気合で勝てばいい
「どうやら、よほどの自信があるようだね翔縁くん。しかしまぁそこまでして戦うことが好きなのかい？ 君は戦闘部族なのかな？」
「喧嘩は好きじゃないね。ただ―――女の子を守って戦うのは格好いいから大好きだ！！」
叫んだ鉈内は走り出した。ダルク・スピリッドの一方通行な攻撃の嵐によってダメージが蓄積した足。その体重を保つことでやっとの両足を動かしたのだ。途中で転びそうになりながらも、決して立ち向かう意思だけは揺らがない。
向こうもショットガンは既に手放しているので、どちらも素手一本の殴り合いだ。
ならば、扱う武器は体一つという平等な戦い。
故に、
（土俵が同じだってんなら気合で勝てばいいんだよ！！）
己自身に言い聞かせるよう、魂にさえ届くような大声を心で上げた鉈内はダルクの顔に右拳を叩き込もうとする。やや大振りになったパンチだが、日頃から鍛錬を欠かしていない鉈内の放った一撃。そこに変わりはないのだから当たれば間違いなく骨にヒビくらいは入る。
だが、
「格好いいけどヒロインが化物じゃあ気持ち悪いだけだよ翔縁くん！！」
ドガン！！ と、ダルクはそれよりも早く鉈内の顔を殴り飛ばしていた。
殴りかけている、そんな格好になった鉈内の顔には固い拳がめり込んでいた。ガラスを割ったような音が静かに鳴って、少年の体が床へ無様に転がっていきそうになる。
しかし鉈内は耐えた。
踏ん張って、また埃まみれの床へキスするような真似だけは避けてみせた。
「っ！？ よくもまぁそこまで立ってられるねぇ！！ 奥の手的なあれなのかな！？」
「ロリマザーに育ててもらって成長した足がありゃあ十分なんだよォォおおおおおおおおお！！」
咆吼と共にアッパーが飛ぶ。
ガゴン！！ という顎の骨を砕いたような轟音が炸裂し、同時にダルクの頭はグラリと揺らいで気を失いそうになった。明らかに必死で全力のカウンター。ボロボロになった少年が放ったとは思えない威力だ。
（く、っそ……！！ あんまり大人を―――）
「―――舐めちゃダメだよォォ翔ォォォォ縁くゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン！！」
しかしダルク・スピリッドは倒れない。殴り終えたばかりで隙だらけの鉈内の顔面に膝を叩き込んだ。膝とは関節故に非常に硬い。プロだって扱うのが膝蹴りという肉弾戦最強の攻撃だ。
痛々しい音が炸裂する。
だが鉈内はまだ食いつく。
「『舐めんじゃねえぞ』は、こっちのセリフだこの野郎……！！」
ギン！！ と目の色を変えたのが茶色の前髪から見えた。普段の鉈内翔縁からでは到底想像さえも出来ないほどの眼力。あの一流の悪人でさえ一歩身を引くレベルかもしれない。
鉈内は続けて雄叫びを上げた。
「一つの家族をバラバラにぶっ壊したテメェこそ―――舐めてんじゃねえぞォォおおおおおおおおおおお！！」
ありえない猛攻が始まった。既に内蔵にまでダメージが浸透していた鉈内が、今まで以上の筋力を使って暴れ始めたのだ。ダルク・スピリッドの腹部には、気づけば鉈内の膝がめり込んでいる。しかも情けなんてない強力な一撃だった。
足の筋力は腕の筋力の三倍はあるという話がある。
では当然、先ほどの殴り合いよりも三倍は重たい膝蹴りという足技を食らったダルクは、
「ご、ぼぼおおあおあああああ！？」
ビシャビシャと口から吐血が流れ落ちた。空気中に散布されたその赤い液体は、怒りに顔を染め変えている鉈内の衣服や顔にかかる。しかし鉈内は返り血程度のことにいちいち構わず、さらに拳を腹へ叩き込んだ。
「何でテメェなんかに！！」
突き刺さるようなボディブローをダルクのミゾに放ちながら、鉈内は叫ぶ。
「あんな小さい子供が苦しめられて！！」
ドンガンバゴンズガン！！ と、連続して発生している肉を殴る音。鉈内がダルク・スピリッドの襟首を左手で掴んで拘束し、右手でひたすらに腹を殴り続けているのだ。
「父親まで殺された挙句、今じゃ家族が集う『家』すらも何でテメェに奪われなきゃならねえんだよ！！」
フィニッシュの一撃がダルクの顔面を捉えた。鼻の骨を変形させるような拳の威力によって、思わず気絶しかかったダルク・スピリッドは床へゴロゴロと転がっていく。
そう。
先程までは鉈内が転がっていた床に、今ではダルク・スピリッドが転がっているのだ。
形勢逆転。
まさしく『戦う意思』の強さで鉈内が勝っていたのだろう。
「が、っか……！！ い、痛い、なぁおい！！ 翔縁、くんは意外と容赦がない……ん、だね……！！」
「当たり前っしょ。てめえの罪状はいくつだ？ あ？」
鉈内は右手から三本の指を立てて、
「一つ、シャリィちゃんって美少女を苦しめた罪。二つ、その美少女の家族を壊した罪。三つ、僕と一人称被ってて『僕キャラ』奪おうとしてる罪だよ。マジでやめてくんない？ 僕のアイデンティティーって一人称と茶髪しかないからさ、こっちの存在感消えっから」
「ほ、んと……！！ 君は面白くて仲良くなりたかったね……！！」
ダルクはユラユラと立ち上がって、薄く笑っていた。まるで獲物を前にした肉食動物のよう。その顔からは油断してはならない危険な香りが漂っている。
そしてダルク・スピリッドは告げる。
「翔縁くん、君はよくやった。だけどもう終わりだよ。そろそろお開きにしようじゃないか」
瞬間、
ザザザザザザザザザザザザザザザザ！！ と足音を鳴らしながら大量の武装集団が鉈内の周りを取り囲んできた。突然の登場に思わず息を飲んだが、鉈内はすぐに大方の予想をつける。
間違いなく、鉈内とダルクの戦いを嗅ぎつけてきた街の人間たちだ。
