『デーモン』・『特攻殲滅部隊』
豹栄真介は魚肉加工場へ訪れていた。といっても、肉臭い異臭や作業員は誰一人として姿を見せない。白スーツ、赤髪、口にくわえているタバコ、見たものすべてを『とりあえず殺す』と脳内で設定しているような冷たい目。
まちがいなく大規模犯罪組織・『凶狼組織』を束ねるリーダーであり『デーモン』の一員である証拠の存在感だった。
彼の周りにはゴツイ武装をした十人程度の男たちがいる。『デーモン』から派遣された『凶狼組織』の者なので、豹栄の部下といったところの連中だ。
彼らが狙っているのは、最後に生き残っている『エンジェル』の一人。既に今回の下部組織はその逃げた一人以外は全て始末しているので、言わば逃がした獲物をおっている狩人といった状況である。
「あーあーあーあーあーあーあーあーあー! 面倒くせぇことさせんなってぇモブキャラ共が。コソコソコソコソてめえらァゴキブリ一家かよバーカ。どうせ死ぬんだったら爆笑しながら昇天してーだろー? だったらチャチャット出てくんない? 俺としても返り血拭き取るの面倒だから首ィハネて殺してやンよ」
ダルそうに首の関節をゴキゴキと鳴らしている豹栄は、そこでハッキリと獲物がミスをした音を聞いた。彼が歩いていたのは一面をコンクリートで作られた魚肉加工場内の中だ。そこには幾つかの肉を詰め込んでいたのだろうコンテナが散乱していたので、敵が隠れている可能性が一番高い場所だった。
そこから。
カツン、と『持っていた拳銃を構えようとしたら音を鳴らしてしまった』みたいなケアレスミス感全開の小さな物音がしたのだ。
結果。
豹栄真介は薄く笑って、
「は~い、とりあえずテメェは死体転生決定だボケ」
ズオッ!! と、豹栄の背中からは噴射するように土色の翼が飛び出した。まるで生きているようにユラユラと動いている一対の翼。それは豹栄の極悪な嘲笑と同時にコンテナの陰に隠れていた『エンジェル』の女のもとへ弾丸のように突っ込んでいった。
あまりの衝撃によってダイナマイトが炸裂したような轟音が場を支配する。豹栄の周りにいた『デーモン』の男たちも、あまりの容赦がない一撃にはんば呆然としていた。
「おいおい、トビウオ並にピッチピチの女じゃねえかよ。あーあ、こりゃちょっと罪悪感くるわな、メンタル的に俺ってば傷ついちったよ」
ドサリと倒れてきたのは二十代前半の若い美女だった。豹栄の翼による一撃によって、その右腕は既にあさっての方向へ折り曲げられている。
「く、っそぉ!!」
叫んだ彼女は、泣きそうになりながらも振るえる足で立ち上がった。
その行動に豹栄は思わず感心の声をあげる。
「へー、ンだよ渋い女じゃねえか。カッコイー、うっかり惚れねえよう気ィつけねえとなぁ、ハハ!!」
必死に片足を引きずりながらも逃げていく美女。その後ろ姿が遠くなっていくことに豹栄はニヤニヤとした表情を崩さずに口を開いた。
彼は背中から生やしていた翼をしまい、ただの白スーツを着用した姿に戻る。
さらに右手を部下である『デーモン』の男へ差し出し、
「おい、派手なオモチャがあっただろうが。さっさとあれェもってこい」
あまりにも理解が難しい頼み方だったが、部下は長年豹栄と共に戦場を駆け抜けているからなのか従順に従った。何やら大きなスーツケースを豹栄へ手渡している。
その中身は戦車ロケット弾というロケット弾化された対戦車擲弾を発射させる対戦車ミサイルだった。ロケットランチャーという言い方が一番しっくりくるかもしれないが、それよりも重要なのは『戦車に扱うミサイルを人間の女に繰り出そうとしている』ということだろう。
さすがに豹栄の冷酷さに、部下が仰天した声を出す。
「ま、まさかそれを女に撃つ気ですか!?」
「ったりめーだろがよギャッハハハ!! 絶賛敗走中のクソ野郎が目の前にいんだ、こりゃもう撃ってくださいお願いしますご主人様ぁってお願いされてるモンだろうがよぉ! 感謝しろよぉクソアマァ、期待に答えて俺が直々にビーフハンバーグに変えてやるぜぇオイ!!」
戦車に撃つはずのミサイルを肩に担ぎ、狩猟を楽しむハンターのように笑顔を濃くする。照準を軽く合わせて、引き金に指をかけた。どうせどこに撃っても爆風によって逃亡中のあの女は確実に―――死体へ変わる。
「グッバイだ清楚系ビッチ」
よって、狙いをつけるような真似はせずにあっさりと引き金を引いた。まるで遊ぶような気軽さだった。あまりにも情けを持たないその姿には、部下たち全員が息を飲んでいる。
ズゴン!! と飛び出たミサイルは、曲がり角を曲がろうとしていた女の小さな背中へ吸い込まれるように突っ込んでいく。そして回避なんて反応ができるレベルじゃない大爆発が巻き起こった。燃え盛る炎が芸術的に輝き、見ている者の目を眩ませる。
あまりにもサラリと死体さえも残ることなく死んだ女に、『デーモン』の男たちは全員が唖然としていた。
ただし、豹栄真介だけは用済みのロケットランチャーを床へ投げ捨てて、
「あ~あ、いい女ァ殺すってのはやっぱ苦しいモンがあるよなぁ。ったく、こういうサディスティックな雑務はあのクソガキにやらせろってんだよあの変態上司が」
これで今回の『エンジェル』の下部組織は狩り終わった。ほとんどが豹栄真介の独壇場であったのだが、部下たちは彼の冷酷さについていけず空いた口がふさがっていない。
豹栄真介はそれを鼻で笑って歩き出す。
帰りの車へ向かっているのだろう。
彼は携帯電話を取り出すと、慌てて追いかけてきた部下たちの足音を背にしながら上司へ連絡を取った。
「終わりましたよ、ええ。まぁ最後に女がぴょんぴょん逃げるようにうさぎさんごっこしてたんで、ちっと遊んじゃいました。あ? いやいや、そりゃあなただけですから、俺のいう遊びってのは健全っすから。あーっと、じゃあとりあえず全員殺しといたんで死体回収班をお願いしますわ。ええ、はい、じゃあお願いしま―――あぁ!? あのクソガキが帰って来てる? ああはいはい、分かりましたよ。こっちもまた面ァ見せ合うのは癪ですけど我慢しますって。それじゃ、あのガキに死ねって伝えておいてください」
通話を切って電話を畳んだ豹栄は、面倒くさそうにタバコを吸って首の関節をコキリと鳴らす。
豹栄真介は静かに、自分と同じ『悪人共』が待つ『デーモン』のアジトへ帰還することになった。
―――悪魔の神様・大悪魔サタンの力を振るう悪人の夜来初三。
―――いつも貼り付けたような笑みを絶やさない上司・上岡真。
―――大規模犯罪組織のトップであり不死身の悪人・豹栄真介。
―――『凶狼組織』内でスバ抜けた優秀な工作員である大柴亮。
彼ら四人の男は『デーモン』の『特攻殲滅部隊』というグループに分けられている、最前線で『エンジェル』を始末するために働く特攻隊である。




