初めからあやつり人形
「……え?」
反応が追いつかなかった木崎仁は、自分の上半身が下半身と『さようなら』したことには気づかない。ただ分かったのは、土色の物体が自分の体を壊したということだけ。
横凪に払われたのは翼。
それは木崎仁の上半身を切断して、下半身から切り離していたのだ。
「つーかよ」
ボチャ、という気持ち悪い音と共に木崎仁の上半身は地へ転がった。立ったままだった下半身もグラリとバランスを崩して転がっていく。
同時に、血だまりが作成されていった。
「人様が暇で暇で仕方なかったってのによぉ、ようやく回った『合図』に飛んできたらこれだよ。この程度の雑魚だよ。この程度の三下だよ。大柴テメェ、上司に喧嘩売ってんのかコラ。クビにするぞタコが」
木崎仁を両断したのは『凶狼組織』のトップ・豹栄真介だった。白スーツに赤い髪、口にくわえているタバコ、全てが全て豹栄真介の特徴だった。
「な、んで……お前がここにいる!?」
サイボーグだからなのか、上半身だけになった木崎仁は転がったまま大声を上げていた。彼をジロリと見下ろした豹栄真介は、首をかしげて、
「あん? 俺は『合図』が来たから『大柴の計画通り』にお前をぶっ潰しただけだ。何でここにいるって、当初から『そういう計画』だったし当然だろうがよ。アホかオマエ」
「け、いかく通り……? 合図……!?」
ありえない。大柴亮は無線で誰とも喋っていなかった。そんな余裕はなかったからだ。木崎仁は仰向けで倒れている大柴に仰天の視線を向けている。
その目に気づいたのか、大柴は小さく苦笑して、
「最初に俺はお前に何をした? それが『豹栄さんを呼ぶ合図』だったんだよ」
「―――っ」
ハッとした木崎仁は、『そこから』大柴の手で転がされていた現実に驚愕した。
絶叫するように、目を見開いて尋ねる。
「俺を初めて撃ったとき―――『二回連射して発砲』した時点で、お前は豹栄真介を呼んだってのか!?」
そこで、豹栄真介が鼻で笑う音が聞こえた。
「『二回連続した銃声』が聞こえたら、豹栄さんはそこに来てください……って俺は部下に頼まれたんだよ。ったく、顎で上司使うとはいい度胸じゃねえかよ大柴。賞賛を称えて減給してやる」
「ま、待て!! じゃあ何か!? 大柴の野郎は『俺と戦った時点で「こうなる」とこまで計算してた』ってのか!?」
「じゃねーの? 俺は待機してたし知るかよ。本人に聞け」
木崎仁の信じられないものを見る目が、大柴に突き刺さる。
結果、大柴は笑った。
吐き捨てるように、当然だろうと言うように、鼻を鳴らして、
「俺はお前と戦う前から豹栄さんをこっちに呼んだ合図をした。そんで結果、お前は俺に気を取られてる隙に豹栄さんがお前を背後から潰した。ようは俺は最初から『囮』だったわけだよ。始めから、俺は豹栄さんの一撃を当てるためのエサだったんだよ」
「自分を、囮にしてた……!? じゃ、じゃあ何か!? 俺は最初からお前に全部全部弄ばれてたっつーのかよ!?」
「倉庫を爆発させたときは、もしかしたら勝てたかなぁ何て思った。けどやっぱ、お前は化物だ。俺みたいな一般人じゃ太刀打ちできなかった」
だから、と付け足して、
「俺は小悪党らしく大悪党に頼ったんだよ。俺とは違って、強くてカッコイー『悪人』にな」
「おい大柴、今更俺を立てても減給決定だぞ」
「……マジですか」
ゆっくりと、大柴は息を吐いた。
そして改めて宣言する。
「第一、俺は最初に言った筈だろ」
「な、何をだよ!?」
木崎仁の混乱しかない顔を一瞥して、大柴は空を見上げた。
大の字になって倒れたまま、静かに綺麗な青空を見上げた。
そして言った。
「俺は『マシな悪』だ。『所詮はただの小悪党に過ぎない俺にやれることはない』」
「っ!?!?」
「なぁ、言ってただろ? 俺に『やれることはない』んだよ。だって俺は小悪党だ。だから俺は豹栄さんに任せただけだ、『やれることはない』から豹栄さんに任せたんだよ」
「ふ、ざけるな……!! それじゃ、それじゃ俺はテメェのあやつり人形じゃねえかあああああ!!」
「まぁ、そう言うなよ」
大柴は告げた。
静かに、事実を、告げた。
「俺みたいなモブキャラにやられたテメエは、モブ中のモブ人形じゃねえか」
「っ」
「な、同類だ。仲良くしよーぜ?」
「く、っそがああああああああああああああああああああああああああ!!」
木崎仁は上半身だけになってでも、這いながら大柴に食らいつこうとする。しかし残念ながら、それを一人の悪人が阻止した。ガゴン!! と顔を蹴り飛ばされた木崎仁は、血を吐き出して転がっていく。
「ったく、俺を空気にすんな。何で俺が一番目立ってねえんだよ、自称モブのお前が目立ってどうすんだアホ」
倒れたままの大柴に向けて吐き捨てた豹栄は、ゆったりと歩いて木崎仁のもとに近づく。背中から生やした直径百メートルほどに伸びた翼は、縦横全てが膨大な大きさだった。
しかし。
ゴワッ!! と、膨張するように巨大だった翼は直径五百メートルにまで巨大化する。
「さてと」
豹栄真介はその翼を振り上げた。その振り上げる動作一つで、周りには烈風が下から上へ走り抜ける。明らかに一撃必殺のウロボロスの力だ。直撃は死体に変わることを意味する。
だが、上半身だけになって転がっている木崎仁は逃げられない。
故に、
「じゃあなモブキャラ」
「っ」
地盤を叩き割る重量が叩き落とされた。土色の翼は躊躇うことなく男の体を文字通り潰したのだ。圧倒的な悪人の力を目にした大柴亮という『ちっぽけな悪人』は、豹栄真介という『大きな悪人』の背中に一言。
「ホント、俺ってば場違いだなぁ」




