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悪魔を縛っていた最後の鎖が解き放たれた

 地対空ミサイルが炸裂したことで、広大な範囲のクレーターが出来上がっていた。しかし『エンジェル』の木崎仁も美神翼も一切傷がついていない。

 どうやら、本当に厄介な相手のようだ。

 その事実を確認した夜来初三は、美神に向けてポツリと言った。

「うぜぇよクソアマ―――っつーわけで死ね」

 吐き捨てた夜来初三の右顔に異変が起きる。『サタンの皮膚』を表した禍々しい紋様が少しばかり広がっていったのだ。明らかに完全完璧な戦闘モード。彼は女相手でも容赦なく死体を生産するのだろう。

『サタンの呪い』を発動させる。

 悪魔に染まったことで得た身体能力を駆使して飛び出す。

「っ」

 思わず息を飲んだ美神翼だったが、既に手遅れだった。気づけば夜来初三の紋様に覆われた顔が目と鼻の先にあったのだ。

 一瞬で距離を詰められた。

 逃げ道はない。

「ハハ、もっと足掻けよコラ」

「―――っバがッッ!?」

 ズドン!! と、美神翼の華奢な体に衝撃が走り抜けた。正体は夜来が繰り出した無造作なボディブローだ。腹部に叩き込まれた悪魔の拳は、なんと貫通していた。美神の腹から背中に腕が綺麗に通ってしまっていたのだ。もはや打撃なんて次元じゃない。明らかに刺殺武器の領域だった。

 が、夜来はそれで終わらない。

「っが、っつ……あ……!?」

「あー? パクパク口ぃ開いてるだけじゃ何吠えてんのかさっぱりだっつーの。あ、もしかして命乞い? ぎゃっははははははははははははは!! だったらマジで滑稽すぎて爆笑必死だぜぇオイ」

 呻いている美神の頭を強引に蹴り飛ばす。まるで空き缶でも蹴って遊ぶような気軽さで女を簡単に吹っ飛ばしたのだ。ゴロゴロと転がっていく美神。だが、それでも幕は下りない。

 これからが。



 悪魔がお送りする地獄劇場の始まりだ。



「おいおーい、まだ心臓ちゃんはバクバク動いてんだろ? だったらまだ俺のストレス解消に付き合って殺されろ。生きてるなら俺に殺されて役に立て。クソでもそんくらいのリサイクルは可能だぜ、ハハ! よかったなぁ、なんだかんだで俺の飯になれるじゃねぇかよ。なあ、嬉しいだろ? 循環型社会の生贄一号ちゃん?」

 夜来初三は近くに転がっていた石を見下ろす。そしてニヤリと口の端を上げると、ゆっくりと石の傍に近寄って、

「ぎゃははははははッ!! 確か、女ってのは化粧するのに顔面は必須パーツなんだよな?」

 だったら、と付け足し、

「そのツラァ、ここでぶっ壊してやんよボケ」

 ガン!! という爆音が炸裂した。

 夜来が足元に転がっていた大きな石を蹴り飛ばしたのだ。凄まじい威力で飛んでいく石の速度は目で追えきれなかった。音速と評価されても頷けるほどである。

 故に。

 ブシャアアアアアアアアアア!! と、美神翼の顔から『勝手』に鮮血が舞ったように見える現象が発生した。本当は石がぶち当たったのだが、それを理解できないほどのスピード。もはや拳銃と同じ次元に達している。

「『加減』はしたろ? 脳みそまではいってねぇはずだ」

 再び遠くへ転がっていった美神翼のピクピクと痙攣する体。その傍へ徐々に近づいていく夜来は、日傘を持ったままニヤニヤと笑っていた。

「つーわけで、もう一回リサイクルされろコラ」

 ここまでやっても暴力は止まらない。

 夜来初三は歩を止めない。

 なぜなら、

「あは、アはははは!!」

 口を引き裂いて笑った夜来は、足元で倒れている美神翼の小柄な体を見下ろした。もはや顔は血まみれになっていて、モゾモゾと手を動かしているに過ぎない虫に成り果てている。構うことはない。さっさと殺して『大切な存在』である『あいつら』の驚異にならないよう処理すればいい。

 しかし。

「アヒャ」

 どうしても、夜来はトドメを刺さない。

 だんだんオモシロクナッテキタのだ。

 今ここで殺してしまっては、タノシクナイじゃないか。

 肉を潰すあの感触が、タマラナクキモチイイ。

「あーあーあーあー、顔ォ潰れたしこりゃ『女』終わったね。んなグチャグチャに潰れたツラじゃあ水商売もやれやしねぇよなぁ? ぎゃっははははははははははははは!! ビッチもここまでくりゃあ絶望オンパレードで惨めじゃねぇかよオイ。ほら、今ってばどんな気持ちなんだよアバズレ」

「が……あ、ぁふ……ぼ」

 顔はおそらく半分は弾け飛んでいるはずだ。あれだけの速度で石が直撃したのだから、鼻の骨はぺちゃんこになっている。腹にも大きな穴が空いている彼女は、声にならない音を喉でゴロゴロと鳴らすことしかできなかった。

 その姿がまた、夜来初三の笑顔を濃く染め上げる材料となった。

「つーかよぉ」

 ビクン!! と、倒れふしている女が頭上にある悪魔の恐ろしい顔をみる。

 その見上げている顔がどれだけ狂っているか、夜来初三本人は微塵も分からないだろう。

「いつまでンな気持ち悪ィ顔つけてんだぁ!? 見てるこっちが吐き気すんだろうがよゴラァ!!」

 再び虐殺が始まった。久しぶりに敵を蹂躙している自分に興奮しているのか、夜来は思わず爆笑していた。ただただ、邪悪な笑い声が世界に響き渡る。同時に一人の女の体がグチャグチャに踏み潰されていく。

 美神翼の華奢な体を蹴り潰す夜来は、ぼんやりと気づいていた。二十、三十、四十、五十回と女の体を潰している感触を味わいながらも、察していた。

 今の自分には『雪白千蘭』が傍にいない。

 自虐という悪に走っていく自分を止めようとする、あの少女がかたわらにいないのだ。それはつまり、夜来が現在『悪人』らしく敵を粉々に蹂躙している行為を止めようとする『ストッパー』がいないということ。

 だから。

 だからこそ。



 雪白千蘭という最後の鎖が解き放たれたことで、夜来初三は最大最悪の化物へと変貌している。



 止められないのだ。

 楽しくて、気持ちよくて、面白くて、最高で、めちゃくちゃ気分が高ぶるのだ。ひたすら女を蹴り潰してる自分に、悪人らしいその姿に、夜来初三自身が満足しているのだ。

 自虐だ。

 自虐している。

 しかし、その自虐を止めるものはいない。仮にあの少女がいたとしても、夜来は自分を悪と肯定するだろうが『ほどほど』をわきまえる。

 つまり現在のように『やりすぎ』ることはない。

「ぎゃは」

 今の自分は誰がどう見ても悪人だ。

「アひゃ」

 今の自分は誰がどう見ても化物だ。

「ぎゃっははははははははははははははははははははははははははは!!」

 よって最高だ。このクソッタレな小悪党を潰す爽快感も、悪人らしく染め上がっている今の自分も、全てが全て整った究極の舞台なのだ。

 だから。

「どこの誰に噛み付いてんのか理解してんのかよぉメス豚がァァあああああッ!! この俺に立ち向かうレベルにさえ届いてねぇクソがいきがって調子乗ってんじゃねぇぞ!! あぁ!? おいコラ話聞いてんのかよモブ、寝たふりかましてテメェの命にすがりついてんじゃねーよぉ畜生が」

 ブチリと笑顔を裂くようにエガオに変えて。

 悪魔は触れただけで相手を死体へ変えることができる右手をゆっくりと開き、

「もういい。飽きたよ、お前」

『絶対破壊』を行使した結果、美神翼の肉体から血しぶきが炸裂した。まるで水風船が割れたように飛び出た大量の鮮血に、一流の悪人は服を真っ赤に汚す。

 右手にふと目をやった。

 そこには、ベットリと付着した返り血がこびりついている。ペロリと舐めた。舌で飴を舐めるように味わい、ゴクリと音を鳴らして飲み込んだ。

「あひゃ」

 好物の味が口内に広がっていく。

 熱くて鉄臭い。しかし、そのクセになるポイントが気に入っている。

 悪魔は好物を咀嚼して満足したのか、踵を返した。

 しかし、



「く、が……!! っ痛つー、お前、ほんとに聞いたとおり狂ってる、ね」

 


 背後から、痛みに呻きながらも余裕のある声が響いた。

 振り返った夜来が見たのは、付けられた傷に対して精神的余裕のある立ち上がった美神翼だった。  

 

 

 

 

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