絶対絶命のピンチ
黒崎燐は引き金をひたすらに引いていた。もちろん射撃する相手に狙いをつけることは忘れずにだ。しかし残念ながら、はっきりと言えば黒崎は大ピンチなのである。
(……どうしよう)
目の前に広がるのは黒く蠢いている物体……ではなく、先ほどの戦闘を嗅ぎつけてきた五百人ほどの武装集団だった。咄嗟に小屋の中へ戻ろうとしたが、中にはシャリィ・レイン達が身を潜めているので巻き添えにはさせたくない。
しかし。
ここは周囲一体を森に囲まれた雑草一本ない平地だ。
まず第一に隠れる場所などない。
(一応これは使ってるけど、さすがにこの人数は本当にまずい……!!)
黒崎が握っているのは輝く御札。『絶対防具―――鋼皮』という『対怪物用戦闘術』の一つで、鉈内が使用していた皮膚を硬化させる類のものだ。
故に、浴びせられる無数の弾丸にはある程度の対処はとっている。
しかし。
明らかに1対500では勝算一つ残っているわけがない。
「っぐ……!!」
ひたすらに走り回って、四方八方から襲いかかってくる弾丸の嵐を可能な限りかわし続ける。周りを囲んでいるはマシンガンやライフルを持った男や女たち―――この街に住む明確な敵だった。しかし黒崎は反撃できない。というのも、『悪人祓い』なのに『対怪物用戦闘術』が使えないとかではなく単純に無意味なのだ。
相手の量が多すぎて持っている御札では対処しきれない。
故に今は防御に専念しているのである。
が、それにも限界はきたようだ。
ズン!! と、右太ももに違和感が走った。だがそれも一瞬で、気づけば足に力が入らず黒崎は無防備に転倒する。胸から受身をとることもできずに土の上へ転がっていく黒崎は、倒れたことで汚れた服の中で『赤く染まっている』部分を見た。
「ぐ、あ……!?」
そう。
右太ももに弾丸が貫通していたのだ。
(う、そ……!? 確かに今まで使ってたのは自分の皮膚を硬くするだけだから、固くした皮膚が受け止めきれない威力は無効化できない。でも、こんなに早く……そうか!! 弾丸を受け止めすぎて固くした皮膚の防御力が下がって……!!)
咄嗟に状況を飲み込んだ黒崎だったが、蠢く敵の群れはチャンスだということで狙いを集中させていた。おそらく次で仕留める気なのだろう。確かに今の黒崎には一輪の赤い花を咲かせることができる。
「こ、れ、本当にまずい……!!」
うつ伏せで倒れている黒崎は、右足を撃たれたことで歩くことすらままらない。誰がどう考えても、彼女の運命はただ一つだった。
死を覚悟した黒崎は、思わず呆然とした顔になっていた。
(こ、ここで、死ぬ……の……?)
そう自分自身に問いかけた彼女だったが、運命は黙々と進んでいく。
黒崎の周囲一体を囲んでいる武装した男や女たちは一斉に引き金に指をかけた。
だがそこで。
「あー? 何だよこりゃあ。今流行りのイジメってやつかなぁオイ」
脳みそが弾け飛びそうになった。
その声というか、音というか、とにかく五感全てで感じ取れるもの全てに邪悪さが混じっている。色で言えば赤黒い。黒いだけではなく、その漆黒の中に血という赤を混ぜ込んだような色をしていた。絵の具で遊び半分で作るような禍々しい色。
そんな存在が、黒崎と武装した者達全ての前に現れたのだ。
「っ、ぁ……!?」
黒崎は悲鳴のようなものをゴロゴロと喉で鳴らしていた。
助けかも知れない、とは黒崎本人が一番思えなかった。しかし敵とも想像できない。まるで敵も味方もいない、ただ目に入った存在全てを殺すような雰囲気が感じ取れるのだ。
声がしたのは暗い森の方からだ。
高い木々の群れの中―――闇から『ソイツ』は徐々に姿を現す。
「ったくよぉ。人様がこんなジャングルみてぇに気分悪ィ夜中の森を死ぬ思いで歩き回った結果がこれかよ。舐めてんかよコラ。こっちもこっちで出勤時間が限られてるっつーのに何だよテメェら。あぁ? 犬畜生が揃いも揃ってやってんのが年頃の女に鉛玉ブチ込んでるだけとか引くぞコラ」
右目を覆うほどの長い前髪は闇そのものである色をしている。衣服も髪も全てが黒く、そのどす黒い瞳は夜という現在の時間帯に溶け込むようだった。
悪魔のようだ。
悪魔以外に例えようがない存在だった。
「だ、誰だお前は!!」
銃口の先を悪魔に向けた一人の男。悪魔の風貌が日本人らしかったので日本語で叫んでいた。黒崎から狙いを外し、突然の登場人物を危険に思っての行動だろう。
しかし悪魔はマシンガンを向けられていてもニヤニヤとした笑みを崩さない。
「ハッ。ブラック企業に勤めてるただの会社員だよ」
「邪魔するようならここで殺す!! とにかく連行するぞ、こんな現場を見やがったんだから生かしては帰せない!!」
「……あぁ?」
そこで。
ピクリと悪魔の眉が動いた。
「今なんて吠えた? 『殺す』っつったよなぁテメェ」
「そうだ!! 最悪殺す、良くてもひとまず連行だバカが!!」
「んじゃあ聞くけどよ、クソ野郎」
瞬間。
グチャリ、と何かが潰れたような音が黒崎の耳に入り込んだ。まるでソーセージを噛みちぎった時に鳴り響く、妙に気持ちいい肉が弾ける音。
「俺を殺す気なんだろ? だったら―――『殺す度胸があるなら殺される運命を受け入れる覚悟』の一つや二つ、持ってんだろうなぁコノヤロウ」
悪魔がしたことは単純だ。
近くに転がっていた木の棒を拾い上げて、遊ぶような気軽さで男の顔面に投げただけである。その結果、命中したことで男の鼻が文字通り潰れてしまったのだ。
鼻っ柱の肉や骨が、ゴッソリと削ぎ落とされていた。おそらくは鼻の半分が潰れて落ちた。
もちろん。
激痛なんてものではない、膨大な痛みとショックが体を蝕んでいく。
「っつがああああああああああああああああああああ!?」
鼻っ柱を削がれてしまった男は、潰れた鼻の骨を押さえてうずくまり始めた。持っていたマシンガンを投げ捨てて、ただ痛みに絶叫する。
しかしその様を見ても尚、悪魔は情けなんて持っていなかった。
「あーあ、クッソつまらねぇ野郎だな。いいかぁ青二才? いい機会だから教えてやるけどよ、人を殺せる奴ァ世の中腐る程いるんだよ。だがなぁ、『殺される覚悟』を決めてる野郎はそういねぇ。人を殺すのは相手を傷つけるだけで自分は傷つかねぇから楽チンだが―――報いを受けて『自分が傷つく』っつー、殺される腹ァ決めてる奴はなかなかいねぇんだ。『いつも誰かを殺すんだから、いつかは誰かに殺される』。その程度の常識はテメェも俺と同じようなタイプの生き方してるから備えてると思ってたが……期待ハズレだな、ムカついたから殺してやるよ」
黒崎は泣きそうになっていた。自分を囲んでいる敵兵たちも恐怖で震えているが、黒崎も思わず悲鳴を上げそうになっていた。
悪魔は興味をなくしたかのような調子で、うずくまっている男に近寄り、
「ムカつく犬畜生ほど、殺す時の快感は堪らねぇんだよボケが」
悪魔は男の側頭部にそっと片手を添えた。
次の瞬間。
ブチブチブチブチブチブチィッッ!! と、男の右耳を引きちぎった音が炸裂する。同時に血しぶきが噴水のように飛び出して、周りを真っ赤に模様替えしていった。
「っがァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
右耳をなくした男はドバドバと『耳があった場所』から流れ落ちる血に絶叫を上げた。が、悪魔は男の体から引きちぎった右耳をポイ捨てするように投げ捨てる。
コロコロと転がっていった自分の耳。
そのショックすぎる光景に、男は思わず気を失ってしまった。
「さーってと」
悪魔は倒れている黒崎には目もやらず、ただ自分を囲んでいる武装集団に宣言した。
「仕事の息抜きにゃ丁度いい。久しぶりに『肉』を潰したくなってきたぞコラ」
―――『いつも誰かを殺すんだから、いつかは誰かに殺される』―――
って悪魔がいってましたね
そういう覚悟をしているかいないか・・・・・それがもしかしたら、『ダークヒーロー』の『ヒーロー』の部分を強調する存在ではないでしょうか。
鉈内も何か大胆に攻め込みましたし、悪魔も燐ちゃんサイドのほおうに現れちゃいましたので、これからスパートかけていきたいです




