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怪物人間

『デーモン』の地下アジト周辺に、一つの大型ヘリコプターが接近しているという情報があった。ゆえに地下アジトから地上へ出てきた上岡真は、日差しを遮るように手を被せて上空を眺める。

 遥か遠方。

 目測十キロ地点あたりの空に黒塗りのヘリコプターは浮かんでいた。

 おそらくはあれこそが、

「『エンジェル』ですか。いやいや困った、困りすぎて欲求不満になってますよ僕」

 上岡真は言うほど焦っている様子はない。

 彼は地上から見上げているヘリコプターを視界に収めながら、

「ヘリコプターで来た、というのは少々妙ですね。地上と違って空で動く物体は目立つ。だというのに、わざわざ空から目立つように接近してきたということは……」

 ニッコリと笑っている上岡。彼の背後から、複数の足音が聞こえてきた。他にも地面を削っているような機械的な音も響く。

「お、やっぱり大柴さんの『読み通り』でしたね」

 振り返った上岡の先には、複数のワンボックスと複数の人間たちが敵意むき出しの目を向けていた。

「『空から攻めてくる場合は「ダミー」という可能性が高い。空に意識を向けている隙に地上や地中から第二部隊が攻め込んでくる可能性があるから地上には上岡さんが回ってください』って大柴さんに言われてブラブラ歩いてましたが、まさかこうも貴女方と遭遇するとは」

「……上岡、また君か」

「おや、その声は獅子堂ししどう海谷うみやさんですか。はは、久しぶりですねえ、お元気してました?」

 敵部隊の中から一人の男性が歩いてきた。おそらくは指揮を取っている統率者だろう。眼鏡をかけた知的な雰囲気が漂っている白衣姿の男で、クセのない黒髪ストレートが綺麗だった。

 上岡は獅子堂にヒラヒラと手を振った。

 まるで友達に会ったような気軽さは、相変わらずな彼である。

「まったく。前回の戦の時といい、どうして君は俺の前に現れるんだ? 運命的すぎて吐き気がするぞ」

「僕は嬉しい限りですけどね」

「ふん。減らず口を」

 眼鏡を指先でくいっと上げた獅子堂は、凛々しい顔を険しくして、

「で、君は壁になるのか?」

「ええ、それがお仕事ですから。お互いにスポーツマンシップに則って頑張りましょうよ」

「同感だな、正々堂々君は肉塊になるべきだ」

「おや、随分と敵視されてるんですねぇ僕」

「当たり前だろうが」

 獅子堂は上岡真の笑顔を睨む。あの『殺し合い』の最中でさえ剥がれることのない『笑顔』が気に食わないのだ。今までも何度か戦ったことがあるが、上岡真から笑顔が崩れたことはない。

「俺は今まで君に勝てたことが一度もない。少々君の力は『おかしい』からな、いい加減そこらへんを研究したいんだよ」

「はは、僕はそんなに強くないですよ」

「何を吠えている猛犬。『あれ』に関わっていたという情報は既に掴んでいるぞ」

「……」

 初めて。

 上岡の笑顔が固まった気がした。おそらくは彼なりの動揺だ。『あれ』という言葉一つで、普段から余裕あふれる上岡の心が揺らいだのだ。

 その反応に獅子堂は鼻を鳴らし、

「『あれ』に関わってたリストには君の名前が書いてあったからな、いやいや懐かしい話だ。まさか『成功者』がいるとは思わなかったぞ」

「『あれ』は既に根本的な部分まで僕が叩き潰しましたが、どうやってそれを知ったんです?」

「俺は『エンジェル』の一員である以前に科学者だ。『あれ』みたいな内容はサイコパスで好物なんだよ。好きなものほどバクバク食べちまうだろう? それと同じ原理が働いたんだ」

「あの、『あれ』を知った時点であなたは今ここで殺しますよ? 『あれ』は僕の人生の中で一番叩き潰さなきゃならない過去なんです。些細な残りカスすら残らないよう―――コロスのでよろしく」

「ほーう、さすがは『デーモン』だ。君たちの脳はどういった神経でつながっているのか興味が湧く。殺した後は死体をリサイクルしてやるから感謝しろよ?」

「はは、それは嬉しい限りです」

 ですが、と上岡は付け足して、



「とりあえず死んでくださいよ、『あれ』を知ったあなたを一分一秒も生かす気はないんです」



 ゾワリ、と上岡の笑顔が異質さを放った瞬間。

 獅子堂の周りにいた『エンジェル』の全員から悲鳴が上がった。チラリと獅子堂が周囲の味方を観察してみると、味方全員がドサリと崩れ落ちていくのが見えた。彼らは死にかけのセミのようにジタバタと地面で呻き苦しんでいる。

 そう。

 ドロドロと皮膚がスープのように溶け落ちていって、骨や肉さえもが丸見えになった体に変化したことで苦しんでいるのだ。

「皮膚を溶かすとは、非常にやり方がネチネチしているな」

「あっれー? 獅子堂さんには何で効いてないんですか?」

「『アモンの呪い』だろう、それ」

「おや、どうやら『あれ』を知ったことで僕への対処法を組んでましたか。いやいやピンチですね、これは非常に八方塞がりだ」

 アモン(Amon, Aamon)は、ヨーロッパの伝承あるいは悪魔学に登場する悪魔の1体だ。悪魔や精霊に関して記述した文献や、魔術に関して記したグリモワールと総称される書物などにその名が見られる。

 ネーデルラント出身の医師・文筆家であるヨーハン・ヴァイヤーが記した『悪魔の偽王国』、イギリスの地方地主レジナルド・スコットが記した『妖術の開示』、およびイギリスに古写本が残存しているグリモワール『ゴエティア』によれば、40個軍団の悪魔を配下に置く序列7番の大いなる侯爵であるとされる。

 悪魔の君主の中で最も強靭であるとされている。口元から炎を吐き出し、ヘビの尾を持つ狼の姿で現れるが、魔術師が人間の姿を取ることを命じると、口元から犬の牙を覗かせたワタリガラスまたはゴイサギの頭を持つ男性の姿を採るという。コラン・ド・プランシーの『地獄の辞典』の挿絵ではフクロウの頭と狼の胴と前足、蛇の尾を持つ姿が描かれている。

 他にも、自分を召喚した者に過去と未来の知識を教え、人同士の不和を招いたり逆に和解させたりできるという。

「ええ、まぁ『アモンの呪い』は使いかってがいいですからね。個人的に気に入ってるんですよ」

「悪趣味な力だな」

 アモンは悪魔の中でもトップクラスの上位悪魔だ。

 特徴は口から吹き出す炎。その力を扱った上岡は、『空気の温度を皮膚を溶かすレベルの高熱』へと変えただけ。ただそれだけの不可視の攻撃をとっただけである。

 が、そこで獅子堂はとんでもないことを発言した。



「で、『次は』どんな『呪い』を使うんだ?」



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