる毎日なんだよ。答えを知ってる毎日すぎて、何をするにも面倒くさいんだよ」

 でも、と含み笑いを込めて、

「今は面倒くさくない。豹栄真介、お前は俺と同じ悪人だ。妹を守るためだけに自分すらも悪役にして人生を投げ捨てた悪人だ。その神経が分からないよ、俺には。どうしてだ? どうして妹―――しかも義妹なんて血ぃすらも繋がってない他人を助けるために、お前はどうしてそこまで黒く染め上がるんだ? 家族を殺した俺には分からない。お前と違って、家族なんてモンは知識を得るための道具に過ぎなかった俺にはお前の脳が分からない。だからお前の脳の構造を知りたい! 知識が欲しい! それこそが俺の行動源だ。はは、楽しみだなぁ。どんな思考回路で妹一人を守る為に動いてんだろう」

 おもちゃを観賞するような調子で、豹栄をジロジロと見る尊宮。

 彼は一歩踏み出して、両手をゆらりと広げながら、

「なぁ、豹栄真介」

 プレゼントを欲しがる子供のように笑って、知識を欲する故にニタリと笑って、こう言った。

 異常なことを尋ねた。



「お前の脳みそは何色だ?」


   

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