笑って終わそう
見てみれば、黒崎燐は松葉杖をついて歩いてきていた。走りたくても走れないその格好を知った鉈内は、こちらから近寄っていく優しさを見せる。
「ど、どうしたのその怪我!? 大丈夫!?」
「え、ええまぁ。ちょっと足を撃たれちゃいまして。バーンとやられちゃったんですよね、ハハ」
「ハハ、じゃないって!!」
心配する鉈内に苦笑した黒崎。
彼女は右腕を包帯で巻いている鉈内の体を上から下まで眺めてから尋ねた。
「鉈内さんこそ、大丈夫なんですか? 私が見つけたときは驚きでしたよ。なんかもう、格好いいくらいのボロボロ具合だったんですから」
「北斗七星の隣に見える星は見えなかったからね、全然オッケーだって。それより燐ちゃん、その、これからどうするわけ? シャリィちゃん達の行く末が僕は不安で不安で仕方ないんだけど」
「あ、ああ、そうですね。確かにそれは同感です」
「……その言い方だと、もしかして燐ちゃんもどうすりゃいいか分からないわけ?」
「いえ、実は既にシャリィさん達には話を通してあって、彼女達が住める場所は確保してあるんですけど……」
「マジで!? さっすが燐ちゃん、超カッコイー!!」
煮え切らないような言い方をしていた黒崎に拍手を送る鉈内。が、そこで、バタバタとたくさんの足音が響いてきた。それは鉈内の傍へ一直線に向かっていく。
「ん?」
振り向いた鉈内が視界に捉えたのは―――ロウン・シングリッドに引き取られ、今ではシャリィ・レインに育てられていた二十人ほどの子供達である。
子供達は鉈内の膝を叩いたり抱きついたりしながら、幼い笑顔を咲かせてきた。
「お兄ちゃん!! お姉ちゃん助けてくれてありがとう!!」
「お姉ちゃ……ああ、シャリィちゃんのことね。いやいや、僕はぶっちゃけ負けちゃったしお礼言われるほどの資格はないんだけどね? あ、これって謙遜だからどんどんお礼言ってね」
「鉈内さん、自分で謙遜してるとか言ってる時点でいろいろ残念です」
苦笑した黒崎だったが、鉈内は保育園の先生みたいに子供達から好かれていた。腕を引っ張られたり足を掴まれたりしていて、非常に懐かれているのが分かる。
「あ、ちょ、そこは痛いし! 子供って限度知らないからマジ怖い!!」
「お兄ちゃん、何で腕に白いのグルグルしてるの? ミイラごっこ?」「あ、ほんとだ。何かカッコイーね、俺もやりたい俺もやりたい!!」
「いだいだいだい痛ァァああああああい!! 折れてるの!! ポッキリ折られちゃってるから固定してるの!! だからツンツンしないで、そんな毛虫を枝でつつくように叩かないでくれって!!」
鉈内に子供達が好意を向けるのも無理はないだろう。幼い故に漠然とした認識ではあろうが、『鉈内翔縁は自分たちを守ってくれた』という事実を理解していることは確かだ。いや、だからこそ、子供だからこそ、鉈内に対して一層の好意を抱いたのかもしれないが。
(はは、ホントに鉈内さんは人気者ですね……何だか見てるこっちもホッコリしてきます)
微笑んでいる黒崎の先には、子供達にひっつかれている鉈内が悲鳴を上げていた。
「ぎゃ、ぎゃー! 何で僕はこうロリばっか充実してくわけ!? もうなによこれ! ロリ&ショタにまで受け入れ範囲広がってるんですけど!! もうなんか一生ロリとショタに好まれるような人生になりそうなんですけどォォおおおおおお!!」
と、喚きながらも子供達に付き合っている鉈内は心が広いのだろう。……そうやって結局は子供に優しいからロリとショタが充実していくんですよ、とは黒崎燐・引っ込み思案な女の子は突っ込めなかった。
「ねぇねぇお兄ちゃん、いつ日本ってとこにいくの? 今日にはもうヘリコプターとかで行っちゃうんでしょ?」
「え、ああうん。まぁそうなるわな、依頼とかも達成した―――ってあああああああああ!?」
いきなり大声を上げた鉈内は若干青ざめた顔で黒崎へ振り向いた。さすがにその眼光にビクウッッ!! と肩を跳ね上げた黒崎に構わず、彼はズンズンと歩み寄ってくる(背中・足・腕・首辺りに子供達がしがみついているので滑稽な姿のまま)。
「り、燐ちゃん、やばいよ、流れって恐ろしいよ」
「な、ななななんですか? わ、私がなにかしましたか? だったらすいません、もう死んで償います」
「そうじゃなくて!! ぼ、僕たちの依頼って、そもそも街で暴れてるっていう……シャリィちゃん達に憑いてる怪物の討伐だったよね? 結果的に依頼側の人を敵に回したけどさ、今思ったら……シャリィちゃん達のことどうすんの? 具体的に『呪い』関係で。何かもう勇者が魔王を倒した後だから問題なんてない……みたいな流れじゃん!? だからうっかり見落としてたよ!!」
「あ、ああ、それなら大丈夫ですよ」
黒崎がコクリと頷いて、鉈内の肩にしがみついている女の子の頭を撫でた。
そして断言する。
「もうシャリィさんにも、この子達にも『死霊の呪い』は宿ってません。ただの人間ですよ、正真正銘のね」
「え、じゃ、じゃあ自然消滅てこと?」
「はい。もともと、シャリィさん達に『死霊の呪い』がかかったのは……殺されたロウン・シングリッドさんが霊という怪物になって憑依したのは覚えてますよね? それが原因ですが、怪物と憑依体には共通する、似た、何かがある。―――悪がある。それが変わったんですよ」
鉈内はその言葉から、『死神の呪い』を使って暴れていた頃の秋羽伊那を思い出す。彼女から死神という怪物を追い出したのも、鉈内が秋羽の『生死を分ける』という『悪』を取り除いたからだ。つまり共通する悪がなくなったことでシャリィ・レイン達からロウン・シングリッドは離れたのだろう。
「ロウン・シングリッドさんとシャリィさん達が共通していたのは『家を守りたい』という感情です。もちろんやり方は悪だったんでしょう。街の人間を夜な夜な襲撃していたし、結局は暴力を持って家を守ろうしていた。それが『死霊の呪い』が宿っている条件。悪です」
「あ、そうか。だからもう―――『プリデン城』を守れた今じゃ、その悪も変わってるんだね」
「はい、そうです。おそらくは憑依していたロウンさんも、シャリィさん達も、家を守れた現状によって『家を守りたい』という感情は消えたんです。なぜならもう『守れた』から。だからロウンさんとシャリィさん達が離れるのは必然なんですよ、共通する感情がありませんから」
「そっか……」
苦笑した鉈内。
そんな彼の背後から、綺麗な声がかかった。
「ロウンさんも感謝していると思う、私達は君たち二人に救われた。特に鉈内には危ない役を任せてしまって……」
振り返った鉈内は、申し訳なさそうに俯いているシャリィ・レインに笑った。いつも浮かべている、ニコニコとした表情へ切り替えたのだ。
「いいっていいって。お礼は一回でいいから、頭を上げて笑っててよ。笑うのが一番。笑ってれば大抵のことは切り抜けられるからさ」
「で、でも―――」
「女の子に頭を下げられるのは趣味じゃない。女の子が笑ってる顔を見るのが一番なんだよ」
きっぱりと言い切った鉈内に、思わずシャリィ・レインは口元を緩ませた。そして小さく『笑う』と、肩を震わせながら楽しそうに告げる。
「お、お前、く、臭いセリフをワザと選んで笑わせてきただろ。む、無駄に頭が回るんだな、はは」
「ま、そういうわけだから、もうお礼はいいよ。呪い問題も解決して、『プリデン城』は守られた。ほとんどハッピーエンドだから、笑って終わそうよ」
お手本のように笑顔でいる鉈内は、そこで黒崎へ顔を向けた。おそらく全てが上手くいって気分がいいのだろう。鉈内は若干テンション高めに尋ねていた。
「で、さ! 燐ちゃんが言ってた、シャリィちゃん達の住む場所ってどこどこ?」
「え」
引きつった表情になった黒崎は濁すように告げる。
「え、えーっと、まぁ、あそこですかねぇ」
「? あそこ?」
「ええ、まぁ、着けば分かると思います」




