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昼ドラ

「ねぇねぇお姉ちゃん、これってあれ? 昼ドラって奴でやってる修羅場っていうやつ?」

「どうして修羅場なの。あと昼ドラなんて誰が見せたの」

「だってだって、この前みたドラマだと男の人の奥さんと愛人って人が―――今の天奈お姉ちゃんと綺麗なお姉ちゃんみたいに向かい合ってたんだもん」

 小学五年生女子・秋羽伊那の屈託の無い笑顔から飛び出た言葉通り、唯神天奈と雪白千蘭はテーブルを挟んで椅子に着席していた。秋羽の発言に溜め息を吐いた唯神は、対面に座る雪白にチラリと視線を向けなおす。

「で、君はどうして連絡の一つもなしに来たの。びっくり仰天すぎて顎が外れそう」

「いや、いきなり押しかけたら初三がいるんじゃないかと思って……来てみた」

「……」

 淡い期待だということは雪白自身が一番わかっているはずだ。そう簡単に彼が戻ってくるわけもない。彼の居場所も状況も知らない現状から見てみれば理解できるだろうが、どうも雪白はまだ期待という希望を捨てきれないらしい。

 対して、唯神はキッパリと言い返した。

「帰ってこない、よ。あの人は帰ってこない。おとなしく伊那と遊んであげて」

「……」

「そういう希望を持ってることには何も反論はないけど、あなたはもう少し『現実を認めるべき』だよ。いい加減にいつもの調子を取り戻して。君の暗い顔を見ていてもいい気分にはならない」

「……分かってる」

 ポツリと返答した雪白。

 彼女は顔を上げて唯神の目を見捉えて、



「でも、『初三がいない現実』なんて絶対に認めない。そんな現実は糞くらえだ。それが永久的に変化しない現実になるなら、私は『自殺』してあの世で初三を待っている」



 どこまで一途なのか、どこまで好きなのか、どこまで健気なのか分からない決意の現れだった。まさか、彼のいない現実が定着する場合は死ぬだなんて決心が返ってくるとは唯神も予想外の出来事だったのだ。

(……まぁ、この子の場合は過去が過去だけに初三へ異常な愛を向けるのも納得できるからしょうがないのかな)

 唯神の心の呟きは事実だ。雪白は今までの人生を『男』という存在にグチャグチャにされてきた。いや、同性の友人も皆無だった雪白は、正確に言えば『人間』に傷つけられてきた人生だったのだ。

 男からは服を脱がされそうになり、襲われそうになり、性的な欲求をぶつけられそうになる悪夢の日々を送ってきた。同性の女は絶世の美貌を持つ雪白に嫉妬して、俗に言う『いじめ』や精神的・肉体的な攻撃を突き刺してきた。

 それだけでも分かるとおり、雪白は人間そのものに恐怖や嫌悪を抱いている。

 故に、

(そんな環境の中で出会った初三は、雪白にとっては地獄の中に咲いてた一輪の花だったんだろうね。暗闇の世界の中で唯一見えた光。だからこそ、雪白が初三に好意を抱くことは『必然的』なものなんだろう)

「……まぁ、君を救える力は私にはない。ゆっくりしていってよ、伊那と遊んであげて」

「おお、綺麗なお姉ちゃん遊んでくれるの!? じゃあゲームしよゲーム!! ドガーンってなるやつね、ガガーンじゃないほう!」

 秋羽に腕を引っ張られてテレビの方へ連れて行かれる雪白。その後ろ姿を一瞥した唯神は、椅子から立ち上がってお茶をいれに動いた。

 が、そこでピタリと足を止める。

 雪白の持ってきていた白いバッグが、机の上に取り残されていたのだ。

「ねぇ雪白。これって」

「っ!?」

 唯神はバッグの中に手を突っ込んで―――プレゼント用に包装された小さな紙袋を取り出した。それを目にした雪白は、飛び出すように駆けて唯神が握っていた紙袋を奪い取る。

 その凄まじい慌てっぷりに首をかしげた唯神。

「それ、どうしたの?」

「え、い、いや、その……ちょっと」

 視線を泳がせる雪白千蘭。紙袋を後ろへ隠すように持ちながら、彼女はあかさまに動揺していた。

「……ああ、なるほど」

 が、どうやら唯神はすぐに気づいたようだ。

 彼女は雪白へ一歩近づいて、

「初三にあげるために持ってきたの?」

「っ! な、な、なんで分かった!?」

「いや、もともとウチに来た理由が初三に会いたかったからでしょう君。だったら初三に渡すものだと考えるほうが妥当じゃないの」

「あ、いや、まぁ…………………………………………………うん」

 最終的に肯定した雪白は、赤くなっている頬を隠すように小さく頷く。

 その初々しい反応に唯神は苦笑して、

「で、その中身はなんなの? 嫌なら見せなくてもいいけど」

「いや……見ていいぞ」

 もはや恥ずかしさなど吹っ切れたのか、雪白は自暴自棄気味に包装されたプレゼントを唯神へ手渡した。大きさは手のひらサイズ。おそらくは小物かなにかだろう。

 が、唯神は丁寧に包装の隙間から中身をみた瞬間、

「ああ……これは初三にぴったりだね、確かに喜ぶと思うよ」

「ほ、ほんとか?」

「ん。間違いない」

 雪白に大きく頷いた唯神は、そこで気づいたように尋ねる。

「ところで、このセンスのいいプレゼントは一人で買ったの?」

「いや、この間のカウンセリング帰りに、世ノ華とショッピングに行った際に購入したんだ。あいつがやけにフレンドリーでちょっと驚いたが……」

 世ノ華なりの気遣いだと察した唯神は、雪白のバレないように頬を緩める。

(いい友達、だね。世ノ華と君は) 

 その感想は口には出さずに心にしまっておいた。

 

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