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監視命令

「……はい」

 どうやら彼女は唯神天奈ゆいかみあまなという名前らしい。

 声は、返事をするには明らかに声量が足りなくて無愛想だったが、速水は慣れたような調子で『はい全員いるな』と満足げに頷いた。おそらく、彼女の声の小ささはクラス内で常識と化しているのだろう。

 そこでホームルーム終了のチャイムが鳴り響く。

 速水は解散の命令を出すと、かつかつと足音を鳴らしながら早い足取りで夜来のもとへ近寄っていった。

「ようやく不登校脱出かぁ夜来。いったいどんな心境の変化があったのかな?」

「……雪白のやつに無理やり連れてこられたんだよ」

 教室の片隅で、世ノ華に何やら説明されている様子の雪白を一瞥して返答した。おそらく、世ノ華も速水のことは良く知っているため、夜来と速水の関係を懇切丁寧に話されていると見える。

「ああ、そうだったな。お前は雪白の『呪い』も解くために奔走したそうじゃないか。七色が電話で『夜来のやつはツンデレじゃからのう。雪白のときも世ノ華のときも助けた後にはツンツンしておって、もう、とにかく可愛くて可愛かった。あと可愛かったのう』とかなんとか、自慢げに話してきたんだよ。あいつ、裏じゃやっぱバカ親だわ」

「知るか。ンで、なんの用だ? 俺と楽しく雑談しにきたわけじゃねぇんだろ?」

「ああ、そんな数々の少女を救った君に助けて欲しい子がいるんだよ」

 速水玲はやみずれいは視線だけで隣席に座って黙々と読書をしている唯神天奈を示した。彼女の何を助ければいいのか即座に理解した夜来は、大きな溜め息を吐いてから口を開く。

「どうせ、あの孤立してる女を助けろって話だろ?」

「お、なぜ分かっんだ? 俺はまだ彼女の話なんて一つもしてないし、君は今日初めて彼女と会っただけっだというのに」

「ンなモン見てりゃわかる」

 二人は唯神に聞こえない程度の声量で話を続けていく。

「それで、どうだい? やってくれるのかね?」

「パス」

 即効拒否の返答を返した。

 その決断の速さに少々度肝を抜かれたのか、速水は顔をしかめる。

「なぜ、助けてくれない? 君は雪白も世ノ華も助けていたじゃないか。それに、唯神は孤立している。それを助けようという気は微塵もないのか?」

 教師としての正論の言葉だ。

 自分が担当しているクラスで孤立している少女を救いたい。この考えや意思や決意は非常に素晴らしいものだ。ここまで生徒思いの教師もそういないだろう。

 しかし、

 彼女の考えは『一般的』すぎる。

『孤立』という状態に遭っている唯神天奈の心情をまったく分かろうとしていなかった。『孤立』しているから助ける、その『孤立』という理由だけで彼女を助けることは、唯神が『孤立を望んでいる』という可能性すら否定している。いや、前提から否定しているどころか考慮さえしていない。

 故に夜来は、

「唯神天奈が自ら孤立を望んでいるっつー可能性は考えてねぇのかよ?」

「自ら孤立を望む? そんな人間がいるわけ―――」

「人間恐怖症、対人恐怖症、雪白みてぇに男性恐怖症や男嫌い、もしくは人間嫌い。人と関わんのにトラウマが唯神にはあるかもしれねぇだろうが。その可能性を全部否定できんのかよ」

「そ……それは、確かに」

 盲点だったようだ。

 速水はチラリと本のページをめくっている唯神に目をやる。

「いいか? 一つ言っとくが、『助ける』だの『救う』だのの行為は、『善行』じゃねぇ場合もあるんだよ。『唯神天奈が孤立している自分の状態に幸せ』を感じていたとしたら、俺は唯神の幸せを壊すような真似はしねぇ。無理に孤立から脱出させたらアイツは『苦痛』を感じるだけだ。つまり―――『助ける対象者が助けを望んでいない』場合の可能性がある。その可能性が的中してたなら、無理に助けるようなことをすれば『悪行』同然だろ。だから無闇に相手を『助ける』のは『善』じゃねぇんだよ」

「……お前は頭がいいんだな。そこまで相手の気持ちを把握しようとできる人間は、この世にそういないだろうねぇ」

 速水玲は感心するようにそう言って、夜来の頭をガシガシと乱暴に撫でた。

 ボサボサになってしまった夜来の黒髪。速水はそれを完成させたことに罪悪感を一切抱いていない顔で笑う。

「はははは! まぁ、なら話を変えようか」

「なんだよ」

 手で暴れまわっている自分の髪を適当に整えながら、夜来は苛立った声で言葉を返す。

 すると、速水は突如として真剣な顔に変わる。

 豹変したような彼女は夜来の長い前髪を手で払って、彼の右頬まで伸びている『サタンの皮膚』を表す禍々しい紋様を一瞬で記憶し、

「(やっぱり『呪い』が侵食してるなぁ。君、これ以上はやんちゃしないほうがいいよ。じゃないとサタンに呑まれて―――手遅れになるぞ)」

 夜来の耳元で囁かれた言葉の最後には一際重みがあった。

 重圧、なんてものじゃない。重体患者の余命を告げる医師のようだった。

 一方、患者側である夜来初三はどうでもよさげに鼻で笑って、

「くっだらねぇな。そう簡単に、この俺がやられるタマに見えんのかよ」

「見えるから言ってるんだ。まぁ、いい。この話もおしまいだ」

 速水は、彼の自信満々の態度に呆れるような口調で言葉を返して、教室から出て行った。残された夜来は前髪で隠れている『サタンの皮膚』を手で押さえる。

 確かに、まずい。

 これ以上呪いの力を多用してしまえば、間違いなくサタンに喰われる。もちろん、サタン自信が夜来を乗っ取ることを望んではいない。しかし、夜来初三という人間の身体にサタンという存在力が彼よりも圧倒的な怪物が宿っているのは確かな事実。必然的に夜来という人格はサタンに飲まれてしまう。

(クソったれが。ふざけやがって……ンなこたァ俺自身が誰よりも分かってんだよ。だが、これから解決策を思いつくことだって―――)

「……ねぇ」

 額を押さえて考え事をしている夜来の横から、ふと声がかかった。

 俯かせていた顔を向けると、そこには先ほど速水との間で話題に出た、唯神天奈という少女が椅子から立たずに上半身だけを夜来の傍に寄せていた。

 まさか喋りかけられるとは夜来も思っておらず、しばし沈黙したが直に口を開いて、

「ンだよ。何か用か」

「君、なんでさっき速水先生の頼みを断ったの? 本当にあそこまで私の気持ちを考えていたの?」

「……聞いてたのか」

「失礼だね。聞こえてしまった、だよ。それに最後の会話は聞き取れていない。よって私は無実」

 まぁ確かに、隣席に座っていたのだからすぐ傍で行われている会話が耳に入ったのだろう。夜来の注意力が足りなかっただけかもしれないが。

「それで、どうなの? 君、本当はどうして断ったの?」

「何度も言わせんな。お前が孤立してるのを望んでる可能性があんだろ。だから手なんざ出す気にならねぇだけだ。それに俺は『善人』じゃないんでね、何でもかんでも人を助けるようなスーパーヒーローじゃねぇんだよ。それだけだ」

「……変わってるね、君は。面白い」

 無表情だった少女の顔に、少しだけ笑みが浮かんだ気がした。

「用はそれだけか?」

「ん。それだけ」

 唯神天奈は小さく頷いてから上半身を引っ込める。そして姿勢を正して本を開き、再び読書の世界へ没頭し始めた。

 無愛想な少女だが、特に夜来が気にする必要はない。

 唯神を一瞥した夜来。彼は飲み物でも買ってこようかと思って立ち上がった。

 そのとき。

「夜来、どこへ行く気だ?」

 背後から雪白千蘭が声をかけてきた。しかしその表情は困り果てているような面が見られ、明らかに少々ご立腹の様子。原因は、彼女と親しくなりたい男子達が周りに集まっているからだろう。

 そしてこのタイミングで雪白は夜来に声をかけた。

 つまり『一人にしないで』という気持ちで一杯なのだ。

 夜来も彼女が群がってくる男達に不快感と恐怖感を抱いていることは知っているし、元々学校にきた理由が雪白のボディガードのようなことをする為でもある。

 なので、彼は小さく息を吐いたあと、

「雪白、自販機の場所まで案内してくれ。一人じゃさっぱりだ」

「あ、ああ! 好きなだけ案内してやる。さぁ、行くぞ」

 彼女はわざと大声で『案内役をする用事だできた』ことを群がる男子達に示してから、夜来の手をぎゅっと握ってクラスから出て行く。雪白に手を握られたことで、男子共から嫉妬で構成された視線を突き刺された夜来だったが、特に文句をいうつもりはない。

 なぜなら、約束しているからだ。


 雪白千蘭と『ずっと一緒にいる』約束を交わしているからだ。


 故に、そこまで気を許している彼女にスキンシップ程度の感覚で手を握られたことに文句など言わないし、別に男子から敵視されても気にしない。

 夜来初三は自分の手を引いていく白髪の少女の後ろ姿に鼻で笑うように苦笑し、

「お前、『淫魔の呪い』が解けたってのに、男に群がられるのは変わらねぇみたいだな」

「まったくだ。だが、セクハラなどはもうされないし、群がられるだけでも淫魔を退治した甲斐はある。それでも私は男が大嫌いだがな」

「でもまぁ、いいんじゃねぇの? あれだけの男がお前に魅了されてんだ。お前は最高級の素材ってわけなんだから、ちったぁ自分を褒めてみろよ。お前が恋するぐらいの良い男だって見つかるかもだぜ?」

「……」

 雪白は言葉を発することがなかった。

 ただし、握っている夜来の手をさらに強く自分の指と絡ませる。

「つ、着いたぞ。ここだ」

 夜来の要望だった自動販売機の前へ到着した二人。夜来初三は雪白の手から自分の手を離して、財布をポケットから取り出し始める。 

「あっ」

「あ? んだよ?」

「い、いや。なんでもない。さっさと飲み物を買え」

 手が離れたタイミングで雪白が妙な声を上げた。どこか名残惜しそうな反応をするが、夜来には何も分からない。首を捻ってしまいそうになる。

「さてと、戻る……のか?」

 購入した飲料水が入った缶を片手に持った夜来が、なぜ最終的に疑問形な言葉を雪白に言ったのか。理由は明白だ。雪白と共にクラスから飛び出したのは彼女を男子生徒から引き離すためだ。ならば、一時間目が始まるギリギリまでクラス外である安全地帯のここで待機しておいたほうがいい。

「そうだな。もう少しここにいよう。また男達に囲まれるのはゴメンだ」

「まぁそうだろな。今はここで待機すんのが懸命だ」

 雪白は気づいたような声を上げて、

「ところで夜来。お前と速水先生は知り合いだったらしいな。驚いたぞ。先生も『悪人祓い』だったとは」

「ああ、クソガキ二号から聞いたのか」

「ああ。速水先生は私が所属していた部活の顧問だからな。接点がいろいろとあるんだ」

「部活? お前、なにやってたんだ?」

「剣道部だった」

 即答で雪白は過去の所属部活名を告げる。彼女の細く白い腕で竹刀を振る姿は想像しにくいものがあるが、雪白は『凶狼組織』との戦いの際にも、呪いの力を使えるようになった途端、戦い慣れした動きで豹栄真介とぶつかりあったという事実がある。

 ただの少女ならば、呪いの力を使用できるようになっても、どうやって動けばいいかすら分からずに命を落としてしまうだろう。

 侍が刀を持てば戦えるが、農民が刀を持っても『「戦場」でどう動けばいい』のか理解していないため、戦闘を行うことすら困難だということだ。

 雪白は剣道というスポーツの一種ながらも『戦い』というものが生み出す独特の緊張感や攻撃の行い方を知っていたため、戦場で動くことができたのだ。

「今は、やってねぇのか?」

「ああ。女子剣道部は男子剣道部と同じ道場を使っていたから……男にいろいろとされそうになって、身の危険を感じたから、な」

「……なるほど」

 触れないでおこう。 

 夜来は雪白の顔が歪んだことを察して、そう判断する。

「それと夜来」

「あ?」

「速水先生と話し終えたあと―――唯神天奈と話していなかったか?」

 どうやら見られていたらしい。唯神と会話した時間は十秒程度のものなので、まさか雪白に気づかれているとは思いもしなかった。

 夜来は買っておいた飲料水の蓋を開けて、飲み終えて喉を潤してから口を開く。

「ああ、何か向こうからちっと話しかけてきてな。ま、他愛もねぇ話だったが」

 雪白は少し怒った表情に変化する。

 不満たっぷりの顔、とでも言えよう。

「……あ、あまり、私の傍から離れるな。約束通り私と一緒にいろ」

 彼の手をとって、教室へ歩き出す。もうすぐ一時間目が始まるちょうどいい時間帯だからだろう。

 夜来は手を引かれていく光景が行きとデジャブすることを感じながらも、雪白の背中へ言い放った。

「いや、確かに約束してるが、お前は俺なんかと言葉通りずっと一緒で気持ち悪くねぇのかよ?」

 本心からの言葉だった。

 彼は誰よりも自分を卑下にするときがある。今の発言もそれのせいかもしれない。しかし謙遜していないことは確かで、本当のことを言っているのも確かだ。

 なので夜来は、雪白の反応を予測など完全にしていなかったのだが、


「気持ち悪いわけないだろうッッ!!!!」


 ……予測はしていなかったが、雪白が天を貫く勢いで否定したことには予測を立てていたとしても驚きを隠せなかっただろう。

「私がお前といて気持ち悪い? なんだそれは? 新手の冗談かなにかなのか?」

 動揺している夜来の両肩に手を添えて、雪白は身体の距離を縮めていく。

「い、いや、なにそんな怒っ―――」

「いい加減にしろ。私はお前といて気持ち悪いなどと思ったことはない。ありえない。そんな気持ちを抱く可能性は皆無と断言しよう。お前といれば私は笑顔になれるし、お前がいれば私は幸せになれる。逆にお前がいなければ私は笑顔になどなれないし、お前がいなければ幸せにはなれない。ましてや他の男など論外だ。他の男は死んでいい。女も邪魔かもしれんな。失せればいい。それに―――」

「お、おいコラ! いい加減落ち着け!!」

 雪白は彼の目と鼻の先に顔を近づけて、肩を握る力をぐぐぐっと強めた。

 その痛みに夜来は少し顔を歪める。

「これが落ち着ける事態かっ!? お前から見て、私はお前と一緒にいて気持ち悪いと感じるように見えているのだろう!? そんな誤解は今すぐ早急に迅速に誤解なく解くべきだ。私がお前を気持ち悪がっていないことをどんな手を使ってでも信用させる必要があ―――」

「分かった分かった分かったから落ち着けバカ!! 俺が悪かった! マジで全面的に俺がめちゃくちゃ悪かった!!」

 自分が彼女を信頼しきれていないせいで、現状の修羅場のようなピリピリとした空気ができがっていることに気づいた夜来は、とにかく謝罪の言葉を言い放った。

 しかし雪白は満足していないようで、

「ダメだ。お前は私との約束を破ろうとしたことに等しい発言をした。絶対に許さん」

 落ち着いてはいるようで、彼女は腕を夜来の背中に回して静かな抱擁をする。まるで約束通りの『一緒にいる』ということを表現しているようだ。

「は、反論できねぇから困るんだが……じゃあ何すりゃいいんだよ?」

「そうだな。じゃあ、お前の家に泊まらせてくれ」

 雪白の爆弾発言に頭を抱えそうになった夜来。だが、よくよく考えてみればこれは簡単な条件である。夜来は隙あらば雪白を襲うようなことはしない人間だし、たかだか一泊させるだけで先ほどの誤ちを許してもらえるのだ。

 彼もそのことに気づき、悪くない条件だと踏み、

「……分かった分かった大いに分かりました。だーからとっとと俺を離せ」

「本当、か? 本当にいいんだな!?」

「ああ。それでチャラになるならな」

 ようやく腕を離してくれた雪白に、溜め息混じりの返答を返す。

 彼女は満足そうに微笑んでから、

「そうか!」

 実に幸せそうな笑顔を見せてくれた。

 そんな顔をされてしまえば、夜来だって何も言えなくなるのは当然だ。今更交渉を行ったり、ケチを付けるような真似はできなくなる。

 二人は足早に教室へと歩みを進めていった。



 私立天山高校から距離が離れた場所にそびえ立つのビルの屋上に潜む二つの影。

 正体は、白いスーツと派手な金色のスーツを着用している、どちらも若い男達っだった。

 その内の一人である―――上岡真うえおかまことは双眼鏡を構えていて、そこから見えているのは天山高校の自動販売機前の廊下でやり取りをしている二人の少年少女だ。何やら白髪の少女が黒髪の少年に怒っている様子が鮮明に覗ける。

「うっわー。雪白さんは結構攻めるなぁ。夜来さん結構戸惑ってますよ、ははっ! 夜来さんのあの表情はレアでしょうねー」

「上岡さん。これ、なんなんですか……」

 愚痴るように呟いたのは、煙草を吸って休息している赤髪の男、豹栄真介ひょうえいしんすけだ。ヘビースモーカーな彼は、吸い終えてしまった煙草を投げ捨てて踏み潰すことで消火し、新たな煙草に火をつける。

「何って、『監視命令』中でしょう。何度も説明したじゃないですかぁ。豹栄さん、もしかして歳だったりします?」

「まだ若いです。それに、妹の雪花をほうっておいたままで歳に負けたりしません」

「はは、そうですか。立派なお兄さんで何よりです」

 上岡は優しげな笑顔を仮面のように貼り付けている。

 しかし豹栄は今回『上』からくだされた夜来初三及びその仲間の『監視命令』に対して、何やら不満が溜まっているようだ。

 それもそうかもしれない。

 ただ単純にターゲットの行動を目で追っているだけの仕事だなんてやりがいはゼロだし、退屈とストレスが積もっていくだけだ。それならば、彼が不満を抱く気持ちも分からなくはない。

「これを上岡さんと俺だけでやれってんですか? 下っ端使えばいいでしょう」

「その下っ端じゃ、夜来さんに察知されて拷問されてうちの情報ゲロっちゃうかもしれないでしょう? だからこうして、夜来さんに見つかっても対抗できる僕と豹栄さんが選ばれたんですよ。それとも、僕と一緒じゃ嬉しすぎて嬉しすぎますか?」

 豹栄はどんどん煙草を消費しながら、

「どんだけ嬉しいですか俺は。嬉しいというより、上岡さんと仕事って初めてなもので……」

「ああ、童貞捨てるときの緊張感と同じ状態なわけですねっ」

「生々しすぎるでしょその例え!! ってか童貞捨てたときの緊張感まだ覚えてんですか!?」

「ええ、三日前です」

「最近だ!! めっちゃ最近だ!! そりゃ童貞捨てたときの緊張感いまだに覚えてるでしょうね!!」

 上岡は頭を恥ずかしそうに掻きながら、

「は、はい。さすがにベルトで美希さんの尻を叩きつけるのにはドキドキしました、はは」

「しかもSかよ!! つか初めてで何ちゅープレイしてんだ!?」

「それと美希さんは痛くてガチ泣きしてました」

「美希さんMじゃねぇのかよ!! あんたマジなにやってんの!?」

「その後美希さんは喫茶店をやめました」

「プレイの場所が喫茶店!? あんたマジでなにやってんのおおおお!?」 

 突っ込むあまり、上司である上岡に対してタメ口を通り越していた言動を取っていたことに気づいた豹栄は、咳払いをしてから深く頭を下げる。

「も、申し訳ありません。無礼なことをしてしまって……」

「はは。気にしてませんって。豹栄さんはやっぱり面白い方で、僕の好感度はぐんぐん上がりましたよ。まさか作り話にまで突っ込んでくれるなんてね」

「あれ嘘かよ!!」

「はい。友人の健二くんの話です」

「健二なにやってんだよ!!」

「ニートです」

「働けよ健二ぃいいいいいいいいい!!」

 上岡真うえおかまことは突っ込むあまり呼吸を荒げている豹栄から視線を外して、もう一度双眼鏡の中を覗く。

 そこには自分達の教室へ帰る途中である白髪の少女とターゲットの少年が見えている。本来の仕事に戻ったのだ。しかし、ふと双眼鏡が捉えている向きをターゲットが入出した教室に向けてみる。

「っな!?」

 そこで―――目が合ってしまった。

「ば、ばかな……!! なんで―――」

 

 読んでいた本を閉じ、一キロは離れたこの場所を察知した長い黒髪に紫の瞳を持った少女。彼女はゴクリと喉を鳴らして冷や汗を流した上岡を無情の目で見つめたまま……。


 何をするでもなく、読書を再び始めた。

 読んでいる途中から小説の文字に目を走らせていく様は『バラさないでいてあげる』と言われているようだった。上岡は彼女が何者なのかは知らないが、とにかくまずいと本能的に思う。夜来初三ですら気づかない一キロ離れたこのビルの屋上にいる上岡達を見つけたあの少女は、とにかくやばい。

 何か、レベルが別次元すぎる気がするのだ。

 上岡は動揺の笑顔を浮かべながら、隣で一服している豹栄に振り向いて、

「豹栄さん。監視するポイントを変えますよ」

「え? もしかして、夜来の奴にバレて……」

 彼の誤解を解くために、上岡は肩をすくめて苦笑いし、

「いえいえ。彼ではないですが……クールビューティーな読書家女子高生に、バレちゃったみたいです」




 



 

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