黒い
「……なるほどな」
と、そこで夜来の肩へ強制的に乗っている大悪魔サタンが呆れるように言った。
彼女は夜来の頭にポスンと顎を乗せながら、
「ダル何とかという小虫は『エンジェル』とかいう組織の重要な存在。故に『敵に拉致された場合』に備えて、仲間に居場所を知らせるための発信機を植えつけられていたということか。―――しかも金属探知機で調べられて引っかかっても、歯ならば『金歯や銀歯などの治療で金属を埋め込むことがある』場所だから怪しまれることはない。故に発信機が歯に埋め込まれていたわけか」
「ええ、さっすが悪魔の神さまは分析能力がすごいですね。尊敬しちゃいます」
「うるさい黙れ。貴様に褒められても嬉しくないわ小虫が。―――ねぇ小僧、我輩偉い!? 我輩ってば可愛い!? 凄い!? 頭いい!?」
「あ、ああ、そうだな。かなり認め直したぞ」
「惚れ直した!? マジでか小僧!?」
「あーもうコイツ最後がうっさい」
疲れたように溜め息を吐いた夜来は、上岡の顔へ視線を上げて、
「で、連中が俺らのいるここを攻めてくるってわけか?」
「ええ、今のままじゃそうなるかと。まぁ対策は簡単ですよ。連中はダルクさんの奥歯に埋め込んであった発信機を頼りにこちらへ攻め込んでくる」
上岡の手には、その今回の戦いでキーとなる発信機がある。
彼はそれを見せびらかすように見せつけて、
「だったら、この発信機がある場所に連中は現れます。つまり僕たちは、この発信機がある場所に敵が攻めてくると分かっているんです。奇襲される心配はないですから、そこはメリットかと」
「戦力差はどうするんですか。夜来は使えませんよ、連中に祓魔師が混じってるなら魔力は無意味。大柴に関してはただの人間ですし、俺と上岡さんだけが戦力になりますよ」
「豹栄さーん、違いますって違いますって。―――その『ただの人間』である大柴さんの出番が今じゃないですか」
上岡はからかうように続ける。
「大柴さんが僕たち『特攻殲滅部隊』に配属されてる理由、知りません? 僕、夜来さん、豹栄さんは人間の範疇を超えた化物ですが大柴さんはただ一人普通の人間です。ぶっちゃけ場違いだと思ってません?」
「……だったらなんだよ」
夜来の一言が返ってきたことで、上岡は口を開く。
「彼の力は射撃能力でも戦闘能力でもないです。一番の長所は―――『デーモン』一の『戦略家』だということですよ」
「戦略家だと?」
夜来は大柴へ顔を向け変えた。まるで値段と釣り合っている商品なのかどうか怪しむ目をしている。が、夜来の言いたいことが理解できるのか大柴が小さく息を吐いて説明を始めた。
「上岡さんは俺に期待してくれているようだが、あまりプレッシャーを与えるな。俺はお前とは違って悪魔の力も使えないし、豹栄さんのように不死身でもない。あくまで一般的な人間だ。ただ少し……将棋やチェスが向いているだけだよ」
「ふーん、何だそういう理由があったってのか。あん? じゃ何だ? 俺らをリードするデカイ背中のリーダーはテメェってわけかよ」
「いや、まとめる役は上岡さんだ。俺はあくまで戦略家でしかない。そこまで大きな責任は背負いきれない小さな背中なんでね」
大柴から返ってきた言葉に、少々感心したような笑みを浮かべる夜来。おそらくは、かつて叩き潰してやった相手が『実は力があった』という事実に興味を持っているのだろう。夜来はフンと鼻を鳴らすだけで会話は切り捨てたが。
「じゃあ皆さん、敵襲に備えてラジオ体操でもしておきますか」
「それで備えられる意味がわからねぇよ」
「いやいやだって殺し合ってる最中にアキレス腱が切れたりしたらまずいじゃないですか。いだだだだだだだだ!? とか言ってる最中に殺されますよ?」
「……つーかよぉ」
夜来はジロリと上岡を睨み殺すようにロックして、
「『エンジェル』っつークソ共を潰すのにゃ賛成だが、まさかテメェ、殺すなだなんて慈愛に満ちあふれた眩しいセリフ吐き捨てるつもりじゃねぇだろうな」
「おや、どうしました突然。もちろん殺して構いませんが」
「テメェの態度が信用ならねぇんだよ。いつもクソみてぇにニコニコニコニコ顔面ぶっ壊したくなる面ァしやがってる割にゃ、いざっつー時は俺以上に頭のネジがぶっ飛びやがる。ようはテメェが黒いのか白いのか分からねぇんだよ。悪党なのは事実だろうが、テメェの黒さがわからねぇんだよ」
「んー、そういうことですか。ふむふむ……これも部下の面倒を見る上司の役割でしょうし、そうですね……ハッキリと言えば」
上岡は柔和な笑顔を―――ドス黒く染め上げてさらに笑った。気持ちの悪い、異質な笑顔だ。夜来は上岡が見せた『黒い』表情に一瞬尋常じゃない警戒心を高める。
しかし、上岡はすぐ『白い』笑顔に戻って、
「僕たち『デーモン』は悪です。『エンジェル』も悪です。つまり僕は『デーモン』の一員である以上、白ではなく黒です」
「……つまり、俺はテメェを『同類』だと信用していいんだな」
「ええ、構いませんよ。僕は夜来さんが思っているとおりのクソッタレですから」
それに、と付け加えた上岡は指を一本立てた。
「『デーモン』と『エンジェル』の争いは勇者が魔王を倒すようなものじゃない。どちらも悪であるが故に魔王と魔王が殺し合ってるだけです。勇者なんてものはいない。つまり極悪同士の容赦ない殺し合いです」
「……」
「夜来さん、『デーモン』の一員として覚えておいてください。僕たちのコンセプトを表した言葉です」
「なんだよ」
夜来に一歩近寄った上岡は、両手をゆらりと大きく広げて宣言した。
「『悪を持って悪を制す』」
「……」
黙り込んだ夜来を前に、上岡は続けた。
「『悪を持って悪を制す』、です。『毒を持って毒を制す』ということわざを変えたものですが、これこそがコンセプト。お分かりいただけましたか? 僕たち『デーモン』は悪として『エンジェル』という悪を制すんです。悪と悪の争いでしかないんですよ、これは」
「醜いモンだな」
「ええ、同感です。底辺の悪人共が争っている光景は実に醜い。アリとアリの喧嘩と似たようなレベルでしょう。しかし夜来さんも、『どれだけ醜くなろうと死守したい存在』がいるから醜いここにいるんでしょう。だったら、どこまでも醜く成り果てなさい」
「ふん。上からご高説垂れてんじゃねぇよドクソ野郎」
夜来は肩の上に乗っているままのサタンを強引に片手で引き剥がした。そのまま抱えるように脇で持って、彼らしい決意を表す。
「俺はもう汚すぎて、これ以上醜くなれねぇよ。泥だらけで服が重ぇ」
「そういう返しがきましたか」
「まぁ、テメェが信用できるってことは理解できた。これで心おきなく醜くなれていけるってモンだ。汚れて這いつくばって連中を潰してやれる」
夜来初三は最後に嗜虐的な笑顔を開花させて、聞いた者全てが下着をびしゃびしゃに濡らすほど失禁するような声で呟いた。
「『悪を持って悪を制す』か……俺にお似合いのコンセプトじゃねぇかよオイ」
悪を持って悪を制す。
その邪悪な意思を主柱にして、一流の悪人は新たな鮮血を浴びることになるだろう。
この作品からすれば『悪を持って悪を制す』は名言ですね いや、凄まじいコンセプトだ(笑)




