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 胃袋がひしゃげてしまったのではないかと思う。

 時折感じる猛烈な嘔吐感や、口の中に溜まった大量の吐血。白い歯さえ変色したように赤く染まっているが、何より酷いのは全身に広がっているダメージによる無気力感だ。

 疲れて動けない。

 ただそれだけの純粋な感情が鉈内の全てを支配しそうになる。ここで倒れたままでいては、ダルク・スピリッドの増援が来た瞬間にミンチに変えられてしまうというのに、どうしても起き上がることができなかった。

 疲れてしまった。痛くて起き上がれない。骨だって折れてるかもしれない。もういっそのこと気を失いたい。このまま意識を深く奥底に沈めよう。

 そんなことを無意識に思っていた鉈内。

 だが。

(……だめ、だな)

 再び活力が湧き出てきた。あれだけ一方的な力によって押しつぶされてもなお、またもや戦闘の意思が膨れ上がってきたのだ。

 なぜなら、負けられない理由があるから。

「……ほう、少なくとも立てるほどの力は残らないよう手加減したが、もしかして翔縁くんって面倒くさいタイプの敵キャラかな?」

 勝者の笑みを浮かべていたダルク・スピリッドの顔にも、少々の困惑が混じっている。ガクガクと震える膝は体重を保ってられないだろうが、鉈内は意地でも立ち上がっていた。内股気味になりながらも、崩れそうな足を使って立ち上がり、拳を握り締めたのだ。

 彼の手には夜刀がない。

 ダルクの一撃によって手放してしまっていたのだ。

 だがそれでも、その目には強い何かが込められていた。

「翔縁くんは頑張り屋なんだねぇ。僕も感心だよ。で、どうしてだい? どうしてそこまでして僕に歯向かうんだい? 大人しくしていれば、君の殺害も考え直すよ。無闇な殺生は好きじゃない」

「……悪いけど、そりゃ御免だわ」

「なに?」

 鉈内は無理に笑って、シャリィ・レインの顔を思い出す。あの今にも泣き出しそうな表情が脳裏に浮かぶが、彼女は子供達の親代わりとして精一杯頑張っていた。

 全て、目の前にいるダルク・スピリッド達のせいなのに。

 鉈内は口の中に溜まっていた血をぺっと吐き捨てた。

 そして告げる。

「僕って、女の子苦しめてる奴とか見ると許せないタチだからさ。女の子傷つけるような奴に命乞いするようなら―――命なんざいらないね」

 意外な顔をするダルク。

 その反応から一矢報いたような感覚に思わず失笑する鉈内は、続けて、

「結局は僕ってただの女好きなんだよねぇ。可愛い子みると放っておけなくなっちゃうんだわ」

「ただそれだけの理由で戦うと?」

「そ。僕はただ女の子好きだから女の子ォ守るだけだっつの」

「……それが戦う理由なのかい? だとしたらあまりにもちっぽけだが」

 その言葉に鉈内は呆れるような声を出す。

 まるで物分りの悪いバカに授業をするように言った。

「僕はさ、女の子が泣いてるのって世界で一番嫌いなことベスト3に入るんだよね。だから君たちのせいでシャリィちゃん泣きそうになってるし、個人的にあんたら全員殴りたいんだよ」

「シャリィ・レインを裏切れば助けてやると言っても、その意思は変わらないのかい?」

 ビッ、と鉈内は立てた親指で自分の胸を指し、

 言い切った。



「僕は死んでも女は裏切らねえ」



 さすがにダルクの表情も曇る。

 理解できない問題に直面した受験生のような調子で尋ねた。

「優男どころの次元じゃないね、それ。君はどうしてそこまでシャリィ・レイン達を守るんだい? 意味がわからないよ。会って間もないシャリィ・レインだぞ? 長年の付き合いだとか、親友だとか、家族だとか、恋人だとか、そういう関係でもないのに一体どうしてそこまでする」

「……しつけられたんだよ」

「しつけ、だと?」

「浴衣ロリのマイマザーに『男は女を守れ』って教育されてきたんだよ。親の教えに従って何が悪いってんだ、くそったれ」

 静寂が場を支配する。

 呆れるように溜め息を吐いたダルクは、鉈内に肩を竦めて言い放った。

「君は面白いね、尚更、大人になったら一緒にお酒でも飲んでキャバクラにでも行きたかったよ」

「安心していいっつの。僕はあんたが大っきらいだから酒なんて御免だし、キャバクラってのは一人で行くからこそ楽しめる」

「おやおや、随分と大人なことを言うねぇ少年。お兄さん怒っちゃうよ?」

「お兄さんじゃなくて『おじさん』だろうがゴミ」

 鉈内は決心した。

 こんなところで負けては全てが無意味だ。こんな状況に絶望していたらこの先に進めない。負けるのも殺されるのも全てが同じ。とにかく今はダルク・スピリッドを倒さなくては全てが消えてしまう。

 こんなところで負けてはシャリィ・レイン達を救えない。

 こんなところで膝を折っては黒崎燐に顔向けが出来ない。

 こんなところで死んだら『悪人祓い』として失格である。

 だから負けられないのだ。

 死んだら全てが台無しになる。だが、今は死んででもダルク・スピリッドに勝つことこそが優先なのだ。とにかく勝つ。ダルク・スピリッドのような奴らに負けるようじゃ、人間として、男として、『悪人祓い』として、鉈内翔縁として全てが失格になるのである。

 故に戦う。

 死んでも勝って、女の子を傷つけて家族さえもぶち壊しやがったクソ野郎を殴り飛ばしてやるのが鉈内の仕事だ。

「男ってなぁ女ァ守るために生きてるんだよ―――それを今から教えてやる」

「ほーう、男は女を守るためにねぇ。随分な名言だが、それが遺言になるのは運命だよ? もう言い残すことはないかい?」

「テメェは男以前に人間失格だ、ゴミが」

 ダルク・スピリッドは目の前にいる。

 故に、アイツの顔面を殴り飛ばしてやるのが最優先事項である。


 

鉈内・・・・私が女だったら惚れそうです。こんなカッコイ良いチャラ男リアルでいるのなら見てみたいものです(笑)

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