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孤立中の少女

 家族。

 それは誰にでもあって個人個人によって異なるものだ。

 たとえば、

 どこかの少年は『精神異常者』の両親から自分の弟を守る為に自ら両親の虐待を受け入れたり、どこかの孤児だった少女は引き取られた家で家政婦のように働かされ、さらには優しかった兄と複雑な関係になったり……。

 人それぞれによって、家族というものは種類があり、差があり、程度があり、異なるものなのだ。

 しかしそれは。

 どんなに歪な形であっても『家族』なのだ

 どれだけ狂った親だろうと、どれだけ家族関係が悪かろうと、どれだけ最悪だろとも、それはその者にとって『たった一つ』の家族なのだ。

 しかし。

 とある少女には家族という『たった一つ』の存在すらいない。

 いや、いなくなってしまった。

 死んでしまったのだ。

 少女は何もしていないというのに、家族は全員死ぬ。その家族を好いていたか嫌っているかは別問題として、とにかく『たった一つ』の『家族』が根こそぎ死ぬ。

 理不尽、といえよう。

 しかしこの世にはその理不尽が充満しているのも事実だ。もしかしたら、理不尽ばかりのこの世にはもう、理不尽という言葉で表せる何もかもが常識と化しているのかもしれない。既に理不尽とは当然の存在なのかもしれない。

 これは、そんな『理不尽』の影響によって、『たった一つ』の家族を無くしてしまった少女のお話―――理不尽に泣いて、死に苦しんだ少女の悪人話だ。





 月曜日。

 つまり旅行から帰った翌日だ。

 そして夜来家であるマンションのリビングでは、夜来初三やらいはつみと絶世の美少女の雪白千蘭ゆきしろせんらんが張り詰めた空気を作って会話を行っている。

「だからだなぁ、夜来」

 彼と共に登校しようと思って夜来家に来ている、雪白の呆れるような溜め息混じりの声が聞こえた。

 しかし、彼女が溜め息を吐くのにも理由がある。

 それは、


「おい! いい加減学校に行くぞ!!」


「ふざけんな。この間一回行っただろうが。あれでもうHPごっそり削られてんだよ俺ァ」

 休日が明け、平日の始まりを合図する月曜日の朝が今日。よって高校生である夜来初三と雪白千蘭は天山高校という勉学を勤しむ場に向かわねばならない。これは小学生でも中学生でも行わなければならない『登校』というものだ。……しかし雪白が見下ろす白ソファの上に寝転んでいる少年は、その『登校』という小学生ですら行えることを頑なに拒否している。

 理由は単純。

 夜来初三は不登校が抜けきっていないだけだ。

「知らん!! いいから、ほら。さっさと制服に着替えて、日傘を持って出発だ。楽しい楽しいスクールライフが待っているぞ?」

「学校の命に待ってもらってても迷惑なんですけど」

「そういうスクールライフじゃない!」

「スクールクラッシュしていいなら行ってやるよ」

「学校壊してどうするんだ!?」  

『サタンの呪い』をその身に宿している彼から『破壊』という言葉が出ると、あながち冗談で済ませられるものではない。なぜなら夜来がその気になれば、学校の一つや二つなど塵に変えてしまうことが可能だからだ。

「ほら、制服を持ってきた。うちの学校の制服は黒の面積が多いから、お前に似合っている。もう一度お前の格好いい制服姿を拝見したいものだな」

 手に持っている天山高校の男子用制服ー――黒を基調としていて、白のラインがいくつか入っているブレザーとズボンをひらひらと揺らす雪白千蘭。

 彼女も同じような柄の女子用制服を既に着用していて、とても似合っている。雪白の片ポニーテールにした髪が神秘的な白髪だからこそ、対色系の制服がうまく着こなせているのかもしれない。

「……似合う、ねぇ」

 怪訝そうな目で雪白が持つ自分の制服を見つめる夜来。

 彼は『太陽』というトラウマから身を守る為に、常に私服は全身黒ずくめ、『サタンの呪い』を使って紫外線や日光を遮断する程度の『絶対破壊』を日中は使用し、念のため特徴的な黒い日傘を必ずさしている。よって、いつもいつも太陽の光から身を守る為に黒の服を着用しているのだ。だから雪白は彼に黒系の制服は似合うと言ったが、それは実に正しい。彼は確かに黒が似合う。

 だが、当の本人は。

「似合うからって学校に行くかどうかは別問題だ。制服が白だろうと銀だろうと金だろうと、俺ァ行かねぇ」

「金はもうホストだろう。……はぁ。まったく、なぜそこまでして学校に行かないんだ? それ相応の理由があるのか?」

 また溜め息を吐いて雪白は寝転んでいる彼を見下ろす。

 夜来はソファの上で寝返りをうって、

「元々俺ァ中学三年後半ぐらいから不登校だった。だが、七色の奴がほぼ無理やり『高校にだけは行っておけ』とか言って私立の天山高校に入学させたんだよ。このマンションだってそうだ。さすがに俺とあのチャラ男の世話を同時に見るのは難しいからって理由で、七色が俺をこっちに住まわせたんだ。普通、高校生で一人暮らしとかありえねぇだろ?」

「……つまり、自分は別に望んで入学していないから学校には行きたくない。ということか?」

「大体その通りだ。そりゃもちろん、俺が行かなきゃどっかの誰かさんが苦労するだのの理由があるんだったら行ってもいいが、俺が学校に行かねぇことでデメリットになる奴ァ一人もいねぇよ。世ノ華のガキにゃダチが豊富らしいしな。だから俺が行かなくても苦労はかけねぇ」

 夜来初三は心の中で勝ち誇った笑みを浮かべていた。

(……論破だなァ)

 ここまで懇切丁寧に、学校に行かなくても誰かに迷惑はかけない、別に好きで入学したわけじゃない、と不登校になっても納得できそうな理由を並べ立てたのだ。さすがに雪白も食い下がるような真似はしないだろう。

 しかし、彼の予想は大きくハズレたようで、

「なら、お前が登校しないのならば私も永遠に登校しないことにする」

「……は?」

 彼女の爆弾発言に脳がショートする夜来。 

 しかし雪白は止まらずに、

「私はお前以外の者と親しくない。お前以外の男と関わりたくない。だからお前が一緒に私と学校に行ってくれなくては、私は孤立してしまうし、男に言い寄られる。よって、お前が登校しないと私も怖くて登校できないのだ。あー困った。夜来が一緒に学校へいかないから、私も学校に行きたくない。困った困った、凄く困ったぞ」

「……」

 ……なるほど。ようは『夜来が登校しないと私に迷惑がかかる』と筋が全く通っていないが、それらしい『夜来が学校へ行かなくてはならない』理由を雪白は作り上げたのだろう。これなら確かに、夜来は雪白の為に登校しなくてはならない。

「……言っておくが、私が孤立してるのと男に言い寄られる可能性は本当のことだぞ。だからお前がいないと怖いのも本当だ。……お前と学校に行きたいのも……本当、だ」

 彼女は頬を赤く染めて言い放った。

 どうやら理由は事実らしい。嘘ではないようだ。

 一方、夜来はしばし黙り込んでいたが、自分の後頭部をガシガシと掻きむしって、

「あー、ったく。分かった分かった大いに分かったから、指でもしゃぶって待ってろクソったれが。行きゃあ良いンだろう、行きゃあ」

「あ、ああ! そうだ、行こう! 早く一緒に行こう!!」

 ソファから立ち上がって雪白の手から制服をやや乱暴にぶん取り、自分の部屋へ向かう夜来。彼の後ろ姿を眺める雪白は、綺麗な笑顔を咲かせている。

 十分後。

 夜来の着替えも終わり、マンションから通学路へ出て歩を進めている二人の少年少女。女の方は『モデルになればいいのに』と誰もが思う容姿だが、特徴的な黒い日傘をさした男のほうは『やばいよ絶対ヤクザ』だよと言われそうな鋭い目つきをしている。

 彼の、そんな何もかもを敵視しているような目がふと気になった雪白は、こんなことを尋ねていた。

「夜来、お前の目つきはどうにかならないのか? せっかく整っている顔が台無しだぞ」

「……俺の顔が整ってるだぁ? 本気でそう思ってんなら、お前は一回眼科に行ったほうがいいぞ。いや、脳内外科だな」

「もはや頭を調べろと言ってるのか!? さ、さすがにそこまで言うことないだろう。お前の顔は整っているのだから、もっと優しい目をすればいい」

 夜来はまったく相手にせず、

「今度頭のレントゲン撮りに行くか?」

「そ、それほどまでに自分の容姿を否定するのかお前は……。お前は優しいんだから、もっと雰囲―――」

「優しくねぇよ」

 夜来は雪白の言葉をぴしゃりと一言でかき消した。

 どこか、怒りさえ湧いている声で、だ。

(……あ。そ、そうだった。夜来は……!)

 雪白は立ち止まって、自分が犯した彼に対して『優しい』と言った失礼な言動に後悔する。

 彼が自分を『優しい』と思えないことは仕方がないことなのだ。

 夜来は生まれた環境が環境だっただけに、『自分を悪と肯定』して生きてきた。故に彼は『自分という悪』と正反対の存在に位置する『善』に向けられるような言葉には不快感しか抱けない。

 雪白は即座に夜来の隣に再び駆け寄り、申し訳なさそうに謝った。

「す、すまない夜来。その、『優しい』なんて言ってしまって……」

「別にキレちゃいねぇよ。ただ、お前が妙な勘違いしてたから教えてやっただけだ」

「か、勘違いなどではない! 夜来は本当は……優しい、はずだ。誰よりも……」

「……学校、遅刻すんぞ」

 彼は自分の優しさを認めない。

 拒絶する。 

 否定する。

 なぜなら『優しい』という言葉は『善人』に向けられるものだからだ。彼のような『悪人』に放たれていいような言葉ではない。

 夜来初三は悪党だ。悪人だ。極悪人だ。

 そう誰よりも認識しているのは、夜来初三自身なのだろう。

 だからこそ、彼は誰よりも自分を『悪』にしたがる。

 絶対に自分の『善』である部分を『悪』に変換するのだ。

 一言で言えば、自虐的なのかもしれない。

 だがしかし。 

 彼はやはり、どの視点から見ても善人には見えないのだ。

(優しくなんかねぇ。ただの悪党で悪人で極悪人だ。優しいわけがねぇんだよ……)

 過去に犯した罪の山を思い出しながら、そう心で吐き捨てた。

 彼が昔、暴力が支配する『闇の世界』にいた頃に犯した悪行の数々は計り知れないものがあるのだ。人の骨を折る快音を知り尽くしているし、骨を粉砕する感触だって自分の体に染み込ませている。泣き叫ぶ声はもう、子守唄のように感じられるほど、彼は人を傷つけてきた。

 もちろん、なぜ彼がそんな『悪』に染まる真似をしたのかと言えば答えは簡単で。

 自分は悪人=親に殴られる。

 という式を作り上げて両親からの虐待を『納得』するためだった。

 だからこそ『悪』に染まって『悪人』になる必要があり、『悪人』になることで虐待に『納得』し、両親のサウンドバックになり続けて弟の夜来終三を守り続けてきた。

 自分を『虐待されても仕方ないクズ人間』にする必要があったのだ。

 そうして虐待に『納得』しなくては、彼は虐待を受け入れきれずに弟を見捨てそうだったのだ。

 だから夜来初三は悪人だ。

(優しくなんか……ねぇんだよ)

 その後は、二人ともいつも通りの会話ややり取りを行って、無事、天山高校に到着した。しかし、雪白と共に廊下を歩いて自分達の教室に向かう夜来の顔からは、生気が欠片も残さず失われている。

「そ、そんな顔になるほど学校が嫌だったのか……?」

「そうじゃねぇよ。ただ、前に来たとき、お前やらかしただろ? あれが面倒な種まいてそうだなーと思ってただけだ」

「……あ、ああ」

 彼が言う『やらかした』とは、おそらく雪白が夜来に浴びせられる罵詈雑言に耐え切れず、クラス全員に激怒したことだろう。あれはクラス中が静まり返るほどの迫力だったため、夜来が言うとおり後々面倒なことになりそうだ。

 そう二人して考え込みながら、意を決して自分達のクラスのドアを開けると、



「「「「「すいませんでしたああああああああああああああああああ!!」」」」



 クラスの男子全員が、教室に足を踏み入れた少女の前で綺麗な土下座の群れを見せていた。当然、雪白も夜来もその異様な光景に首を捻っていて、状況が理解できていない様子。

 すると、

「何だか、男子の皆さんが雪白に謝罪したいそうですよ。多分、雪白の機嫌損ねて嫌われたらまずいと思ったんでしょうね」

 夜来の横に立って状況説明をしてくれた世ノ華。どうやら既に登校していたからこそ理解できているらしい。

「……なるほどな。そういうパターンの反応かよ」

 しかし、今重要なのは男子達の謝罪対象者である雪白千蘭の返答だ。

 彼女の表情は前髪で見えない。

 ただ、怒っていることだけはオーラで分かる。

「貴様らの声は耳を壊す。聴覚機能が正常に働かなくなるから、二度と口を開くな。……と言いたいが、それ以上に言いたいことがある」

「な、なんでしょうか?」

 男子生徒達の代表のような少年が、鬼の形相へ変わっている雪白に恐怖しながらも乾いた唇を動かして尋ねた。

 彼女はこう言い放った。

「なぜ、貴様らは私に謝罪しているのだ? 私は夜来に対しての罵詈雑言に激怒したんだ。ならば普通に考えて、私ではなく夜来に謝るべきだろうが」

「え、え? い、いや、それはちょっと―――」

 どうやら、雪白に気に入られている夜来には頭を下げたくないようだ。

 他の男子生徒達も、雪白に嫌われたくない一心のみでの土下座だったのだろう。

 反省の色が一切込められていない。

(……なるほど。私に好かれたい故に全員で土下座をしただけということか。本当に夜来以外の男は汚いな。だから男は……夜来以外の男は、己の欲望丸出しのクズなんだ。もう、関わりたくもない)

「もういい、失せろ。……だから男は汚いんだ」

 無表情を維持して、冷たい声で土下座の群れへ言い放つ雪白。

 渋々と男子生徒達は立ち上がりながら夜来を思い切り睨みつけていたが、それは夜来初三には関係のない理不尽な怒りだ。よって、夜来を威嚇したままの男子生徒に雪白が睨み返してやると、怯んだ犬のように彼らは大人しくなった。

「『淫魔の呪い』が解けても相変わらずの人気者のようね、雪白さん」

「あんな奴らの人気など願い下げだ。それより夜来、大丈夫か? 何だか私のせいで迷惑をかけてしまって……」

 世ノ華から夜来に顔を移して尋ねた。

 彼はあくびをした後に口を開き、

「大丈夫だし、気にしてねぇし、問題一つねぇよ。つか、お前って何でこんな男に人気なんだ?」

 いまだに自分のことを嫉妬の目で睨んでくる男子生徒達に、夜来は面倒くさそうな表情を返す。

 雪白も疲労で一杯の顔しながら、

「何でって……私の容姿がアイツらは気にってるからだろうな。話したこともないのに好きだの付き合ってくれだのよく言われる。よって外見だけで私に好意を寄せているのだろう」

「ようはバカってことか?」

「そうなるな。……夜来は、どう思う? 夜来は、私の見た目だけを見ていないから聞くが、私の中身も合わせて、お前はどう思う?」

 若干恥ずかしそうに目を逸らしながらも、彼から見た自分はどんな人間なのか、女なのか、どうしても知りたかったようで、最後まで言い切った雪白。

 その問いに夜来は、特に考え込む素振りもなく、

「お前の容姿は完璧だ。美少女って断言できる。俺から見ても誰から見ても、お前の容姿は完璧だ。中身も俺ァ良い女だと思ってるぞ。ま、あくまで俺の意見だがな」

「そ、そうか……! そうかそうか! や、やっぱり夜来は信頼できるな」

 嬉しそうだが恥ずかしそうに笑う雪白と、その隣に立つ夜来初三。

 まるで美男美女カップルだ。

 よって、彼らの恋人同士のような会話に不満が募る世ノ華雪花は、愛しの兄様の背中に抱きついて、

「兄様兄様。そんな白髪ババァは放っておいて、せっかく学校に来たんですから、私を構ってください!」

「朝っぱらから鬱陶しいいやつだな。いいから離れろコラ」

 背中にくっついている世ノ華を振りほどこうとするが、彼女はコアラのように夜来を両手両足で締め付けるようにロックしているので離れることはない。

 振りほどこうと数十秒続けた結果。

 結局、彼女の抱擁は解くことが出来ずに、夜来はぜぇはぁと肩を上下に動かしながら呼吸活動を行っていた。

「い、一体、どこにそンな底なしの力ァあんだよ……」

「妹パワーです! 妹パワーは兄を屈服させられるマヤ文明の遺産なんです!」

「マヤ文明バカじゃねぇの!?」

 そうやって兄妹同士のスキンシップのようなことを行い続けていると、ふと、何人かの女子生徒の影が近くにあった。

「あ、あの夜来くん」「私たち、夜来くんと同じクラスの……」「そうそう。席が近くなんだけどね」

 どうやら彼女達は夜来初三をご指名らしい。

 まぁ確かに、夜来の顔は悪人ズラが張り付いているとはいえかなりの美少年だし、年頃の女子の中には猛アタックを仕掛けてくる子もいるだろう。

 夜来は何か自分に用があるのか尋ねていて、それを女子生徒達が適当な言い訳をつけて彼との会話を楽しんでいる。ときには彼へのボディタッチも忘れずに、徐々に関係を深めていく作戦のようだ。

 しかし、

 その状況に少々納得がいかなくなった世ノ華が口を出そうと動き出した……のだが。

「ちょっとアンタ達。兄様になにを―――」

「おいお前たち。それは一体何の真似だ?」

 そこで、雪白千蘭から誰もが背筋を凍らせるだろう刃物のような鋭い声が響いた。

 しかし女子生徒達は、容姿端麗、学業優秀、運動神経抜群という完璧すぎる雪白のことをよく思っていないため、挑戦的な態度を取る。

「何の真似って、別にクラスメイトと仲良くしようと思ってるだけだし」「そうそう。雪白さんには関係ないよねー。何でしゃばってんの? マジきもい」「いきなり喧嘩売ってくるとか、意味わかんないんだけど」

 どれもこれも今時の調子に乗った子供が使いそうな言葉だった。もはや『キモイ』という表現が雪白のどこを表しているのかすら分からない。彼女の一体どこがキモかったのだろうか?

 さらに彼女は喧嘩を売ったわけではない。確かに敵意が含まれていた雪白の声だったが、ここまで言われるほどではない。

 なので、

「キモイ? 喧嘩を売った? 何の脈絡もない返答だな。これだからお前らのような女は正真正銘のバカなのだ。それに夜来は貴様ら程度のメス豚が触れていい男ではない。『私が認める最高の男』だ。貴様らのような、自分よりも容姿がいい私を嫉妬で妬むような低レベルの人間如きが触るな。見るな。近寄るな」

 女子生徒達はあっという間に言い負かされてしまう。

 確かに彼女の言う通りだ。

 自分よりも優れた部分が多い雪白千蘭を妬み、恨み、憎むようなことしかできない彼女達のようなバカが、雪白と普通に接して他の男のように私利私欲丸出しじゃない夜来にまとわりつくのは、許せないものがある。

 例えるならば、王様に奴隷の女が近づくようなものだ。

 雪白の迫力に押された女子生徒達は、最終的に悔しそうに舌打ちを履きながらも自分の席へ戻っていった。

「夜来、大丈夫か? ああ、なんてことだ。あのバカ女共に肩を触られてしまってたな。すぐに制服をクリーニングに出さなくてはならない」

「……お前、男嫌いっつーか、単純に人間嫌いなんじゃねぇの?」

「否定はしない。まぁとにかく、もうすぐホームルームが始まる。席についておいたほうがいい」

「あ、本当だ。じゃあ兄様、せっかく学校来たんですから、楽しんでくださいねっ」

「チッ。余計なお世話だ」 

 やはり学校は好きじゃない。

 彼は窓際一番後ろに存在している自分の名前が書かれた空席に近寄り、椅子を引いて着席した。

 そして。

 改めて思う。

(学校は好きじゃねぇな、やっぱ)

 雪白は口が強い。先ほどの光景からもそれは分かることだが、不登校の自分を学校に連れて行けるほどのものだ。彼女は口喧嘩最強とも評価できそうだ。

 夜来は世ノ華に視線を移して、

(あのガキは、意外と安定してんな……) 

 心の中で安堵の溜め息を吐いた

 彼女は先日の豹栄真介との出会いと衝撃の真実によって、少々精神的にダメージを負ったはずだ。おそらく無理に平静を振舞っているのだろうが、裏を返せば、演技を行える程度の気力はあるという証拠。思っていたよりは心に余裕がありそうで、一安心だ。

 そうして考え事すらなくなった夜来は、

「ダりィ……」

 心情を呟く。

 ここ最近までは学校に投稿する日が来ようとは思ってもいなかった。そして現在彼がこうして学校に来れているのは雪白のおかげ、と言えるだろう。少々強引なところがあるが、不登校を改善されることは夜来本人にとってもプラスになる。少なくとも悪い方向には進んでいない。

 すると、教室の後ろに存在するドアが静かに開いた。

 入出してきた者は、クラスの誰とも挨拶を交わすことなく己の席―――夜来初三の真横の椅子へ着席した。

 七色と同様に腰まで伸びた長い黒髪。深海を表すような紫の瞳に切れ長の目。身長は女子の中では高い方で、とてもクールビューティーな少女だった。

 七色は可愛いと言えるが、この少女は格好いいと言える。

 美人、とも断言できそうだ。

「っ」

 そこで、いつもは空席のはずの隣席に座る、長い前髪が目立つ不登校少年に気づいた少女。

 頬杖をついて窓から見える景色を眺めていた夜来も視線に気づいて、彼女と目を合わせたが、今初めて会ったばかりの初対面なのだから挨拶を交わすことも話すこともするわけがない。

 よって、二人には沈黙が流れ出す。

「「……」」

 そしてお互いに何も口にせず、どちらも視線を外し、どちらも持ってきていた本の読書に入る。

 二人共、行動がとても似ていた。

 人と話すことはなく、一人の世界へ入れる読書という行動を真っ先に取り、孤独を好むような雰囲気を放っている。

 夜来も。

 少女も。

 どちらもだ。

(なるほどなぁ。コイツもぼっちってわけかよ)

 夜来は視線は本から離さずに、推理を立てていく。

 彼も今では世ノ華や雪白達と関わりがあるが、昔は一匹狼以上に一匹狼だった。今も人間関係は狭い。

(教室に入るのに目立たねぇ後ろのドアから入ってきて、挨拶を交わすよォなダチはいねぇ。しかも真っ先に読書。さらには無駄な行動や仕草はゼロ。……間違いねぇな、この女―――孤立してやがる)

 今度はチラリと隣席の少女を見た。

 彼女は本のページをすらすらとめくっているので、速読術というものが可能なのだろう。

(しかも、一人で行う読書っていう行動にゃ慣れてる。速読してるのが証拠だ。ってことは、やっぱ孤立してんだろうな)

 そこで簡単な推理を切り上げた。

 彼女は間違いなく孤独だ。昔の夜来初三と同じ孤独だ。

 しかし、それだけだ。

 夜来初三は『善人』ではない。よって、自分とは何の関係もない孤立している少女を助けようとはしない。そもそも、少女が孤独を自分から好んでいるという可能性だってある。自分からわざと孤独というポジションについているかもしれないのだ。

 故に、『孤独だから』という理由だけで少女を助けようだなんて思わないのが夜来だ。

 彼女が孤独に幸せを感じている可能性だってある。

 ならばホイホイと手助けするような真似はアホがすることだ。彼女の気持ちを考えなさすぎている。

 夜来はあらゆる『可能性』を考慮し、自分が助けなくてはならない理由がある場合のみ行動するのだ。よって、彼は特に少女を気にすることなく読書を続ける。

 そこで、教室の前側のドアが大きく開いた。

「はいはいホームルームタイムってやつだぞ生徒諸君。席についてねぇ悪ガキはどこのどいつだぁ?」

 出てきたのは、このクラスの担任。綺麗な茶髪だというのに、後頭部で乱暴にまとめてしまっている、自分の姿を自らの手で落としているような女教師、速水玲はやみずれいだ。

 出席簿を片手でくるくると回しながら、先ほど吸っていたのだろうタバコの箱を胸元のポケットにしまいながら教卓の傍に立った。

 適当に出席をとりはじめる。

「はい、青山と青井と井崎と江ノ本と岡崎までいるか? いるよな? 拒否なんてさせねぇよ?」

 一通りの生徒の名をまとめて呼んで、もはや強制的に出席扱いにしようとする。

 そのめちゃくちゃっぷりにクラス全員が苦笑いを浮かべていた。

 そして、

「はい夜来のバカはどうせいないから抜かして、はい次の―――」

「おいコラ速水。アンタ俺が登校してねぇ間ァンな感じで俺の分埋めてたのかよ」

 実はこの速水玲という女教師は夜来の知り合いでもある。

 速水も不登校の彼が登校している驚愕の光景を目にしていて、呆然としていた。

「や、夜来。お、お前、い、いいいつから引きこもり脱出できたんだ!? お前が学校に来るだなんて、ガリガリ君が当たるくらいの奇跡だぞ!?」

「微妙な奇跡だなオイ。っつか、アンタも教師のはしくれだろうが。さっきのふざけた出席の取り方はなん―――」

「俺は学年主任だボケェ!!」

 瞬間、速水が投擲したチョークが夜来のこめかみすれすれを突き抜ける。

 ヒュン!! と、F1レースのような音がするほどの速度だった。

「……おい、PTAに訴えてやろうかコラ」

「はしくれ、などと俺をバカにした罪だ。まぁ、今はホームルーム中だし見逃してやる。七色の顔もあるしな」

 そう。

 速水と夜来が知り合いなのには、七色夕那という存在が関わっている。

 一言で言ってしまえば、速水と七色は『悪人祓い』の友好関係が昔からあり、お互いを『親友』と認め合うほどの仲だ。

 そして、夜来をこの市立天山高校に入学する手伝いをしてくれたのも、学年主任という高い地位を持つ速水玲だ。七色のコネで入学したとも言えるかもしれない。

 よって、夜来と速水は過去に何度も顔を合わせているのである。

「あーったく、とりあえず夜来は出席な。あとは、えー……唯神天奈ゆいかみあまな」 

 そこで、

 夜来の隣へ座っていたクールビューティーな少女が一つの反応を見せた。



 

  

 


   

 

 


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