勝てない
由堂清は口元から溢れる血を袖で拭っていた。隣には同職の『祓魔師』である三浄蘭がいて、人員で言えばこちらが有利だ。しかし、実質は対峙している上岡真のほうが有利なのだろう。
千の怪物を宿してる上岡は、千の軍勢そのものだ。
よって、二体千とも解釈できる状況。何より、由堂清達は『サタンの呪い』を扱う夜来初三を専門に戦う予定だったのだ。その前提さえも崩れた今、余裕なんてものはとうに消えている。
「じゃあ、手早くすませましょうか」
上岡真がゆらりと片手を横凪に振った。
ただそれだけの動作で、直後には破壊の嵐が巻き起こる。
「っぐ……!?」
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!! と無数の閃光が由堂清と三浄蘭の体へ突き進んでいった。どんな『呪い』かなんて知らない。とにかく上岡真には『ありえない』ことなんて『ない』のだ。千の怪物を宿した悪人である彼は、千の力を同時に使用出来る故に不可能はない。
おそらく。
きっと、
(やっべぇ、こりゃ勝てねえかもな……!!)
心で吐き捨てた由堂清は回避行動を取った。そう、勝算はないだろう。三浄蘭も回避に成功したようだったが、上岡との絶対的な戦力差は変わらない。
勝てるわけがない。
千の怪物の塊に、勝てるはずがない。
「だからアンタは規格外すぎてやり合いたくないって言ってんのよ!!」
三浄の大声が響くと同時に、彼女は持っていた長剣を握りしめて上岡の懐へ入り込んでいた。勢いよく振り上げていた刀身は血を求めるように輝く。よって、三浄蘭が鮮血を刀身にご馳走させてやるために、全力で上岡の体を一刀両断しようと振り下ろした。
だが、やはり、
「はは、いやいや困りましたねぇ。自家発電を親に見られた時くらい困りましたねぇ。お母さんドン引きしてたっけなぁ」
「っな!?」
バリィン!! というガラスが割れたような音と共に、長剣はバラバラに砕け散った。上岡は何もしていない。ただ突っ立っていて笑っていただけだ。
だが、それだは終わらなかった。
「いやいや困った―――というわけで問題の解決を急ぎます」
まず最初に、気づくことなんて出来なかった。はんば呆然としていた。三浄蘭は自分の右肩が熱くなったことで、ようやく危機を察知する。
しかも上岡の持っている『それ』を確認して、全てを理解できた。
「……う、そ」
右腕がなくなっていて、その腕を上岡真が持っていたからだ。
肩から先に腕がなかった。なぜなら、その腕は上岡真が無造作に持っていたからだ。いつの間に腕をもぎ取られた? と疑問さえも浮かばない。
遅れて。
ブシャアアアアアアアアアアアア!! と、噴水が吹き出すように鮮血が飛び出した。肩の傷口から吹き出てくる血は膨大だ。痛みに絶叫を上げながら、三浄蘭はそれでもヨタヨタと危ない足取りで後退する。
その光景を終始眺めていた由堂は、密かに確信していた。
彼にしては珍しい、冷や汗を流しながら、
「……勝てっこねえな、くそったれ」
上岡真の笑顔は―――能面にも見えた。笑っているのに、恐ろしい。笑っているからこそ、恐ろしい。細められている瞳は、きっと墨のような色だろう。瞼を上げれば黒い色が漏れ出てくるだろう両目は、きっと見てはいけないだろう。
上岡真。
あの男にだけは、都合のいい機転も力も精神論も通用しない。
苦戦して大逆転なんて展開はない。
上岡真には絶対に勝てない。




